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【Season2】白い羽根の彼女を守るため、ただの高校生だった俺は勇者になる  作者: 東雲 明
第10章 エクリプシス島編

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第147話 第5の宝玉と、立ち上がる父

 掌の中で、緑の宝玉が脈を打った。


 濡れた石床に膝をついたまま、俺は指を閉じきれずにいた。


 青く裂けていたルーンの光が、宝玉の奥へ糸のように吸い込まれ、迷宮の壁を這っていた影が一枚ずつ剥がれていく。


 剣を握り続けた右手の皮は熱を持ち、アストラルフレイムの柄に残った汗が冷えた金属の感触を連れてきた。息を吸うたび、胸の奥で焼けたような痛みが跳ね、喉の裏に鉄の味が広がる。


 ミユウの羽が、俺の視界の端で小さく震えた。


 白い羽先に青い光が触れ、金の装飾に緑の粒が落ちて、彼女は片膝をついた俺の前まで歩いてきた。


 俺の手の中の宝玉を見たあと、何も言わずに俺の指ごと包む。冷えた指先が俺の熱を拾い、絡まった息が少しだけ形を取り戻す。


「……あなた」


 その声だけで、石壁の奥に残っていた闇が遠ざかった気がした。


 俺は返事をしようとして、喉の奥に引っかかった呼吸を飲み込んだ。


 宝玉の光は強くならない。暴れもしない。ただ、俺の掌の傷に合わせるように、ゆっくり、ゆっくりと瞬いた。


 これまでの宝玉のどれとも違う。手に入れた、というより、ようやく届いたものがこちらを見返しているようだった。


 背後で、小さな足音が二つ、濡れた床を叩いた。


「パパ!」


 アインの声が石の天井に跳ね、次いで軽い足音が俺の背中にぶつかった。いつもの勢いより少しだけ弱い。俺の鎧に額を当て、両手でマントを握る力だけが強かった。


「パパ、かったの?」


 勝った。


 口にすれば、それで終わったことになる気がして、俺は宝玉を握ったまま、アインの小さな手に自分の手を重ねた。


 指の関節が泥で汚れ、爪の先に石の粉が詰まっている。五歳の手が、迷宮の冷えた空気をまとっていた。


「……まだ、立ってる」


 それだけ言うと、アインは俺の背中に顔を押しつけた。勝ち負けより、その言葉で足りたらしい。


 ジュリアは少し遅れて来た。走りたいのをこらえるみたいに、短い歩幅で、両手を胸の前に集めている。青いルーンの残り光が頬に薄く映り、目元の影だけを濃くした。俺の前で止まったジュリアは、宝玉と俺の顔を交互に見て、唇を小さく開いた。


「パパ、て、いたい?」


 俺は左手を少し持ち上げた。血と光の境目がよく見えない掌の上で、緑の宝玉が温かく沈んでいる。


「だいじょうぶだ」


 言った瞬間、ジュリアの眉がわずかに寄った。ごまかしを見抜いたのか、声のひびを拾ったのか。小さな指が俺の袖をつまみ、布を離さない。


「パパ、うそ、へた」


 アインが背中で鼻をすすり、俺のマントをさらに握った。


「ジュリア、パパはつよいんだぞ」


「でも、て、いたい」


「いたくても、パパはたつ」


 アインの言葉が、俺の背中に落ちた。胸の奥で何かが押し返される。


 俺は歯を噛み、膝に力を入れた。太腿に残っていた疲れが石の床へ沈み、足裏が水を踏んだ。立ち上がるだけの動きなのに、迷宮中の石が俺の体にぶら下がっているみたいだった。


 ミユウが宝玉を包んだまま、俺の手を支えた。


「無理をしないで」


「無理はしてる」


 彼女の目が揺れた。


「けど、倒れるためじゃない」


 俺は片膝を浮かせた。膝当ての縁が石をこすり、鋭い音が走った。


 アストラルフレイムを床に突き、柄に体重を預ける。剣身に映った俺の顔は、泥と汗で輪郭が崩れていた。頬に走った傷から血が一筋落ち、白い布の端に赤が染みた。


 もう一度、宝玉が光った。


 それは迷宮の中心で鳴っていた罠の音でも、敵を打ち払う閃光でもなかった。俺の掌の奥、骨の隙間に染みるような緑。ミユウの羽、アインの小さな靴、ジュリアの震える指、割れた石壁、濡れた床。その全部に淡い色が乗り、暗かった通路の先に、一筋の出口がほどけた。


