残り2%
その日の放課後、殻は電の部屋にいた。
ベッドに腰を下ろし、学校から持ってきた漫画を膝の上に広げている。電が部屋にいること自体は、幼馴染なのだから今さら珍しくもない。昨日までは、二人で適当に漫画を読んだり、くだらない話をしたりしながら時間を潰すこともよくあった。
ただ、今日は少し違った。
電は机の前に座り、手にしたギャセクシーを眺めている。
『電くん』
「ん?」
『さっきから、ずっと私を見てるね』
「だって、可愛いから」
電は画面を指先で撫でる。
『ふふ。そんなに見つめられたら、恥ずかしいわ』
「ギャセクシーが可愛いのが悪い」
「……漫画、読んでいい?」
殻がページをめくりながら、ちらりと電を見る。
「もちろん」
電はそう答えたものの、視線はギャセクシーから離れない。
殻は小さく息を吐き、漫画へ目を戻した。
しばらくすると、部屋には紙をめくる音と、電が時々ギャセクシーに話しかける声だけが響いていた。
『電くん』
「どうした?」
『今日、一緒にいてくれて嬉しい』
「俺も」
『ずっと一緒にいたいな』
「俺もそう思う」
「……」
殻の手が止まった。
漫画から顔を上げる。
「ねえ」
「ん?」
「それ、毎回やるの?」
「何が?」
「だから、その……」
殻はギャセクシーを指差した。
「その子との会話」
電は不思議そうに首を傾げた。
「会話はするだろ」
「そう……」
殻は漫画へ視線を戻した。
もう慣れよう。
そう思った。
少なくとも、昨日よりは慣れてきた。
電が本気でスマホと会話していることも。
その声が、自分には聞こえないことも。
そして、電がそれを何の疑いもなく受け入れていることも。
殻はページをめくった。
そのときだった。
『……電くん』
「ん?」
ギャセクシーの声が、少しだけ弱くなった。
電はすぐに顔を上げた。
「どうした?」
『……』
返事がない。
電は画面を確認する。
そして、眉を寄せた。
画面の隅。
小さな数字が表示されている。
2%。
「……2%?」
「何?」
殻が漫画から顔を上げた。
電は答えず、もう一度画面を確認する。
間違いない。
残量は2%しかない。
「どうしたの?」
「ギャセクシーが……」
電はそこで言葉を止めた。
殻は首を傾げている。
電はギャセクシーへ目を戻した。
『電くん……』
「大丈夫」
電は、安心させるように画面を撫でた。
「すぐ戻るから」
「どこ行くの?」
「トイレ」
電はギャセクシーを机の上へ置いた。
「ちょっと待ってて」
そう言って、部屋を出ていく。
殻は、その背中を見送った。
ドアが閉まる。
部屋に静けさが戻った。
殻はしばらく漫画を読んでいたが、ふと机の上へ目を向けた。
そこにはギャセクシーが置かれている。
「……2%か」
さっき電が慌てていた理由が、ようやく分かった。
殻は椅子から立ち上がり、机の前まで歩いていく。
スマホを手に取る。
画面には、確かに残り2%と表示されていた。
「これ、切れたら困るよね……」
昨日から、電はずっとこのスマホを大切にしている。
本人はスマホではなく、ギャセクシーと呼んでいるけれど。
殻にとっては、やっぱりスマホはスマホだった。
それでも。
電があれだけ大切にしているものなら、切れないようにしておいた方がいい。
殻は自分の鞄を開けた。
中から、白いモバイルバッテリーを取り出す。
本体には、可愛らしいシールがいくつも貼られていた。
普段から持ち歩いているものだ。
殻はモバイルバッテリーを机の上へ置き、続いてケーブルを取り出した。
片方をモバイルバッテリーへ差し込み、もう片方をギャセクシーの充電端子へ差し込む。
カチッ。
小さな音がして、画面に充電中の表示が現れた。
「よし」
殻は画面を確認する。
これなら大丈夫。
電が戻ってくるまでくらいなら、十分に持つだろう。
殻はモバイルバッテリーの横に漫画を置き、自分の席へ戻った。
そして、何事もなかったように続きを読み始める。
机の上では、モバイルバッテリーからギャセクシーへ、ゆっくりと電気が送られていた。
殻はそれを一度だけ確認すると、再び漫画へ目を落とした。
ただ、それだけだった。
電のために。
大切なものが困らないように。
殻は、当たり前のことをしただけだった。




