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【Season2】白い羽根の彼女を守るため、ただの高校生だった俺は勇者になる  作者: 東雲 明
第11章 アルカヌム島編

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第155話 斬れなかった闇•後編

 黒い樹皮の奥で、俺の頬に触れていたものは土でも風でもなく、濡れた蛇の腹みたいに脈を打つ蔦だった。


 喉の下を締めつける一本が息を薄く削り、胸板を横切る数本が肋骨の隙間へ食い込み、両腕は背中ごと引き絞られて、指先だけが冷たい樹液に沈んでいる。


 まぶたの裏で青い火花が散り、耳の奥では、巨木の幹を流れる黒い水音が、俺の血の音に重なっていた。


 息を吸おうとすると、蔦が少しだけ沈む。


 吐こうとすると、今度は首筋の皮膚が引きつる。


 身体のどこから力を入れても、別の場所が潰され、肩の骨が軋み、背中に貼りついた樹皮のざらつきが服越しに肉へ食い込んだ。


 アストラルフレイムは右手の先にあった。


 握っているはずなのに、指が遠い。


 剣の柄に絡みついた黒い蔦が、俺の手首ごと幹へ縫い止め、刃は半分だけ闇に埋もれていた。


 青い光はまだ消えていない。


 けれど、その光は俺から逃げるみたいに揺れ、刃の表面で細く割れ、黒い樹液に飲まれていく。


 目を開けたつもりでも、見えたのは俺の顔だった。


 幹の内側に張りついた黒い水面。


 そこに映る俺が、俺より先に口角を上げた。


 血のついた頬、乱れた黒髪、潰れた息。


 同じ顔なのに、目だけが違う。


 家族の前で隠してきた、剣を握るたびに奥へ押し込めてきた、誰かを守るためなら相手の息が止まるまで刃を振れる俺が、そこにいた。


「まだ、斬るのか」


 声は外から来なかった。


 喉を締めつけられた俺の内側で、低く擦れて響いた。


 蔦が胸をさらに締め、肺の底に残っていた空気が薄く漏れる。


 奥歯を噛むと、鉄の味が舌に広がった。


 黒い水面の俺が、俺の代わりに息をしているみたいに肩を揺らす。


「守るためだって言えば、何を斬っても許されると思ったか」


 首の蔦が脈に合わせて沈んだ。


 ミユウの羽が月明かりを受けて揺れていた夜、アインが小さな手で俺の服を握った朝、ジュリアが眠りながら俺の指を離さなかった温もり。


 それらが胸の奥に浮かぶたび、黒い水面の俺は、刃の影を濃くした。


 誰かを守る手は、誰かを傷つける手と同じ形をしている。


 それを認めたくなくて、俺はずっと、剣の青い光だけを見てきた。


 綺麗なものだけ握っているふりをした。


 ミユウに「あなた」と呼ばれるたび、子どもたちに「パパ」と呼ばれるたび、俺は胸の底に沈んだ黒いものへ蓋をして、その上に笑って立っていた。


 けれど、蓋の下で腐ったものは消えない。


 剣を振るたび、敵の膝が折れるたび、俺の中の黒い俺は目を覚まし、笑い、血の匂いを覚えていた。


「おまえがいるから、俺は怖かった」


 声を出すと、喉の蔦が皮膚を擦り、血が一筋、鎖骨へ落ちた。


 黒い水面の俺が動きを止める。


 目だけが、刃より冷たく光った。


「ミユウの前で、おまえを見せたくなかった。アインとジュリアに、おまえの顔を見せたくなかった。俺が守ると言いながら、守るためにどこまででも壊せる人間だと知られたくなかった」


 蔦が腹を締め、言葉の途中で息が裂けた。


 それでも、奥歯を噛み直し、右手の指を柄へ押しつける。


 黒い樹液の下で、アストラルフレイムの柄が熱を返した。



挿絵(By みてみん)


