本当に隠していたこと
嵐の去ったリビングには、ただただ重い脱力感だけが残されていた。
テーブルの上には、くまのぬいぐるみと、ロボットのプラモデルが仲良く並んでいる。翔太と美穂は、それぞれ椅子に深く腰掛けたまま、長い間沈黙していた。顔を合わせるのが、あまりにも気まずかった。
先にぽつりと呟いたのは、翔太だった。
「……なんで、マークなんだよ」
「……違うわよ……マーク3よ……スリーとかサードとか、可愛くないじゃない。さんって呼んだ方が可愛いから、子供の時からマークさんなのよ」
美穂が膝の上の拳を握りしめ、消え入りそうな声で答えた。それを聞いた翔太の口から、乾いた笑いが漏れる。
「そうか。……男じゃ、なかったんだな」
「当たり前でしょう。……そっちこそ何よ。ぽんちゃんって、その古くまじゃない。私、本気で別の女の人がいるんだと思って、本当に、怖かったんだから」
美穂の瞳から、今度は怒りではない、本当の涙が溢れ落ちた。翔太はその涙を見て、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「すまない。美穂を不安にさせるつもりはなかったんだ。ただ……お前が最近、ずっと冷たい態度に見えて。肉じゃがの味だって、急にすごく薄くなっただろ。俺のこと、もうどうでもよくなったのかと思って、怖くて直接聞けなかったんだ。だから、ぽんちゃんに寂しさを零すしかなくて……」
「……何言ってるのよ」
美穂は涙を拭い、呆れたように翔太を見た。
「減塩よ。あなたの毎年の健康診断の結果が悪くなっていくから、少しでも長く一緒に元気でいたくて、必死で塩分を計算して作ってたのよ。食べてる時も、不満そうな顔ばっかりするから、私も怖くて顔が見られなくなって……。面と向かって怒って嫌われるのが嫌で、マークさんに愚痴を言うしか、居場所がなかったのよ」
「美穂……」
「お互いに、本当にバカね」
美穂の言葉に、翔太はゆっくりと頷いた。
平和主義という名の事なりゆき主義。相手を大切に想い、嫌われたくないと恐れるがあまり、一番大切な言葉を飲み込み続けていた数年間。その結果が、この盛大なすれ違いの喜劇だった。
テーブルの上で、ぽんちゃんとマークさんが、じっと二人を見守るように佇んでいる。
張り詰めていた冷戦の糸は完全に切れ、金綿夫妻の間に、今までになく静かで、お互いの本当の体温が伝わるような、本当の夜が訪れようとしていた。




