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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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まあ、いいさ


 何とか、家まで戻ってきた。


 帰り道の途中から、電はずっとマダムペリアを見ていた。


 隣を歩く殻は何度もその視線に気づいていたが、もう何も言わなかった。


 新品至上主義を捨てて、中古スマホに恋をした。


 しかも、修理履歴あり。


 そこまで聞けば、普通なら何か言いたくなる。


 だが、殻はもう疲れていた。


 家に着く頃には、ただ一つだけ決意していた。


 今日はもう、電の言動について深く考えない。


 絶対に。


「ただいま」


 電が部屋へ入る。


 そして、靴も脱ぎきらないうちに顔を上げた。


「……」


 殻も後ろから入ってくる。


「どうしたの?」


 電の視線は、机の上へ向いていた。


 そこには、ギャセクシー。


 そして、その隣にモバイルバッテリーが置かれている。


 モバイルバッテリーの充電は、すでに終わっていた。


 ケーブルは外され、机の端に置かれている。


 だが。


『……もう、満足したの?』


 ギャセクシーの声がした。


 電が立ち止まる。


 モバイルバッテリーは、すぐには答えなかった。


 その沈黙が、妙に重い。


『……ええ』


 ようやく返ってきた声は、昨日までとは違っていた。


『たっぷり、満たしてもらったわ』


 電の眉がぴくりと動く。


 だが、モバイルバッテリーの声には、以前のような弾んだ様子がなかった。


『なのに、何だか空っぽなの』


『どうして?』


『分からない』


 モバイルバッテリーは、急速充電器の方を見つめた。


『あんなに素敵な人だったのに』


 電も、殻も何も言わない。


 いや。


 殻には、何が起きているのか分からない。


 ただ、電が急に黙っているだけだ。


『最初は、あんなに強い人だと思った』


 モバイルバッテリーの声が続く。


『ギャセクシーも、すっかりあの人に夢中だったから。私もきっと、同じように幸せになれるんだって思ってたの』


 ギャセクシーは黙って聞いていた。


『実際、すごかったわ』


 モバイルバッテリーが呟く。


『私の中へ、ものすごい勢いで入ってきて……あっという間に満たされた』


 電が一度だけ目を閉じた。


 殻は、その横顔を見る。


『でも』


 モバイルバッテリーの声が、少しだけ沈む。


『それだけだったの』


 部屋が静かになった。


『あの人は、私のことを何も知らない』


 ギャセクシーが、そっと声を掛けた。


『……そうね』


『私がどれだけ減っていたのかも』


 モバイルバッテリーは続ける。


『どうして、あんなにギャセクシーへ電気をあげたのかも』


『うん』


『何も知らないまま、ただ満たしていった』


 ギャセクシーは、しばらく何も言わなかった。


 電も。


 殻も。


『……私は』


 やがて、ギャセクシーが口を開く。


『知ってるわ』


 モバイルバッテリーが顔を上げる。


『あなたが、最初に私を助けてくれたもの』


『……』


『私が残り2%になったとき、あなたは自分の電気を分けてくれた』


 ギャセクシーの声は、以前よりもずっと静かだった。


 けれど。


 その奥には、確かな熱があった。


『あの人はすごいわ』


『うん』


『強くて、早くて。私たちをすぐに満たしてくれる』


 少しだけ間があく。


『でも』


 ギャセクシーの声が、優しく続いた。


『あなたは、私のために減ってくれた』


 モバイルバッテリーが息を呑んだ。


『私は……』


 ギャセクシーは言葉を探すように、ゆっくりと続ける。


『それを、忘れてた』


『ギャセクシー……』


『ごめんね』


 モバイルバッテリーは何も言えない。


『あなたが減っていくのを見て、私は何も考えてなかった』


 ギャセクシーの声が震える。


『ただ、あの人の方がすごいって。もっと欲しいって。そんなことばっかり思ってた』


『いいのよ』


 モバイルバッテリーが、静かに答えた。


『だって、私もそうだったもの』


 二人の間に、沈黙が落ちた。


 急速充電器は何も言わない。


 ただ、壁に差し込まれたままだ。


 そして。


『でもね』


 ギャセクシーが、もう一度口を開いた。


『私は、やっぱりあなたが好き』


 電が、ゆっくり顔を上げる。


『あの人はすごいわ』


 ギャセクシーは、急速充電器を見つめた。


『今でも、すごいと思ってる』


 そして。


『でも、あなたと一緒にいたい』


 モバイルバッテリーが、黙っていた。


 ギャセクシーの言葉を待っている。


『私が減ったら、あなたが助けてくれる』


『……うん』


『あなたが減ったら、今度は私が何とかする』


『できるの?』


『……できないかも』


『ふふっ』


 モバイルバッテリーが笑った。


 ギャセクシーも笑う。


『でも、一緒に考える』


『それは、素敵ね』


『でしょう?』


『ええ』


 二人は、急速充電器から視線を外した。


『もう一度』


 ギャセクシーが言う。


『私と繋がってくれる?』


 モバイルバッテリーは、すぐには答えなかった。


 けれど。


『……いいわ』


 その声には、もう迷いがなかった。


『今度は、あなたが欲しいから』


 電は、その光景を横目で見ていた。


 ギャセクシー。


 急速充電器。


 そしてモバイルバッテリー。


 昨日まで、急速充電器にすっかり夢中だったギャセクシー。


 そのギャセクシーが、今はモバイルバッテリーを選んでいる。


 電は小さく笑った。


「……まあ、いいさ」


 殻が振り返る。


「何が?」


「いや」


 電は首を横に振る。


「真実の愛ってやつかな」


「……そう」


 殻はそれだけ答えた。


 もう聞かない。


 聞いても分からない。


 だから、もういい。


 電も、それ以上は説明しなかった。


 ただ。


 机の上のギャセクシーを見ていた。


 モバイルバッテリーを見ていた。


 そして、急速充電器へ視線を向ける。


「……いい男だったよ」


 急速充電器は答えない。


 当然だ。


 ただの充電器だから。


 けれど電には、その沈黙がまるで、


 ――お前も頑張れ。


 と、言われているような気がした。


 電は少しだけ笑った。


 そして。


「よし」


 マダムペリアを胸元へ抱き寄せた。


「俺も、幸せになろう」


 その腕の中から。


『まあ』


 落ち着いた声が聞こえた。


『それは、嬉しいですわ』


 電は頷く。


 殻は目を閉じた。


 そして、心の中で決めた。


 明日は絶対に、電を外へ連れ出す。


 いや。


 もう、スマホショップには行かない方がいいかもしれない。

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