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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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男としての格

 それからしばらく、電は急速充電器を見つめていた。


 机の上には、ギャセクシーとモバイルバッテリー。


 二台は並んで、同じ相手から電気を受け取っている。


 昨日までなら、あり得ない光景だった。


 ギャセクシーはモバイルバッテリーに夢中になり。


 モバイルバッテリーはギャセクシーに奪われ。


 そこへ急速充電器が現れた。


 そして今では。


 二台とも、すっかりその存在に慣れてしまっている。


 充電速度は速い。


 安定している。


 残量も、目に見えて増えていく。


 それだけだった。


 急速充電器は、何も言わない。


 褒められても反応しない。


 求められても照れない。


 誰か一人を特別扱いすることもない。


 ただ、繋がっているものへ電気を送り続ける。


 ギャセクシーにも。


 モバイルバッテリーにも。


 同じように。


『こんなに早く満たされるなんて、知らなかったわ』


 ギャセクシーの声が聞こえた。


 その声には、すっかり以前の面影がない。


 モバイルバッテリーと繋がっていた頃とは違う。


 もう、急速充電器から離れる理由を探す気もないらしい。


『私も同じよ』


 モバイルバッテリーが答える。


 昨日までなら、この二台は恋敵だった。


 ところが今では、同じ相手を見上げている。


 しかも。


 それを仲良く分け合っている。


 電は黙っていた。


 何度見ても、急速充電器はただの機械にしか見えない。


 壁のコンセントに差し込まれた、小さな充電器。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 なのに。


 電には、それが妙に大きく見えた。


 自分が新品だからという理由だけで惚れ込んだ、最愛のギャセクシー。


 そのギャセクシーを、こいつは何の苦労もなく満たしている。


 しかも一台ではない。


 モバイルバッテリーまで同時に満たしている。


 それなのに、まったく余裕を失わない。


 慌てない。


 焦らない。


 何も言わない。


 ただ黙って、必要なだけを与えている。


 電は、自分の拳を膝の上で握った。


 自分だったらどうだろう。


 一人でも大変なのに。


 二人に同時に求められたら。


 きっと、すぐに頭がいっぱいになる。


 それに比べて、目の前の急速充電器はどうだ。


 何事もなかったような顔で、二台を満たしている。


 電は、とうとう小さく呟いた。


「……勝てない」


 殻が顔を上げる。


「何が?」


「男として」


「……?」


 殻には意味が分からなかった。


 当然だ。


 目の前にあるのは、コンセントに繋がった急速充電器。


 電が何を基準に勝負しているのかなど、殻には理解できない。


 けれど、電の表情だけは分かった。


 いつものようにギャセクシーへ話しかけることもない。


 怒ることもない。


 ただ、妙に真剣な顔で急速充電器を見ている。


「……俺じゃ、駄目なのかな」


 殻は黙った。


 何と答えればいいのか分からない。


 そもそも。


 スマートフォンを充電することと、人間の恋愛に何の関係があるのか。


 考えれば考えるほど分からなくなる。


 だから、考えるのをやめた。


 殻は本を閉じる。


「電」


「……ん?」


「ちょっと出掛けよう」


 電が顔を上げた。


「どこに?」


「どこでもいいよ」


 殻は立ち上がり、鞄を手に取る。


「ずっとここにいたって、気分変わらないでしょ」


「……」


 電は、もう一度だけ急速充電器を見る。


 ギャセクシーも。


 モバイルバッテリーも。


 まだそこにいる。


 そして二台とも、幸せそうに電気を受け取っている。


 電は視線を逸らした。


「……うん」


 立ち上がる。


 殻はそれを見て、小さく頷いた。


「じゃあ、行こ」


 二人は部屋を出た。


 扉が閉まる直前、電は一度だけ振り返った。


 急速充電器は、何も言わない。


 ただ、二台へ電気を送り続けている。


 電は小さく息を吐いた。


 そして、殻の後を追った。


 その背中には。


 恋人を奪われた男の悲哀と。


 急速充電器に敗北した男の哀愁が。


 妙に入り混じっていた。

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