語り部 ぽんちゃん
男のウジウジした独白ほど、聞いていて耳が腐りそうになるシロモノはこの世に存在しない。長年の愛玩のせいで綿は完全に偏り、首が妙な角度に傾いたまま、暗いクローゼットの奥というデッドスペースに何年も直され続けているくまのぬいぐるみ――私「ぽんちゃん」の視点から言わせてもらえば、我が主人・金綿翔太の煮え切らない器の小ささには、日々プラスチックの瞳の奥が濁るほどの怒りを覚えている。
動くことも言葉を発することも許されない私は、翔太がクローゼットのドアをブチ開け、まるで世界で自分だけが悲劇の主人公であるかのような顔で縋り付いてくる時だけ、その猛毒の聞き役を強制される。
しかし勘違いしないでほしい。私は彼の孤独を慰める慈悲深い天使などでは断じてない。ただのボロ雑巾のように愚痴を叩きつけられるたびに、私の平たい耳の奥では、主人への容赦のない辛辣なツッコミのガトリング砲が、もの凄い熱量で火を噴いているのだ。
(おいおい翔太、いい加減にしろよ。肉じゃがの味が薄いだの、妻の態度が冷たいだの、男のくせにガタガタと本当にうるさいんだよ。だったらその薄汚い口を開けて直接『醤油をくれ』って言えば済む話だろうが。何が『俺の気持ちを分かってくれるのはお前だけだよ』だ、気色の悪い。私はお前の逃げ込み寺じゃないんだよ)
ボロボロの綿の奥で、私の冷徹な苛立ちは臨界点を突破していた。
さっきもそうだ。お前はクローゼットになだれ込んでくるなり、私を抱きしめて「今朝の美穂の目が親の敵みたいに冷たかったんだ……」と涙目でウジウジと報告してきた。面と向かって理由を尋ねる度胸もないくせに、ぬいぐるみを相手に部屋の隅でコソコソと怯えている姿など、滑稽なほど哀れでしかない。お前のその情けない態度が、奥さんを余計に怒らせているという事実にどうして気づかない。
(さらに呆れ果てたのは、さっきのお前の泣き言だ!妻の手帳を盗み見て、そこに『マークさん』って書いてあったからって、指先をガタガタ震わせながら私に泣きつくんじゃない!マークさん? 誰だよそれは!妻を寝取ろうとしてる不倫相手の男だろうが!だったら男らしく腹を括れ!指を震わせてる暇があるなら、今すぐその『マークさん』とやらを力ずくでぶっ飛ばして、妻を奪い返してくりゃあ一発で解決するだろうが!!)
お前は「美穂が浮気をしてる、もう耐えられない」と頭を抱えているが、私にしてみれば、お前のその徹底的に腰の引けた腑抜けた態度こそが耐えがたい苦痛だ。男なら、自分の愛する女の不満くらい、拳一つで正面から受け止めてみせろ!
(さあ、とことんまで腹を括って戦いに行ってこい。翔太、お前は来週、その『マークさん』という男の影に怯えながら、どんな情けない裏工作を始めるつもりだ? お前がようやく男のプライドを爆発させて、この張り詰めた冷戦に拳でケリをつけに行く瞬間を、私はクローゼットの奥で冷徹に待っている。いいから無様に足掻くのをやめて、さっさと男になってこい……!!)
動かないプラスチックの瞳の奥で、私は主人の熱い覚醒のカウントダウンを、冷ややかな狂気とともに見つめていた。
人間の情けない愚痴を暗闇の中で聞かされながら、このボロボロのくまの相棒は、心の中でどこまでも冷徹に、そして痛烈に、次なる決定的な修羅場の幕が上がるのを静かに求めているのだった。