「……見えた」


 俺の声に、ミユウが顔を上げた。


 壁の奥で、ルーンがひとつずつ沈んでいく。迷宮が道を閉じるのをやめ、長い通路が呼吸するように開いた。


 濃い霧が床を這い、天井の裂け目から緑と青の光が落ちる。遠くで、水が流れる音がした。潮の匂いも混じっている。


外だ。


 エクリプシス島の空気が、石の隙間から入り込んでいた。


 俺は宝玉を胸元へ引き寄せた。これで五つ。指先だけで数えれば、それはただの数字になる。


 けれど、ひとつずつの重さが、手の中で違う熱を持っている。逃げずに踏み込んだ痛み。見たくないものを斬った刃の震え。


 ミユウの涙を拭えなかった夜の重さ。子どもたちの声を闇の底で探した息の浅さ。全部が、この緑の中で静かに沈んでいた。


「あなた」


 ミユウが俺の手から宝玉をそっと受け取り、両手で胸の前に掲げた。


 白い羽が広がり、迷宮の冷たい空気を押し返すように光を受ける。彼女の指先から金色の細い線が伸び、宝玉の表面をなぞった。


「あなたが、ここまで来た証です」


 証。


 その言葉は胸に刺さらなかった。手の中で温度になって、ゆっくり落ちた。


「俺だけじゃない」


 俺は振り返り、背中にくっついていたアインの頭に手を置いた。髪に石の粉がついている。アインは顔を上げ、鼻の下を袖でこすった。


「アインが、何度も前を見た」


「おれ、みてた」


「ジュリアが、手を離さなかった」


 ジュリアは袖をつまんだまま、目を伏せた。


「はなしてない」


「ミユウが、俺の後ろにいてくれた」


 ミユウは宝玉を抱えたまま、ゆっくり首を横に振った。


「後ろだけじゃありません。隣にも、前にも行きます。あなたにどんな試練が来ても、わたしが守ります」


 その言葉の終わりに、羽が一枚、俺の腕に触れた。柔らかいのに、逃げ道を塞ぐみたいな強さがあった。


「なら、俺も守る」


「知っています」


「倒れても、立つ」


「それも、知っています」


 ミユウの声は、迷宮の石に吸われず、俺の胸元で止まった。


 俺は剣を床から抜き、左手の宝玉を彼女から受け取る。緑の光がアストラルフレイムの刀身に映り、剣の中心を走る青い輝きと混ざった。二つの光は争わず、互いの輪郭を残したまま伸びていく。


通路の奥で、石扉が開いた。


 重い音が、迷宮の腹の底から響いた。水滴が天井から落ち、肩鎧で弾ける。


 外から吹き込んだ風が、マントの裾を持ち上げた。潮と草と、焼けた石の匂い。エクリプシス島の迷いの迷宮は、最後まで足元を濡らしたまま、俺たちを吐き出そうとしていた。


 歩き出す前に、俺はもう一度だけ、宝玉を見た。


 緑の奥に、誰の顔も映らない。ただ、俺の指の傷と、ミユウの羽の影と、子どもたちの小さな手だけが映っている。


 それでよかった。何か大きな運命を見せられるより、この手の中に残ったもののほうが、俺を前へ押した。


「行くぞ」


「うん!」


 アインが先に一歩出た。濡れた石で滑りかけ、すぐに俺のマントを掴む。


「おっと」


 俺が肩越しに手を伸ばすと、アインは口を尖らせた。


「すべってない」


「いまのは石が悪い」


「そう、いしがわるい」


 ジュリアが小さく頷いた。真面目な顔で言うものだから、俺は息を吐き損ね、胸の奥の痛みが少しだけ別の形にほどけた。ミユウも目を伏せ、口元に指を添える。笑い声は出なかった。それでも羽の揺れでわかる。


 迷宮の出口まで、通路は長かった。


 壁のルーンはもう罠としては動かない。青い光は細く、足元の水たまりにほどけ、歩くたびに輪になって散った。


 ところどころ壁が崩れ、黒い影が残っていたが、近づいても形を持たない。俺が斬った恐れや孤独の残り香が、石に染みているだけだった。


 途中、アインが何度も宝玉を見たがった。


「パパ、みどり、きれい」


「触るか?」


「いいの?」


「落とすなよ」


 アインは両手を器みたいにして差し出した。俺が宝玉を少しだけ乗せると、彼の腕が一気に下がる。小さな体には重すぎたらしい。慌てて支えると、アインは目を丸くしたまま、息を止めた。