 小さな火傷みたいな熱。


 それは俺を責めず、急かさず、ただそこにあった。


「でも、おまえを斬ったら、俺はまた嘘をつく」


 黒い水面の俺が、ゆっくり顔を傾けた。


 その目に映っているのは、蔦に吊られた俺だけだった。


 剣を握れず、息も薄く、家族の声も届かない幹の底で、俺は自分の影に見下ろされている。


「おまえがいない顔で、ミユウに触れる。おまえがいない手で、アインとジュリアを抱く。そんな手の方が、よっぽど汚い」


 胸に刺さっていた蔦が、わずかに震えた。


 幹の奥で流れていた黒い水音が乱れ、俺の背中に貼りついていた樹皮が熱を持つ。


 黒い水面の俺の笑みが薄くなった。


「俺は、おまえを許さない」


 青い光が刃の根元で跳ねた。


 右手の指が一本、柄に食い込む。


「でも、いなかったことにはしない」


 蔦の隙間から血が滲み、手首を伝って柄へ落ちた。


 アストラルフレイムの青が、その赤を飲み込んだ瞬間、刃の奥に黒い線が走った。


 濁った光じゃない。


 青い火の芯に、夜の細い糸が一本、まっすぐ通った。


 黒い水面の俺が、俺と同じ顔で息を吐く。


 笑みではなかった。


 泣きそうな顔でもなかった。


 ただ、剣を握る男の顔だった。


「一緒に来い」


 俺は、柄を握り潰すつもりで力を込めた。


 右腕に絡んでいた蔦が、骨へ食い込む前に内側から裂けた。


 黒い樹液が飛び、頬に熱い雫がかかる。


 肩を縛っていた蔦が次に弾け、背中を押さえていた幹の皮が剥がれ、俺の身体が少しだけ前へ落ちた。


 その落下の勢いごと、俺はアストラルフレイムを引き抜いた。


 刃が抜けた穴から黒い水が噴き、足元の見えない空間へ落ちていく。


 剣は青く燃えていた。


 けれど、その青は前より細く、深く、刃の中心に黒い光を抱えたまま、俺の手の中で脈を打っている。


 首に巻きついた蔦が、最後に締め上げてきた。


 視界が白く欠ける。


 膝が折れかける。


 俺は左手で蔦を掴み、皮膚に食い込む感触を逃がさず、剣を逆手に持ち替えた。


 斬るために憎まない。


 守るために誤魔化さない。


 目の前の黒を、黒のまま見る。


「俺は、俺だ」


 刃を振り抜いた。


 喉を締めていた蔦が輪ごと裂け、空気が喉へ流れ込んだ。


 咳と血の味が同時にこみ上げ、俺は樹皮に片膝をつきながら、前へ倒れ込む身体を剣で支えた。


 息を吸うたび胸が焼ける。


 吐くたび背中が痛む。


 それでも、身体の奥にあった冷たい穴は塞がらず、その穴の輪郭だけが、はっきり指でなぞれるほど形を持っていた。


 巨木が吠えた。


 耳ではなく、骨が聞いた。


 幹全体がねじれ、内側の空間が波打ち、黒い水面に映っていた俺の顔が幾つにも割れる。


 割れた顔の一つが笑い、一つが歯を食いしばり、一つが剣を握り、一つが膝をついている。


 どれも俺だった。


 捨てたい顔も、隠したい顔も、ミユウに見せたくなかった顔も、子どもたちの前で背中に押し込めた顔も、全部、俺の輪郭の中にあった。


 逃げる場所はない。


 逃がす必要もない。


 俺は剣を持ち上げ、幹の内側に縦へ走る黒い筋を見た。


 そこだけが、脈を打っている。


 巨木の心臓みたいに、太く、鈍く、俺の息に合わせて膨らんだ。


 足首に絡む蔦が、最後の悪あがきみたいに締まる。


 俺は膝を抜き、足裏を樹皮へ押しつけた。


 ぬめる。


 滑る。


 それでも踏む。


 父親の足で。


 夫の足で。


 剣を持つ俺の足で。


 アストラルフレイムを肩の上へ引くと、青い炎の芯に通った黒が、刃先まで伸びた。


 眩しさはない。


 ただ、見失わないための光だった。


「ミユウ」


 名前を呼ぶと、胸の痛みが少しだけ形を変えた。


「アイン。ジュリア」


