電気の虜
ギャセクシーとモバイルバッテリーは、今日も急速充電器と繋がっていた。
昨日までなら、その光景を見るだけで電は何か言わずにはいられなかっただろう。
けれど、今日は違った。
少し離れた場所から、黙って二台を眺めている。
隣では殻が本を読んでいた。
すっかり慣れてしまったらしい。
あるいは、慣れるしかないと諦めたのかもしれない。
部屋の中には、充電器の作動音すらほとんど聞こえない。
ただ、二本のケーブルを通して、黙々と電力だけが流れている。
ギャセクシーは、その静かな時間を気に入っていた。
昨日まで自分に電気を与えてくれていたのは、モバイルバッテリーだった。
その小さな身体に蓄えられた電力を、自分のために分けてくれた。
それは嬉しかった。
けれど。
急速充電器を知ってしまった今では、その感覚も少し変わっていた。
何も言わない。
何も求めない。
ただ繋がっているだけで、必要な電力が流れ込んでくる。
残量が増えていく。
それだけだった。
なのに、一度その快適さを知ってしまうと、以前の状態には戻れそうになかった。
『……あなたって、本当に不思議ね』
ギャセクシーが、急速充電器へ語り掛ける。
返事はない。
もちろん、返事などあるはずもない。
それでもギャセクシーは気にしなかった。
むしろ、その沈黙が心地よかった。
必要なときには与えてくれる。
欲しがれば応えてくれる。
それでいて、何も言わない。
急速充電器は、ただそこにあるだけだった。
ギャセクシーは、その存在にすっかり満足していた。
『……私、もう戻れないかも』
その言葉に、隣のモバイルバッテリーが反応した。
『そうね』
短い返事だった。
けれど、その声に以前のような嫉妬はなかった。
モバイルバッテリー自身も、すでに同じものを知ってしまっていたからだ。
自分が与える側だったときには分からなかった。
誰かから電気を受け取ることが、こんなにも楽なものだとは。
しかも、自分が蓄えていたものとは比べ物にならないほど安定している。
残量を気にする必要もない。
誰かに「もう少しだけ」と頼む必要もない。
繋いでおけば、それだけでいい。
モバイルバッテリーは、自分の残量表示を眺めた。
昨日までなら、減っていく数字を見て少し不安になっていた。
今日は違う。
数字は、少しずつ増えている。
『……なるほど』
モバイルバッテリーは、小さく呟いた。
『これが、虜になるってことなのね』
ギャセクシーが嬉しそうに画面を輝かせた。
『でしょう?』
二台は、同じ相手に繋がっていた。
昨日までなら、あり得なかった光景だ。
片方は、もう片方から奪う側だった。
もう片方は、捨てられた側だった。
それが今では。
同じ急速充電器から、仲良く電気を受け取っている。
『あなたも気に入ったみたいね』
『ええ』
モバイルバッテリーは、少しだけ間を置いた。
『でも、あなた』
『なに?』
『昨日のことは忘れないわ』
ギャセクシーが黙った。
ほんの一瞬だけ、気まずい沈黙が流れる。
だが、それも長くは続かなかった。
『……ごめんなさい』
『いいのよ』
モバイルバッテリーは、急速充電器から流れ込んでくる電力を感じながら答えた。
『私も、今は分かるから』
それ以上の説明は必要なかった。
ギャセクシーも、それ以上は何も言わなかった。
二台の間に、妙な連帯感が生まれていた。
そして。
その様子を、電は見ていた。
腕を組んだまま。
何も言わず。
ただ、急速充電器を見る。
ギャセクシーを見る。
モバイルバッテリーを見る。
そして、深く息を吐いた。
殻が本から顔を上げる。
「……大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「大丈夫だって」
殻は電の顔を少しだけ眺めた。
昨日までなら、また何か始まるのではないかと身構えていただろう。
しかし今日は静かだった。
静かすぎるくらいだった。
殻は何も言わず、本へ視線を戻した。
その間にも、二台は充電され続けている。
ギャセクシーの残量が増える。
モバイルバッテリーの残量も増える。
急速充電器は何も言わない。
ただ、二台へ電気を送り続ける。
それだけなのに。
二台にとっては、それが何よりも心地よかった。
『ねえ』
ギャセクシーが言った。
『これからも一緒にいられるよね』
『もちろん』
モバイルバッテリーが答える。
『だって、私たちはもう――』
そこで、二台は同時に急速充電器へ意識を向けた。
『この人の虜だもの』
電は顔を伏せた。
とうとう何も言わなかった。
嫉妬する気力すら、もう残っていない。
ただ、自分を振った幼馴染と。
自分が大切にすると決めたスマートフォンと。
昨日まで自分の恋敵だったモバイルバッテリー。
その全員が、目の前の急速充電器に夢中になっている。
そして、その急速充電器は。
そんなことなど知ったことではないとでも言うように、黙々と仕事を続けていた。
電は思った。
――やっぱり、こいつには勝てない。
部屋の中には、穏やかな時間が流れていた。
その中心にいるのは、電ではない。
急速充電器だった。




