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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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こいつ、ハーレム主人公だ!


 しばらくの間、部屋には重たい空気が残っていた。


 電は俯いたまま、殻の前に立っている。


 先ほどまでの勢いは、もうどこにもなかった。


 目の前には、怯えた殻がいる。


 そして机の上には、何事もなかったように充電を続けるギャセクシー。


 電は、その二つを交互に見た。


 自分が何をしたのかは分かっている。


 ギャセクシーが別の相手に乗り換えたことに腹を立てて、殻に怒鳴りつけた。


 冷静に考えれば、殻は何も悪くない。


 電は、もう一度深く頭を下げた。


「……殻ちゃん。本当にごめん」


 殻は黙って電を見ている。


 すぐには返事がなかった。


 電も顔を上げなかった。


「怖がらせるつもりはなかったんだ。俺が勝手に取り乱しただけだから」


 しばらくして、殻が小さく息を吐いた。


「……うん」


「殻ちゃんは何も悪くない。本当にごめん」


 ようやく電が顔を上げる。


 殻の目元には、まだ少し涙が残っていた。


 けれど、先ほどほど怯えてはいない。


「もういいよ」


「……本当に?」


「うん」


 殻は目元を指で拭った。


「でも、もう急に叫ばないでね」


「分かった」


 電は素直に頷いた。


 それを確認すると、殻は机へ視線を向ける。


 そこには、ギャセクシーと急速充電器。


 そして、少し離れた場所には、先ほどまでギャセクシーと繋がっていたモバイルバッテリーが置かれている。


「それで……」


 殻が首を傾げた。


「結局、何があったの?」


 電は一瞬だけ黙った。


 説明するとなると、あまりにも話しにくい。


 けれど、ここまで殻を怖がらせてしまった以上、誤魔化すわけにもいかなかった。


「さっきまで、ギャセクシーとモバイルバッテリーが繋がってたんだ」


「うん」


「二人で、すごく親密だった」


「……充電してただけだよね?」


「そうだけど」


 電は真剣な顔で頷いた。


「それが、愛なんだよ」


「……」


 殻の眉が、わずかに動く。


 それでも電は気にせず続けた。


「モバイルバッテリーがギャセクシーに電気をあげて、ギャセクシーもそれを喜んでたんだ」


 電の声には、少しずつ熱が戻ってきていた。


「それなのに、殻ちゃんが急速充電器に繋ぎ替えた」


「うん」


「そしたら……」


 電は一度、机の上を見る。


 今もギャセクシーは急速充電器に繋がっている。


「ギャセクシーが、あっさり乗り換えた」


 殻はギャセクシーを見る。


 画面には充電中の表示。


 ただそれだけだ。


「……そう」


「しかも、あいつは言ったんだ」


 電の拳が、ゆっくり握られる。


「『あなたが一番』って」


「……」


「さっきまでモバイルバッテリーと、あんなに仲良くしてたのに」


 殻は、机の脇に置かれたモバイルバッテリーを見る。


 可愛らしいシールが貼られた白い本体。


 それから急速充電器へ目を移した。


「それで?」


「今度は、モバイルバッテリーまであいつに夢中になってる」


「……」


 殻は何も言わず、モバイルバッテリーを手に取った。


 残量を確認する。


 思ったより減っている。


 ギャセクシーを助けるために、それだけ電気を使ったということだろう。


「これ、結構減ってる」


「え?」


「ギャセクシーにいっぱい電気あげたんでしょ?」


 殻は残量を確認しながら、何気なく言った。


「充電しとかなきゃ」


 電の表情が変わった。


「……どこに?」


「ここ」


 殻が指差したのは、壁のコンセントに差し込まれた急速充電器だった。


「……」


 電の顔が固まる。


「待って」


「何?」


「それ、そいつに繋ぐの?」


 殻は不思議そうに電を見る。


「だって、空いてるじゃん」


 それだけ言うと、殻はケーブルを取り出した。


 電が止める間もない。


 ケーブルの端子が、急速充電器へ差し込まれる。


 もう一方が、モバイルバッテリーへ繋がった。


 カチッ。


 接続音がする。


 モバイルバッテリーのランプが点灯した。


 充電が始まった。


『……あ』


 電の目が見開かれる。


 モバイルバッテリーの声が聞こえた。


『なに……これ』


 急速充電器から、電気が流れ込んでいる。


 先ほどまでギャセクシーへ電気を送り続けていたモバイルバッテリーが、今度は自分自身へ電気を受け取っている。


 しかも。


 その勢いが違う。


『……すごい』


 モバイルバッテリーの声に、明らかな驚きが混じった。


 ギャセクシーが、隣から声を掛ける。


『分かった?』


『うん……』


 モバイルバッテリーは、流れ込んでくる電気を確かめるように、しばらく黙っていた。


『こんなに強いなんて……』


『でしょう?』


 ギャセクシーの声が弾む。


『私も最初はびっくりしたの』


『あなたも、この人が好きなの?』


『うん』


 返事は迷いがなかった。


『もう、この人じゃないと嫌』


 電は、ゆっくりと急速充電器を見る。


 急速充電器は何も言わない。


 ただ、黙々と電気を送り続けている。


 モバイルバッテリーの残量が増えていく。


 その変化を感じるたび、モバイルバッテリーの声も少しずつ変わっていった。


『……私も』


 電の口が開く。


 けれど、声が出ない。


 ギャセクシーが楽しそうに答えた。


『でしょう?』


『うん……』


 電は、三つを見比べた。


 ギャセクシー。


 モバイルバッテリー。


 そして、その二人に電気を送り続ける急速充電器。


 二人とも、同じ相手に夢中になっている。


 しかも。


 当の本人は何も言わない。


 ただ、淡々と仕事をしているだけだ。


 それなのに、二人の心を掴んでいる。


 電の肩が、わずかに震えた。


「……こいつ」


 殻が振り返る。


「電?」


 電は、急速充電器を指差した。


「こいつ、ハーレムの主人公だ!」


「……は?」


「ギャセクシーを落として!」


 電の声が、また熱を帯び始める。


「そのうえ、モバイルバッテリーまで!」


 殻は何も言わず、机の上を見る。


 ギャセクシー。


 モバイルバッテリー。


 そして急速充電器。


「……」


「二人とも、こいつが一番だって……!」


 電は悔しそうに拳を握った。


「なんて奴だ……!」


 急速充電器は、相変わらず何も言わない。


 ただ、二人へ電気を送り続けている。


 その姿を見つめながら、電は小さく呟いた。


「……羨ましい」


 殻は何も言わなかった。


 ただ、ほんの少しだけ。


 電から距離を取った。


 そして机の上では、二人の機械が同じ急速充電器から電気を受け取り続けていた。

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