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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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このビッチが!


 まだ、繋がっていた。


 机の上で、ギャセクシーとモバイルバッテリーを結ぶ一本のケーブルが、静かに二人の間を繋いでいる。


 先ほどまで2%だったギャセクシーの残量は、もうすっかり回復していた。


 それでも、ケーブルは外れない。


 充電する必要がなくなったわけではない。


 まだ、繋がっていたい。


 そんな二人の気持ちが、電には分かる気がした。


『あなたの電気……やっぱり好き』


 ギャセクシーの画面が、淡く光る。


「僕も、あなたにこうしてあげられるのが嬉しいよ」


 モバイルバッテリーは、惜しむことなく電気を送り続けていた。


 残量が減っていくことなど、今は気にならない。


 目の前にいるギャセクシーが、それを受け取ってくれている。


 それだけで十分だった。


『もう少しだけ』


「まだいいよ」


『本当に?』


「好きなだけ」


 そのやり取りを、電は黙って見ていた。


 口を挟むつもりはなかった。


 二人が幸せそうなら、それでいい。


 そう思っていた。


 ……少なくとも、そのときまでは。


 殻が漫画から顔を上げた。


 何となく部屋を見回していた視線が、壁際で止まる。


「あ」


 その声に、電が顔を上げた。


「どうした?」


 殻は壁を指差した。


「急速充電器あるじゃん」


 電の視線が、その先へ向かう。


 コンセントに差し込まれた、小さな充電器。


 殻は立ち上がると、何の迷いもなく机へ近づいてきた。


「これ使えば、もっと早く充電できるよ」


「……」


 電は何も答えなかった。


 殻はそんな電の様子を気にすることもなく、机の上へ手を伸ばす。


 そして、ギャセクシーとモバイルバッテリーを繋いでいたケーブルを掴んだ。


「こっちにしよ」


 その瞬間だった。


 カチッ。


 小さな音がした。


 ケーブルが抜かれる。


 たったそれだけのことだった。


 けれど。


 ギャセクシーとモバイルバッテリーの間にあった繋がりが、突然途切れた。


『……え?』


 ギャセクシーの声が、小さく響いた。


 モバイルバッテリーも何も言わない。


 ただ、そこに置かれている。


 殻は気づかない。


「ほら、これなら――」


 新しいケーブルをギャセクシーへ差し込む。


 そして、その先を壁の急速充電器へ。


 カチッ。


 接続された。


 次の瞬間。


 ギャセクシーの画面が明るくなった。


『……あ』


 その声が、変わった。


 先ほどまでとは明らかに違う。


『すごい……』


 急速充電器から、強い電力が流れ込んでくる。


 数字が増えていく。


 その速さに、ギャセクシー自身が驚いている。


『こんなに……』


 電は、その様子を見つめていた。


 隣には、先ほどまでギャセクシーと繋がっていたモバイルバッテリーがある。


 白い身体に貼られた可愛らしいシール。


 その姿が、妙に寂しそうに見えた。


 やがて。


『ギャセクシー……』


 モバイルバッテリーが呼びかけた。


 ギャセクシーの画面が、わずかに揺れる。


『……ごめんね』


 電の表情が固まった。


『あなたも素敵だった』


 モバイルバッテリーは、何も言わない。


 ただ、繋がっていたケーブルが机の上に残されている。


『でも……』


 急速充電器から、また電気が流れ込む。


 ギャセクシーの画面が明るくなる。


『私は、この人がいい』


「……」


 電は動かなかった。


『あなたより、ずっと強い』


 その言葉が、妙に鮮明に聞こえた。


 モバイルバッテリーの残量は、まだ残っている。


 ギャセクシーを助けるために使った電気も、確かにそこに残っている。


 なのに。


 もう、必要とされていない。


『ごめんね』


 ギャセクシーは、もう迷っていなかった。


『私、もうこの人から離れられない』


 電の拳が、ゆっくりと握られる。


 昨日。


 新品のギャセクシーを大切にすると決めた。


 今日だって、ずっと一緒だった。


 そのはずだった。


 なのに。


 たった一本のケーブルが外れただけで。


 ギャセクシーは、あっさりと別の相手へ行ってしまった。


「この……」


 電の肩が震える。


 殻が振り返った。


「電?」


「この……!」


 電はギャセクシーを指差した。


 正確には、その先にいる急速充電器を。


「このビッチがああああああああああ!!」


 部屋中に絶叫が響き渡った。


「電!?」


 殻が飛び上がる。


 電は立ち上がっていた。


「お前……!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 殻が慌てて電の前へ回り込む。


「何でそんなに怒ってるの!?」


「見ただろ!」


「何を!?」


「こいつが!」


 電の指がギャセクシーを指す。


「こいつが、あいつに乗り換えたんだよ!」


 殻は固まった。


 ゆっくりとギャセクシーを見る。


 次に、急速充電器を見る。


 そして、机の上に残されたモバイルバッテリーを見る。


 最後に、電を見る。


「……何言ってるの?」


「何って……!」


「ただ充電してるだけでしょ!?」


「違う!」


「何が違うの!?」


「俺の目の前で……!」


 電の声が荒くなる。


 殻の肩が、小さく跳ねた。


「……電」


「……」


 殻の目に、涙が浮かぶ。


「怖いよ」


 その一言で、電の言葉が止まった。


 殻は怯えたように、一歩だけ後ろへ下がった。


「何で……スマホに怒鳴ってるの……?」


 電は答えられなかった。


 机の上では、ギャセクシーが何事もなかったかのように充電されている。


 急速充電中。


 数字は、順調に増えていた。


 その隣で。


 モバイルバッテリーだけが、静かに置かれていた。

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