↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/57

時代は熟女だ!


 電は、ガラスケースの前から動けなくなっていた。


 その中にいるマダムペリアを見つめたまま、まるで周囲の音が聞こえていない。


 殻は、そんな電の横顔を見ながら、嫌な予感を覚えていた。


 この顔を、彼女は知っている。


 昨日。


 ギャセクシーを見ていたときも。


 もっと言えば、電が「新品はやっぱりいい」と熱く語っていたときも、同じような顔をしていた。


 だが今回は、少し違った。


 電は明らかに困惑していた。


『……どうしたの?』


 マダムペリアの声が聞こえる。


 電は小さく首を振った。


「いや」


『ふふ。そんな顔をして』


「俺は……」


 電は言葉を切った。


 ガラスの向こうにいる彼女は、新品ではない。


 それどころか、値札にはしっかりと中古品と書かれている。


 さらに修理履歴まである。


 かつて誰かに選ばれ。


 誰かの手の中で使われ。


 傷つき。


 そして、直された。


 それでも今、ここにいる。


「俺、新品が好きなんだ」


『まあ』


 マダムペリアは、少し驚いたようだった。


『それは、よく存じていますわ』


「知ってるの?」


『先ほどから、ずいぶん熱心におっしゃっていたでしょう?』


 電は少し恥ずかしくなった。


 だが、マダムペリアは笑わない。


 むしろ、そんな電を見守るように静かに言葉を続けた。


『新品は素敵ですものね』


「……うん」


『誰の手にも触れていなくて、傷もなくて。これから、あなたと一緒に時間を過ごしていける』


「そう」


『それが好きだという気持ちは、とてもよく分かりますわ』


 電は少しだけ目を伏せた。


 目の前にいる彼女は、そんな自分とは正反対だった。


『でも』


 マダムペリアの声が、少しだけ柔らかくなる。


『新品だけが、素敵なものではありませんよ』


「……」


『私は、誰かと長い時間を過ごしてきました。いろんな場所へ連れて行ってもらって、いろんなものを見てきたわ』


 電は黙って聞いていた。


『傷もつきました』


 マダムペリアは、少し笑う。


『壊れたことだってあります』


 電の視線が、彼女の値札へ落ちた。


 修理履歴あり。


 その文字が目に入る。


『でもね』


 マダムペリアの声は、そこで止まらなかった。


『直してもらったんですの』


「……」


『だから、まだここにいます』


 電の胸が、少しだけ締め付けられた。


 新品にはないものがある。


 新品には、何もない。


 これから始まる時間しか。


 けれどマダムペリアには、もう時間がある。


 誰かと過ごした時間。


 壊れた時間。


 そして、もう一度立ち上がった時間。


「……すごいな」


『まあ』


「俺、そんなふうに考えたことなかった」


『そうでしょうね』


「ひどい」


『ふふふ』


 その笑い方には、不思議と嫌味がなかった。


 電は、ガラスケースの向こうの彼女を見つめた。


「新品は……確かにいいと思う」


『ええ』


「でも」


 電は一度だけ、息を吸った。


「君は、新品じゃないからいい」


 マダムペリアが黙る。


 電は自分でも驚いていた。


 さっきまで、新品しか目に入らなかったはずなのに。


 今は。


 この修理履歴すら、愛しく思える。


「君が今まで過ごしてきた時間も」


 電の声が、少しだけ震える。


「君が傷ついたことも」


 そして。


「直って、ここにいることも」


 電は笑った。


「全部、君なんだろ?」


 しばらく、マダムペリアは答えなかった。


 それから。


『……そんなことを言われたのは、初めてですわ』


「そうなの?」


『ええ』


 彼女の声が、少しだけ嬉しそうに揺れた。


『あなたは、本当に変な方ですね』


「よく言われる」


『ふふ』


 電も笑った。


 すると、マダムペリアは少しだけ声を潜める。


『でも』


「うん?」


『私は中古ですよ?』


「うん」


『修理もされています』


「うん」


『それでも、よろしいんですの?』


 電は答えなかった。


 ただ、マダムペリアを見つめる。


 そして。


「君だからいい」


『……』


 電の胸が熱くなった。


 初めて。


 誰かを新品だからではなく。


 新品ではないからこそ、好きになった。


「俺、君が好きだ」


『まあ』


「一緒にいたい」


『ふふ……』


「何?」


『いいえ』


 マダムペリアは、優しく笑った。


『ありがとうございます』


 その瞬間。


 電の中で、何かが決壊した。


「買う」


「ちょっと待って」


 隣から殻の声がした。


 電が振り返る。


「何?」


「いや、何? じゃないよ」


 殻は信じられないものを見るような顔をしていた。


 そしてガラスケースの中の中古スマホを指差す。


「あんた、新品至上主義じゃなかったの?!」


 電は一瞬だけ黙った。


 確かに。


 昨日までそうだった。


 新品が一番。


 誰の手にも触れていないものがいい。


 そう言っていた。


 だが。


 電は再びマダムペリアを見る。


「……」


 そして。


 きっぱりと言った。


「時代は熟女だ!」


「何で?!」


 殻の叫びが中古スマホショップに響いた。


 電は店員へ向かって歩き出す。


 もう迷いはなかった。


「すみません!」


 電が声を掛ける。


 店員が近づいてくる。


「はい?」


「このマダムペリアください!」


 店員がガラスケースを見る。


「こちらの端末ですか?」


「はい!」


「修理履歴がありますが――」


「知ってます!」


 電は即答した。


「それでもいいんですか?」


「むしろいいんです!」


「何で!?」


 殻が横から叫ぶ。


 店員は困ったように笑った。


 電は、ガラスケースの向こうのマダムペリアを見る。


 そして、もう一度。


「俺が欲しいのは、新品じゃない」


 殻が絶句する。


 電は、静かに続けた。


「マダムペリアだ」


 しばらくして。


 マダムペリアは、電の手の中へやって来た。


 新品の箱ではない。


 けれど。


 電は、それを抱きしめるように大切に持った。


『……これから、よろしくお願いしますわ』


「うん」


『ふふ』


「俺も」


 電は、歩き出す。


 その隣で。


 殻だけが、まだ納得できていなかった。


「……新品至上主義って、そんな簡単に変わるものなの?」


 電は振り返らなかった。


「恋とは、そういうものだ」


「知らないよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。