 蔦がざわめいた。


 呼ばれたものを嫌がるみたいに、幹の内側から黒い芽がいくつも突き出し、俺の腕へ、脚へ、首へ伸びてくる。


 俺は踏み込んだ。


 一歩目で足首の蔦を裂き、二歩目で肩へ飛びついた黒い芽を刃の背で弾き、三歩目で胸から流れる血を服の内側へ押し込みながら、巨木の黒い筋へ刃を叩き込んだ。


 硬い。


 骨よりも、石よりも、夜そのものを斬っているみたいに重い。


 刃が半分で止まり、柄が手の中で暴れた。


 巨木の内側から、俺の声が幾つも返ってくる。


 斬れ。


 斬るな。


 守れ。


 壊せ。


 戻れ。


 進め。


 全部、俺の声だった。


 だから、もう惑わなかった。


 俺は止まった刃へ額を近づけ、黒い筋の向こうにある厚い闇を見た。


 その向こうに、ミユウの白い羽がある。


 小さな手が二つある。


 俺を待つ声がある。


 刃を握る右手に、左手を重ねた。


 指の皮が裂け、熱い血が柄へ広がる。


 青い炎と黒い光が、俺の手の中で一つの線になった。


「帰る」


 刃が沈んだ。


 黒い筋が縦に裂け、巨木の腹から夜の破片が噴き上がる。


 俺はその裂け目へ肩をぶつけ、剣を押し込み、身体ごと前へねじ込んだ。


 樹皮が肩の肉を削り、背中の布が裂け、髪に絡んだ蔦が何本も千切れる。


 光が見えた。


 細い。


 遠い。


 けれど、そこに外の空気があった。


 俺は最後の蔦に足を取られ、片膝をついた。


 裂け目の向こうから風が入り、汗と血で濡れた頬を撫でる。


 その風に、白い羽の匂いが混じっていた。


「あなた!」


 ミユウの声が、裂け目の向こうから飛び込んできた。


 俺の身体より先に、その声が胸へ届いた。


 蔦がまた足首を引く。


 巨木の奥へ戻そうとする力が、腰に絡み、背骨を軋ませた。


 俺は剣を裂け目の縁に突き立て、柄を支点に身体を引き上げる。


 外の光が広がった。


 黒い樹皮の隙間から、ミユウの白い羽が見える。


 その前で、小さな影が二つ、地面に膝をつくみたいに近づいていた。


「パパ!」


 アインの声が割れた。


 俺は歯を食いしばり、足首の蔦を振り払う。


 また一本、太い蔦が腰へ巻きついた。


 ミユウの羽が大きく広がる。


 彼女は裂け目のそばまで駆け寄り、伸ばした手を黒い樹皮に触れる寸前で止めた。


 触れれば飲まれる。


 それが分かったから、彼女は指先を震わせたまま、俺だけを見ていた。


「あなた、こっちへ!」


 俺は頷く代わりに、剣を横へ振った。


 腰の蔦が裂け、身体が前へ跳ねる。


 裂け目の縁で肩をぶつけ、肺の奥から息が潰れた音が出た。


 それでも外へ手を伸ばす。


 ミユウの手が俺の手首を掴んだ。


 細い指なのに、離さない力があった。


 その手の上から、もっと小さな手が二つ重なった。


「パパ、て!」


「パパ、こっち」


 アインの指が俺の袖を掴み、ジュリアの手がミユウの腕にしがみついたまま、俺の指先へ届こうとしていた。


 小さな爪が震えている。


 頬は濡れて、唇は噛みしめたあとで赤くなっていた。


 長い言葉はない。


 それでよかった。


 俺はその小ささに引っ張られるみたいに、最後の力を足へ込めた。


 巨木の内側から黒い蔦が何本も伸び、俺の背中に爪を立てる。


 服が裂け、皮膚が焼ける。


 ミユウの羽が俺の視界を白く包み、彼女の両腕が俺の肩を引いた。


「あなた!」


 俺は裂け目を越えた。


 黒い樹皮の縁を腹で擦り、地面へ転がり出る。


 湿った土が頬にぶつかり、口の中に草の苦みが入った。


 背後で巨木が身をよじり、裂け目から黒い液を吐き出す。


 俺はすぐに身体を起こそうとして、片腕が言うことを聞かず、土を掴んだまま肩を落とした。


