夜の作戦会議と、新たな火種
真実を知った人間の夜は、果てしなく長い。
静まり返ったリビングで、美穂は一人、テーブルの前に座り込んでいた。手元に置かれたマークさんの冷たい硬い装甲にそっと額を預けると、堪えきれなくなった大粒の涙を、テーブルの上にポタポタと落とした。
「……ねえ、マークさん。嘘だと言ってよ。翔太が、浮気をしてるの」
声にすれば、現実がさらに重みを増して胸にのしかかる。美穂は溢れ出る嗚咽を必死に噛み殺しながら、心に溜まった毒を絞り出すように語りかけ続けた。
「『ぽんちゃん』なんて、そんなあざとい名前の女と、あの人、私の知らないところでずっと繋がっていたのよ。私には一度も向けたことがないような優しい声で、愛してる、なんて囁いて……。私、あんな人の健康を思って、ずっと必死に減塩の料理を作ってきたのに。私のやってきたこと、全部無駄だったの? 私たちの数年間は、一体何だったのよ……!!」
美穂はマークさんの冷たい肩を握り締め、夜が明けるまで静かに怒りと悲しみの作戦会議を続けた。絶対に、そのまま引き下がるわけにはいかない。必ず不倫の証拠をすべて暴き、翔太の口から直接、私を裏切った理由を吐かせてみせる。
一方、その翌朝。金綿家の空気は、前日とは明らかに異なる異様な緊張感に包まれていた。
日曜日。普段ならもっとリラックスしているはずの朝食の席で、翔太は、向かいに座る美穂の様子に強い違和感を覚えていた。
美穂の目は心なしか赤く腫れぼったく、何より、その視線が冷徹な刃のように鋭く翔太を射抜いている。いつもなら「美味しいよ」という平坦な会話すら、今朝は一切ない。美穂はただ、無言でトーストを齧り、翔太の挙動を監視するようにじっと見つめているのだ。
(おかしい……。美穂の様子が、明らかに普通じゃない。何だ、あの俺を犯罪者でも見るかのような冷ややかな目は。俺が何か、彼女の逆鱗に触れるようなことをしただろうか。それとも、昨日肉じゃがを『美味しい』と言った時の声が、少しトーンが低かったから怒っているのか……?)
翔太の胸の奥で、経験したことのない嫌な予感が、小さな火種となってパチパチと音を立て始めていた。
平和主義という名の事なりゆき主義で保たれていた金綿夫妻の天秤が、今、不穏な音を立てて大きく傾き始めようとしていた。




