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歪んだ輪舞曲(ロンド)〜鉄の処女と白銀の駿馬〜 ――私の婚約者(馬車)が、元婚約者の婚約者(馬)と不倫していました。※乗れません  作者: 山田りく
2章 私の恋人(スマホ)が、モバイルバッテリーと浮気して急速充電器に乗り換えました。

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知らない間に


 電は、しばらく動かなかった。


 部屋に戻ってきて、いつもの場所へ座っただけだった。


 ただ、目の前にあるものが、いつもとは違っていた。


 机の上にはギャセクシー。


 その端子には、一本のケーブル。


 そして、その先には白いモバイルバッテリーが繋がっている。


 可愛らしいシールが貼られた、殻のモバイルバッテリー。


 電は、それを見つめたまま、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……これ」


「ん?」


 漫画を読んでいた殻が顔を上げる。


「何?」


 電はモバイルバッテリーを指差した。


「誰?」


「誰って?」


 殻は電の指先を追う。


 そして、ようやく意味が分かったらしい。


「ああ。私のモバイルバッテリー」


「……」


「さっき電のスマホ、2%だったから」


 殻は何でもないことのように言った。


「そのままだと切れちゃうでしょ。だから繋いでおいたの」


「……そう」


 電は頷いた。


 それ以上は何も言わない。


 ただ、視線だけがモバイルバッテリーから離れなかった。


 ギャセクシーは、充電されている。


 先ほどまで2%だった数字も、少しずつ増えている。


 電にとっては、ありがたいことのはずだった。


 それなのに。


 なぜか、胸の奥がざわつく。


 電はギャセクシーを手に取った。


「ギャセクシー」


『……電くん』


 返事が返ってくる。


 いつもの声だった。


 それを聞いて、電は少しだけ安心した。


「俺がいない間、何してた?」


「……」


 殻の手が止まった。


「電?」


 電は殻を見ない。


 ギャセクシーの画面だけを見つめている。


『充電してたの』


「誰に?」


 殻が眉を寄せる。


「……何?」


 電は聞こえていないふりをした。


 ギャセクシーからの返事を待っている。


『……この子に』


 電の視線が、ゆっくりと横へ動いた。


 白いモバイルバッテリー。


「この子?」


『うん』


「……そう」


 電は小さく頷いた。


「だから私のモバイルバッテリーだって」


 殻が言う。


「分かってる」


「じゃあ、何でそんな顔してるの?」


「……」


 電は答えなかった。


 ギャセクシーを両手で持ち直し、画面を確認する。


 充電中。


 数字は、さっきより増えている。


「ギャセクシー」


『うん』


「楽しかった?」


「……」


 殻の表情が変わった。


「電?」


 電は返事をしない。


 ただ、ギャセクシーからの言葉を待っている。


『えっと……』


「うん」


『電くんがいなかったから……』


「うん」


『寂しかったけど』


 電の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


『この子が助けてくれたの』


「……そうか」


 電はモバイルバッテリーへ目を向けた。


「助けてくれたんだな」


「……」


 殻は黙って電を見ていた。


 さっきから何をしているのか分からない。


 けれど、電が妙に真剣なのだけは伝わってくる。


「ねえ、電」


「ん?」


「それ、スマホだよね?」


「ギャセクシー」


「……はいはい」


 殻は諦めたように漫画へ視線を戻した。


 ページをめくる。


 その音が、部屋に小さく響いた。


 電はしばらく黙っていた。


 やがて、もう一度モバイルバッテリーを見る。


 ケーブルが繋がっている。


 ギャセクシーと。


 自分がいない間に。


「……でも」


 電が呟いた。


「俺がいない間に、勝手に繋がるのはどうなんだ?」


「何の話?」


 殻は漫画から顔を上げた。


 電は答えない。


 ギャセクシーを胸元へ引き寄せる。


 それでも、ケーブルは外さなかった。


 充電中の表示が、静かに数字を増やしている。


「ギャセクシー」


『うん』


「俺、怒ってないから」


『……』


「ただ、ちゃんと話してほしい」


『……うん』


 殻は、しばらく電を見ていた。


 それから、深いため息を吐く。


「……何でスマホに事情聴取してるのよ」


 電は真剣な顔でギャセクシーを見つめたまま答えた。


「大事なことだから」


「何が?」


「恋人のこと」


「……」


 殻は口を閉じた。


 そして、もう一度机の上を見る。


 ギャセクシー。


 モバイルバッテリー。


 二つを繋いでいる一本のケーブル。


 殻は何も言わなかった。


 ただ、電がその光景を見つめ続けていることだけが、妙に気になった。

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