 ミユウが膝をついて俺を抱き起こす。


 白い羽の先が土に触れ、黒い樹液で汚れても、彼女は俺の顔から目を離さなかった。


 頬に触れた指が冷たい。


 その冷たさが、俺の皮膚の熱を確かめるみたいに何度もなぞった。


「あなた……」


 声がそこで切れた。


 ミユウの額が俺の肩へ落ち、銀の髪が血で汚れた服に広がる。


 俺は動く方の腕を上げ、彼女の背中に回した。


 羽の根元が震えている。


 俺の指がそこに触れると、彼女は息を詰め、さらに強く俺を抱いた。


「ただいま」


 それだけ言うと、喉の奥が熱くなり、次の言葉は出なかった。


 アインが俺の膝にしがみついた。


 小さな額を足に押しつけ、何度も息を吸って、服の布を両手でぎゅっと掴む。


「パパ、いた」


「ああ、いる」


 ジュリアはミユウの羽の下から手を伸ばし、俺の指を一本だけ掴んだ。


 握る力は弱いのに、離す気配だけはなかった。


「パパ、いかないで」


「行かない」


 俺は膝をついたまま、指先に力を返した。


 ジュリアの手が小さく揺れ、すぐにもう片方の手も重なる。


「おにぃちゃんも」


 ジュリアがそう言うと、アインは顔を上げ、濡れた頬のまま俺の膝から手を離さず、ジュリアの手の上に自分の手を置いた。


 四つの小さな指が、俺の傷だらけの指を包む。


 どれも軽い。


 軽すぎる。


 だから、重かった。


 ミユウが顔を上げる。


 赤くなった目で俺を見て、唇を開きかけ、何も言わずに額を俺の額へ近づけた。


 触れる寸前で、彼女の睫毛が震える。


 俺は目を逸らさなかった。


 巨木の中で見た黒い俺を、まだ胸の底に感じていた。


 斬って捨てたのではない。


 抱き込んだまま、ここへ戻ってきた。


 だから、ミユウの前で笑って誤魔化すことはしなかった。


 血の匂いも、剣の熱も、喉に残る黒い蔦の跡も、そのまま彼女へ見せた。


「俺の中に、まだ黒いものがある」


 ミユウの指が、俺の頬に残った樹液を拭った。


 黒い筋が彼女の白い指先に移る。


 彼女はそれを見てから、俺の胸へ手を当てた。


「あなたの手は、ここに戻ってきました」


 彼女の声は細かった。


 でも、逃げなかった。


「それだけで、わたしはあなたを見失いません」


 胸の奥で、黒い穴の輪郭がまた熱を持つ。


 そこへ青い光が差すのではなく、黒いまま、形を持ったまま、俺の呼吸に合わせて沈んだ。


 消えない。


 消さない。


 剣を握る時、俺はきっとまたその黒へ触れる。


 敵を前にした時、守るものを背にした時、刃の向こうで誰かの息が乱れた時、俺の中の黒い俺は目を開ける。


 けれど、もう背中から俺を押すだけの影ではない。


 俺が手綱を握る。


 目を逸らさず、使う。


 守るために、壊す力まで自分の名で引き受ける。


 俺はアストラルフレイムを地面から引き抜いた。


 剣身の青は、さっきより深い。


 刃の芯を走る黒い線は、汚れではなく、焼き締められた鋼の筋みたいにまっすぐ通っていた。


 俺の手の震えは止まっていない。


 身体は傷だらけで、息をするたび胸が痛む。


 それでも、剣先は地面を探して揺れず、俺の右手の中で重さを変えなかった。


 背後の巨木が、最後の呻きを上げた。


 幹の裂け目から黒い光が漏れ、枝の先まで走ったかと思うと、樹皮が内側から乾いていく。


 葉の形をしていた影が次々に剥がれ、空へ舞い、灰でも雪でもない黒い欠片になって消えた。


 根元に絡んでいた蔦が力を失い、土の上へ崩れる。


 巨木の中心に刻まれた裂け目だけが青黒く光り、そこから小さな結晶が浮き上がった。


 夜を閉じ込めたみたいな、深い色の欠片。


 俺が手を伸ばすと、その結晶は逃げずに掌へ落ちた。


 冷たいと思った。


