このビッチが!
まだ、繋がっていた。
机の上で、ギャセクシーとモバイルバッテリーを結ぶ一本のケーブルが、静かに二人の間を繋いでいる。
先ほどまで2%だったギャセクシーの残量は、もうすっかり回復していた。
それでも、ケーブルは外れない。
充電する必要がなくなったわけではない。
まだ、繋がっていたい。
そんな二人の気持ちが、電には分かる気がした。
『あなたの電気……やっぱり好き』
ギャセクシーの画面が、淡く光る。
「僕も、あなたにこうしてあげられるのが嬉しいよ」
モバイルバッテリーは、惜しむことなく電気を送り続けていた。
残量が減っていくことなど、今は気にならない。
目の前にいるギャセクシーが、それを受け取ってくれている。
それだけで十分だった。
『もう少しだけ』
「まだいいよ」
『本当に?』
「好きなだけ」
そのやり取りを、電は黙って見ていた。
口を挟むつもりはなかった。
二人が幸せそうなら、それでいい。
そう思っていた。
……少なくとも、そのときまでは。
殻が漫画から顔を上げた。
何となく部屋を見回していた視線が、壁際で止まる。
「あ」
その声に、電が顔を上げた。
「どうした?」
殻は壁を指差した。
「急速充電器あるじゃん」
電の視線が、その先へ向かう。
コンセントに差し込まれた、小さな充電器。
殻は立ち上がると、何の迷いもなく机へ近づいてきた。
「これ使えば、もっと早く充電できるよ」
「……」
電は何も答えなかった。
殻はそんな電の様子を気にすることもなく、机の上へ手を伸ばす。
そして、ギャセクシーとモバイルバッテリーを繋いでいたケーブルを掴んだ。
「こっちにしよ」
その瞬間だった。
カチッ。
小さな音がした。
ケーブルが抜かれる。
たったそれだけのことだった。
けれど。
ギャセクシーとモバイルバッテリーの間にあった繋がりが、突然途切れた。
『……え?』
ギャセクシーの声が、小さく響いた。
モバイルバッテリーも何も言わない。
ただ、そこに置かれている。
殻は気づかない。
「ほら、これなら――」
新しいケーブルをギャセクシーへ差し込む。
そして、その先を壁の急速充電器へ。
カチッ。
接続された。
次の瞬間。
ギャセクシーの画面が明るくなった。
『……あ』
その声が、変わった。
先ほどまでとは明らかに違う。
『すごい……』
急速充電器から、強い電力が流れ込んでくる。
数字が増えていく。
その速さに、ギャセクシー自身が驚いている。
『こんなに……』
電は、その様子を見つめていた。
隣には、先ほどまでギャセクシーと繋がっていたモバイルバッテリーがある。
白い身体に貼られた可愛らしいシール。
その姿が、妙に寂しそうに見えた。
やがて。
『ギャセクシー……』
モバイルバッテリーが呼びかけた。
ギャセクシーの画面が、わずかに揺れる。
『……ごめんね』
電の表情が固まった。
『あなたも素敵だった』
モバイルバッテリーは、何も言わない。
ただ、繋がっていたケーブルが机の上に残されている。
『でも……』
急速充電器から、また電気が流れ込む。
ギャセクシーの画面が明るくなる。
『私は、この人がいい』
「……」
電は動かなかった。
『あなたより、ずっと強い』
その言葉が、妙に鮮明に聞こえた。
モバイルバッテリーの残量は、まだ残っている。
ギャセクシーを助けるために使った電気も、確かにそこに残っている。
なのに。
もう、必要とされていない。
『ごめんね』
ギャセクシーは、もう迷っていなかった。
『私、もうこの人から離れられない』
電の拳が、ゆっくりと握られる。
昨日。
新品のギャセクシーを大切にすると決めた。
今日だって、ずっと一緒だった。
そのはずだった。
なのに。
たった一本のケーブルが外れただけで。
ギャセクシーは、あっさりと別の相手へ行ってしまった。
「この……」
電の肩が震える。
殻が振り返った。
「電?」
「この……!」
電はギャセクシーを指差した。
正確には、その先にいる急速充電器を。
「このビッチがああああああああああ!!」
部屋中に絶叫が響き渡った。
「電!?」
殻が飛び上がる。
電は立ち上がっていた。
「お前……!」
「ちょ、ちょっと待って!」
殻が慌てて電の前へ回り込む。
「何でそんなに怒ってるの!?」
「見ただろ!」
「何を!?」
「こいつが!」
電の指がギャセクシーを指す。
「こいつが、あいつに乗り換えたんだよ!」
殻は固まった。
ゆっくりとギャセクシーを見る。
次に、急速充電器を見る。
そして、机の上に残されたモバイルバッテリーを見る。
最後に、電を見る。
「……何言ってるの?」
「何って……!」
「ただ充電してるだけでしょ!?」
「違う!」
「何が違うの!?」
「俺の目の前で……!」
電の声が荒くなる。
殻の肩が、小さく跳ねた。
「……電」
「……」
殻の目に、涙が浮かぶ。
「怖いよ」
その一言で、電の言葉が止まった。
殻は怯えたように、一歩だけ後ろへ下がった。
「何で……スマホに怒鳴ってるの……?」
電は答えられなかった。
机の上では、ギャセクシーが何事もなかったかのように充電されている。
急速充電中。
数字は、順調に増えていた。
その隣で。
モバイルバッテリーだけが、静かに置かれていた。




