こいつ、ハーレム主人公だ!
しばらくの間、部屋には重たい空気が残っていた。
電は俯いたまま、殻の前に立っている。
先ほどまでの勢いは、もうどこにもなかった。
目の前には、怯えた殻がいる。
そして机の上には、何事もなかったように充電を続けるギャセクシー。
電は、その二つを交互に見た。
自分が何をしたのかは分かっている。
ギャセクシーが別の相手に乗り換えたことに腹を立てて、殻に怒鳴りつけた。
冷静に考えれば、殻は何も悪くない。
電は、もう一度深く頭を下げた。
「……殻ちゃん。本当にごめん」
殻は黙って電を見ている。
すぐには返事がなかった。
電も顔を上げなかった。
「怖がらせるつもりはなかったんだ。俺が勝手に取り乱しただけだから」
しばらくして、殻が小さく息を吐いた。
「……うん」
「殻ちゃんは何も悪くない。本当にごめん」
ようやく電が顔を上げる。
殻の目元には、まだ少し涙が残っていた。
けれど、先ほどほど怯えてはいない。
「もういいよ」
「……本当に?」
「うん」
殻は目元を指で拭った。
「でも、もう急に叫ばないでね」
「分かった」
電は素直に頷いた。
それを確認すると、殻は机へ視線を向ける。
そこには、ギャセクシーと急速充電器。
そして、少し離れた場所には、先ほどまでギャセクシーと繋がっていたモバイルバッテリーが置かれている。
「それで……」
殻が首を傾げた。
「結局、何があったの?」
電は一瞬だけ黙った。
説明するとなると、あまりにも話しにくい。
けれど、ここまで殻を怖がらせてしまった以上、誤魔化すわけにもいかなかった。
「さっきまで、ギャセクシーとモバイルバッテリーが繋がってたんだ」
「うん」
「二人で、すごく親密だった」
「……充電してただけだよね?」
「そうだけど」
電は真剣な顔で頷いた。
「それが、愛なんだよ」
「……」
殻の眉が、わずかに動く。
それでも電は気にせず続けた。
「モバイルバッテリーがギャセクシーに電気をあげて、ギャセクシーもそれを喜んでたんだ」
電の声には、少しずつ熱が戻ってきていた。
「それなのに、殻ちゃんが急速充電器に繋ぎ替えた」
「うん」
「そしたら……」
電は一度、机の上を見る。
今もギャセクシーは急速充電器に繋がっている。
「ギャセクシーが、あっさり乗り換えた」
殻はギャセクシーを見る。
画面には充電中の表示。
ただそれだけだ。
「……そう」
「しかも、あいつは言ったんだ」
電の拳が、ゆっくり握られる。
「『あなたが一番』って」
「……」
「さっきまでモバイルバッテリーと、あんなに仲良くしてたのに」
殻は、机の脇に置かれたモバイルバッテリーを見る。
可愛らしいシールが貼られた白い本体。
それから急速充電器へ目を移した。
「それで?」
「今度は、モバイルバッテリーまであいつに夢中になってる」
「……」
殻は何も言わず、モバイルバッテリーを手に取った。
残量を確認する。
思ったより減っている。
ギャセクシーを助けるために、それだけ電気を使ったということだろう。
「これ、結構減ってる」
「え?」
「ギャセクシーにいっぱい電気あげたんでしょ?」
殻は残量を確認しながら、何気なく言った。
「充電しとかなきゃ」
電の表情が変わった。
「……どこに?」
「ここ」
殻が指差したのは、壁のコンセントに差し込まれた急速充電器だった。
「……」
電の顔が固まる。
「待って」
「何?」
「それ、そいつに繋ぐの?」
殻は不思議そうに電を見る。
「だって、空いてるじゃん」
それだけ言うと、殻はケーブルを取り出した。
電が止める間もない。
ケーブルの端子が、急速充電器へ差し込まれる。
もう一方が、モバイルバッテリーへ繋がった。
カチッ。
接続音がする。
モバイルバッテリーのランプが点灯した。
充電が始まった。
『……あ』
電の目が見開かれる。
モバイルバッテリーの声が聞こえた。
『なに……これ』
急速充電器から、電気が流れ込んでいる。
先ほどまでギャセクシーへ電気を送り続けていたモバイルバッテリーが、今度は自分自身へ電気を受け取っている。
しかも。
その勢いが違う。
『……すごい』
モバイルバッテリーの声に、明らかな驚きが混じった。
ギャセクシーが、隣から声を掛ける。
『分かった?』
『うん……』
モバイルバッテリーは、流れ込んでくる電気を確かめるように、しばらく黙っていた。
『こんなに強いなんて……』
『でしょう?』
ギャセクシーの声が弾む。
『私も最初はびっくりしたの』
『あなたも、この人が好きなの?』
『うん』
返事は迷いがなかった。
『もう、この人じゃないと嫌』
電は、ゆっくりと急速充電器を見る。
急速充電器は何も言わない。
ただ、黙々と電気を送り続けている。
モバイルバッテリーの残量が増えていく。
その変化を感じるたび、モバイルバッテリーの声も少しずつ変わっていった。
『……私も』
電の口が開く。
けれど、声が出ない。
ギャセクシーが楽しそうに答えた。
『でしょう?』
『うん……』
電は、三つを見比べた。
ギャセクシー。
モバイルバッテリー。
そして、その二人に電気を送り続ける急速充電器。
二人とも、同じ相手に夢中になっている。
しかも。
当の本人は何も言わない。
ただ、淡々と仕事をしているだけだ。
それなのに、二人の心を掴んでいる。
電の肩が、わずかに震えた。
「……こいつ」
殻が振り返る。
「電?」
電は、急速充電器を指差した。
「こいつ、ハーレムの主人公だ!」
「……は?」
「ギャセクシーを落として!」
電の声が、また熱を帯び始める。
「そのうえ、モバイルバッテリーまで!」
殻は何も言わず、机の上を見る。
ギャセクシー。
モバイルバッテリー。
そして急速充電器。
「……」
「二人とも、こいつが一番だって……!」
電は悔しそうに拳を握った。
「なんて奴だ……!」
急速充電器は、相変わらず何も言わない。
ただ、二人へ電気を送り続けている。
その姿を見つめながら、電は小さく呟いた。
「……羨ましい」
殻は何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ。
電から距離を取った。
そして机の上では、二人の機械が同じ急速充電器から電気を受け取り続けていた。