 けれど、掌で触れた瞬間、冷たさの奥に火種みたいな熱があった。


 黒い光は指の隙間から漏れず、俺の皮膚の下へ沈み、胸の奥の輪郭と重なった。


 息が一度、深く入った。


 さっきまで潰されていた肺の底まで空気が届き、痛みと一緒に、身体の芯が真っ直ぐ立つ。


 強くなった、なんて軽い言葉では足りない。


 弱い場所を鎧で隠したわけでも、黒いものを綺麗な言葉で塗ったわけでもない。


 俺は、斬り損ねた自分を連れて立っている。


 その重さで、足が地面に沈む。


 その重さで、もう風に流されない。


「終わったの……?」


 ミユウが巨木を見上げた。


 俺は剣を下げたまま、崩れていく黒い枝を見た。


 幹の奥から、もう声はしない。


 俺を責める声も、誘う声も、笑う声も、俺の胸の内側へ戻っていた。


「ああ」


 短く答えると、アインが俺の服を引いた。


「パパ、もう、いたいのない?」


 俺は膝を少し曲げ、アインの目の高さに近づいた。


 傷の痛みはある。


 喉も、肩も、背中も、まだ熱い。


 けれど、その痛みを隠して笑えば、また同じ蓋をする。


 俺はアインの髪に触れ、土で汚れた額を親指で拭った。


「いたい。でも、だいじょうぶだ」


 アインは眉をぎゅっと寄せ、俺の服をもう一度掴んだ。


「いたいの、やだ」


「うん」


 ジュリアがミユウの腕に頬を押しつけたまま、小さく手を伸ばした。


「パパ、だっこ」


 ミユウが俺を止めようとしたのか、肩に触れた指へ力を入れる。


 俺は彼女を見る。


 彼女は俺の傷を見て、子どもたちを見て、唇を結んだまま頷いた。


 俺は剣を地面へ突き立て、片膝をつき、動く方の腕でジュリアを抱き上げた。


 軽い身体が胸に乗った瞬間、傷が焼ける。


 それでも、ジュリアの小さな手が俺の首の後ろへ回り、頬が肩にくっつくと、痛みの場所がはっきりした。


 ここにいるための痛みだった。


 アインもすぐに反対側へ寄り、俺の膝に半分乗るみたいにしがみついた。


「おにぃちゃんも」


 ジュリアの声に、アインは何も言わず、俺の腰に腕を回した。


 小さな腕が届かず、服を掴むだけになる。


 ミユウが羽を広げ、俺たち四人を覆った。


 羽の影の中で、土の匂いと血の匂いと、ミユウの髪の匂いが混ざる。


 俺はアストラルフレイムを握ったまま、家族の重さを片腕と膝で受け止めた。


 巨木は崩れきり、黒い根は土へ還り、鏡のようだった地面には、俺たちの姿だけが歪んで映っていた。


 そこに映る俺の顔は、まだ傷だらけで、目の奥に黒い線を残している。


 それでも、ミユウがその顔を見て、俺の頬へ手を添えた。


「あなた」


「うん」


「帰りましょう」


 俺は頷き、ジュリアを抱いたまま立ち上がった。


 膝が少し沈む。


 アインが慌てて俺の服を掴み直し、ミユウの手が俺の背中に添えられる。


 支えられている。


 でも、寄りかかるだけじゃない。


 俺の足は、自分で土を踏んでいた。


 黒い結晶の熱は胸の奥へ溶け、アストラルフレイムの刃は青と黒を抱いたまま、俺の隣で低く光る。


 俺は剣を鞘へ収め、空いた手でアインの手を握った。


 ミユウの羽が風を受け、ジュリアの頬が俺の肩で擦れる。


 アルカヌム島の森は、折れた枝と濡れた土の匂いを立てながら、試練の跡を足元に残していた。


 俺はその跡を踏み越えた。


 白い羽が隣にあり、小さな手が俺を掴み、胸の奥の黒い熱が消えずに沈んでいる。


 それでよかった。

今回もお読み頂き、very very thanks‼︎です。少しでもおもしろいと思われましたら、評価、ブクマ、感想くださると泣いて喜びます。

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