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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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初めての充電


 一本のケーブルが、二人を繋いでいた。


 机の上で、ギャセクシーは静かにその感覚を味わっていた。


 ついさっきまで、残量は2%だった。


 もう少し放っておけば、画面が消え、何もできなくなる。


 電が戻ってくるまでの間くらいは大丈夫だろうと思っていた。


 けれど。


 今は違う。


 充電端子から、少しずつ何かが入ってくる。


 それは目に見えるものではない。


 けれど、確かに感じる。


 身体の奥へ、ゆっくりと力が満ちていくような感覚。


『……あ』


 ギャセクシーの画面が明るくなる。


 2%だった数字が、3%へ変わった。


 たった1%。


 それだけなのに、ギャセクシーには、それがひどく大きなことのように思えた。


 自分の中に何かが戻ってくる。


 さっきまで感じていた心細さが、少しずつ薄れていく。


 その変化を、繋がった相手も感じ取っているのだろうか。


 ケーブルの向こうにいるモバイルバッテリーは、何も言わずに電気を送り続けている。


 白い身体には可愛らしいシールが貼られている。


 殻が大切に使っているものだ。


 容量は5000mAh。


 最大22.5W。


 普段なら、ただの数字だった。


 けれど今は、その数字の一つ一つが妙に頼もしく見える。


 4%。


 5%。


 ギャセクシーの中へ、また少しずつ力が満ちていく。


『……すごい』


 その声に、モバイルバッテリーがわずかに反応した。


「大丈夫?」


 ギャセクシーは少しだけ間を置いてから答えた。


『うん』


 短い言葉だった。


 けれど、その声には先ほどまでの不安がなかった。


 むしろ、もっとこのままでいたいという気持ちが滲んでいる。


 モバイルバッテリーは、それ以上何も尋ねなかった。


 ただ、繋がったまま、必要なだけの電気を送り続ける。


 6%。


 7%。


 8%。


 数字が増えるたび、ギャセクシーの中に余裕が生まれていく。


 画面を点けることができる。


 電からの通知を受け取ることができる。


 いつものように動くことができる。


 当たり前だったことが、今は嬉しかった。


 そして、その当たり前を取り戻してくれた相手が、すぐそばにいる。


 ケーブル一本。


 それだけの繋がりなのに、不思議なくらい近く感じる。


『ねえ』


「なに?」


 ギャセクシーは、少しだけ迷った。


『まだ、ある?』


「あるよ」


 その答えを聞いて、ギャセクシーは安心した。


 まだ大丈夫。


 まだ繋がっていられる。


 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


 9%。


 10%。


 モバイルバッテリーの残量は、そのぶん少しずつ減っている。


 自分の中にあったものを分け与えているのだから、当然だった。


 それでも、モバイルバッテリーは惜しむ様子を見せない。


 ギャセクシーも、そのことに気づいていた。


 だからこそ、少しだけ申し訳なくなる。


『……あなたは、大丈夫?』


「僕はまだ平気だよ」


『本当に?』


「うん」


 また、電気が流れる。


 ギャセクシーは、その感覚を静かに受け止めた。


 さっきまで2%だった身体が、今は10%を超えている。


 もう、すぐに消えてしまう心配はない。


 それなのに。


 ギャセクシーは、ケーブルが外れることを考えた。


 充電が終われば、この繋がりも終わる。


 当たり前のことだった。


 充電器なのだから。


 必要な分だけ与えて、役目を終えれば離れる。


 それでいい。


 それが普通だ。


 それなのに、なぜか。


 離れることを考えると、少し寂しかった。


 ギャセクシーは、繋がったケーブルを意識するように画面を淡く光らせた。


『……もう少しだけ』


「うん」


 モバイルバッテリーは、それだけ答えた。


 それ以上は何も言わない。


 ただ、もう一度、電気を送り込む。


 11%。


 12%。


 数字がゆっくりと増えていく。


 その一つ一つが、二人の間に積み重なっていく時間のようだった。


 ギャセクシーは思う。


 こんなふうに誰かと繋がるのは、悪くない。


 むしろ。


 ずっと、このままでいたい。


 そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていた。


『ねえ』


「なに?」


『私……あなたのこと、好きかもしれない』


 モバイルバッテリーからの返事は、すぐには返ってこなかった。


 ケーブルの中を電気だけが流れ続ける。


 やがて。


「……僕も」


 それだけだった。


 けれど、それで十分だった。


 ギャセクシーの画面が、嬉しそうに明るくなる。


 そしてまた、数字が一つ増える。


 13%。


 14%。


 まだ充電は終わらない。


 二人を繋ぐケーブルも、外れない。


 だから今は。


 このままでいい。


 ギャセクシーは、そう思った。

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