少しだけ騒がしい食卓(新しい日常)
数ヶ月が経っても、金綿家のリビングに流れる景色そのものは、それほど大きく変わったわけではない。
時計の針は相変わらず規則正しい音を刻み、午後八時の食卓には、いつものように温かい夕食が並んでいる。
今日のメニューは、あの時と同じ肉じゃがだった。
夫・翔太は箸を伸ばし、ジャガイモを口に運んだ。数秒の沈黙の後、翔太はゆっくりと箸を置き、向かいに座る妻・美穂の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……美穂。今日の肉じゃが、やっぱりちょっと味が薄いな」
美穂の手が止まった。しかし、そこにあの頃のような冷徹な拒絶の刃はない。美穂は呆れたように小さく息を吐くと、翔太を睨み返した。
「当たり前でしょう、減塩メニューなんだから。文句言うなら、自分で醤油持ってきて少しだけ足しなさいよ」
「いや、文句じゃないんだ。ただ、ちゃんと言おうと思って。……いつも健康を気遣ってくれて、ありがとう」
翔太の言葉に、美穂は一瞬だけ目を見開いた。それから、少し照れくさそうに視線を落とし、小さく微笑んだ。
「……分かればいいのよ。あと、食べてる最中に前髪ばっかり触るの、やっぱり気になるからやめてね」
「あ、これ、癖なんだよな。気をつけるよ」
大きな事件が起きたわけでも、劇的な変化があったわけでもない。相変わらず味付けは薄いし、お互いへの小さな注文は尽きない。けれど、今の二人は、胸の中に溜まった澱を無菌室へ持ち帰るような真似はしなくなっていた。
小さな不満を、日々の中でその都度、直接言葉にして笑い合える。それが、今の金綿夫妻の新しい日常だった。
ふとリビングの棚に目をやると、そこには、藍色のプラスチック装甲で固めたロボット「マーク3」と、首の傾いた古びたくまのぬいぐるみ「ぽんちゃん」が、隠されることなく仲良く並んで飾られている。
もう彼らが、主人の夜な夜な流す涙や、荒々しい不満のガトリング砲を代わりに受け止める必要はない。
二つの相棒は、リビングの特等席から、少しだけ騒がしく、しかし何よりも風通しの良くなった夫婦の食卓を、ただ静かに見守り続けているのだった。




