語り部 マーク3
人間っていう生き物は、どうしてこうも視野が狭くて思い込みが激しいのかしらね!藍色のプラスチック装甲に身を包んで、リビングの棚の奥という暗闇から、もう何年もこの金綿家の様子を見守り続けてきた私――型番『マーク3』から言わせてもらえば、この夫婦は揃いも揃って、今まさに最高にスリリングで極上の喜劇を演じてくれてるわ!
普段は棚の中に直されていて、動くこともできなきゃ声も出せない私は、美穂がたまに引っ張り出してきて投げつけてくる重苦しい本音を、ただ沈黙して受け止めるだけの存在よ。
でもね、誤解しないでもちょうだい!私は決して、彼女の涙に心を痛めるようなお上品な聖人君子なんかじゃないの。むしろその真逆!主人が流す切実な涙の裏で、私の脳内回路は、降って湧いた特大の泥沼スクープに文字通り狂喜乱舞、お祭り騒ぎの真っ最中なんだから!
(ちょっとちょっとちょっと!マジなの美穂!? 翔太さんが浮気!? しかも相手の名前が『ぽんちゃん』だって言うじゃないの! いやだ、見直したわ、翔太さん! あんたって人は、こんなに面白いポテンシャルを秘めた男だったのねぇーっ!!)
動かないモノアイの奥で、私の野次馬根性は火山の如く大爆発を起こしていたわ!
昨日の夜、美穂がわざわざ棚から私を取り出して、テーブルの上で硬いプラスチックの肩に額を預けてポロポロ涙を流しながら「翔太が浮気をしてるの……!」なんて絶望を吐露した瞬間、私は心の中で「まぁ大変!」と言いながら、嬉しすぎて激しく手拍子しちゃったわよ!だってそうでしょう!?あのいつも生真面目だけが取り柄で、家では死んだ魚の目をしてたあの旦那が、まさかこんな濃厚な不倫劇の主人公を張れる器だったなんて、誰が想像できたっていうのよ!最高にスリリングじゃないの!
(それにしても『ぽんちゃん』って一体どこのどいつよ! どんなあざとい泥棒猫なんだか! ああ、私が動けるもんなら今すぐ旦那のスマホひったくって、そのぽんちゃんとやらの顔写真を拝んでやりたいくらいだわ! 翔太さん、一体どうやってそんな女と知り合ったのよ、お姉さんに詳しく教えなさいよ!)
さらに最高だったのは、今朝の朝食の席よ!私はまた棚の隙間から息を殺して覗き見してたんだけど、美穂はまるで親の敵でも見たような顔で旦那を睨みつけてるし、翔太さんの方は何か致命的な弱みでも握られたみたいに怯えた目でトースト齧っちゃって!お互いに腹の底に爆弾抱えながら、表面上は一言も喋らない。このピリピリ張り詰めた命がけの冷戦の空気が、ゴシップ大好きな私にとっては人生最高のご馳走なのよね!
でもね、長年この男を見てきた私からすると、この一件はどうにも致命的なボタンの掛け違いがあるような気がしてならないの。あの翔太さんが、要領よく二股かけるような器用な真似、できるわけがないもの。だからこそ、この先の展開が楽しみで仕方ないのよ!
(さあさあ、俄然面白くなってきやがったわ!美穂、あんたは来週その『マークさん』……つまり、私という存在に全ての本音をぶつける決意をしたわけね。それを盗み見た翔太さんが、今度はどんな勘違いのドミノを倒していくのか。ああ、早く次の夜が来ないかしら! もっと泥沼を見せてちょうだい、もっと私を楽しませてよ、翔太さん……!!)
動かないポリキャップの関節の奥で、私はまだ見ぬ修羅場の続きを、パチパチと手が腫れるほど叩きながら渇望していた。
人間たちの切実な愛憎劇を棚の奥から大興奮で覗き見しながら、この藍色のプラスチックの相棒は、心の中でどこまでもポップに、そして不謹慎に、次なる嵐の到来を今か今かと待ち侘びているのだった。