「おもい」


「光だけじゃないからな」


「なにがはいってるの?」


 俺は答えを探して、宝玉の表面を親指でなぞった。説明にすれば、薄くなる。言葉にしてしまうと、さっきまで俺の膝を押し潰していた重さが、別のものに変わる。


「ここまで歩いた分だ」


 アインは宝玉を見つめたまま、ゆっくり頷いた。


「じゃあ、パパのぶん、おもい」


「おまえたちの分もある」


「おれのも?」


「ある」


「ジュリアのも?」


ジュリアが俺の袖を引いた。


「ジュリアの、すこしでいい」


「少しじゃない」


 俺は宝玉を受け取り、彼女の手の甲に軽く触れさせた。ジュリアは目を閉じ、指をぎゅっと丸めた。緑の光が小さな爪に乗り、すぐ消える。


「ジュリアが離さなかった分も、ここにある」


 彼女の喉が小さく動いた。言葉は出なかった。代わりに、袖を掴む力が強くなる。


 ミユウは後ろから歩幅を合わせていた。傷ついた羽を隠さず、俺たちの影を包むように。俺がふらつくたび、すぐ横に気配が来る。手を出しすぎない。けれど、倒れる前には必ず届く距離。長く一緒に歩いてきた体の間合いだった。


 出口の石扉を抜けた瞬間、風が顔を打った。


 迷宮の冷気とは違う。潮を含み、緑の匂いを抱えた風。視界いっぱいに、エクリプシス島の崖が広がった。


 空は薄い雲に裂かれ、遠くの海は鉛色にうねっている。迷宮の入口だった黒い裂け目は背後でゆっくり閉じ、最後のルーン光が石の奥へ消えた。


 外に出ても、足は軽くならなかった。


 むしろ、崖の向こうから流れてくる気配が、体の芯を掴んだ。海の先。見えない島影のさらに奥。そこにあるものが、こちらを見ている。魔王に近づいたのだと、肌が先に知った。


 風の音が一瞬、低く沈んだ。


 胸が、内側から握り潰された。


「っ……!」


 息が止まった。肺に入るはずの空気が、喉の途中で石になった。左手の宝玉が指から滑りかけ、俺は反射で握り込む。爪が掌の傷に食い込み、熱い痛みが走ったのに、胸の奥の圧は引かなかった。


 視界の端が黒く染まる。


 崖の輪郭が歪み、海の色が消え、ミユウの白い羽だけがぼやけて浮いた。心臓が一度大きく跳ね、そのあと、ばらばらに拳で叩かれるように脈が乱れる。膝から力が抜け、アストラルフレイムの切っ先が地面を抉った。


「あなた!」


 ミユウの声が近い。けれど、音が水の底から届くようにくぐもる。誰かの小さな手が腰に触れた。アインか、ジュリアか。指の震えだけがわかる。


 息を吸え。


 吸え。


 喉が閉じ、歯の間から細い音だけが漏れた。背中に冷たい汗が噴き出し、鎧の内側を流れる。視界の黒が濃くなった途端、遠くの空に赤黒い光が走った。稲妻ではない。魔力の筋だ。海の向こうにある何かが、俺の中の傷を見つけ、そこへ指を差し込んできた。


 膝が地面を打った。


 石じゃない。外の土だ。湿った土の冷たさが膝当ての隙間から伝わる。剣を手放しかけ、右手の指に力を込めた。アストラルフレイムの柄が軋み、手の皮がさらに裂ける。


「パパ!」


 アインの声がひび割れた。


「パパ、たって!」


 ジュリアの声は細く、途中で息に変わった。


「パパ……」


 ミユウが俺の肩を抱いた。羽が俺の背を覆い、金色の光が胸元へ流れ込む。温かい。けれど、胸の奥に噛みついた黒い圧は、その光を押し返そうとした。ミユウの指が俺の頬に触れ、汗と土をぬぐう。


「あなた、わたしを見て」


 見たい。


 そう思って顔を上げようとした瞬間、視界の奥に別の景色が割り込んだ。


 暗い玉座。黒い石の階段。血の色を含んだ空。そこに座る影の輪郭は、まだ遠い。


 それなのに、喉を絞める力だけはすぐそばにある。五つの宝玉を集めたことで、距離が縮まった。魔王の気配に、体が先に裂け目を作られている。


 違う。


 ここで膝をつくために、迷宮を抜けたんじゃない。


 俺は左手の宝玉を地面に押しつけた。緑の光が土に染み、指の間から広がる。湿った草が手の甲に貼りつき、傷に泥が入った。痛みが線になって腕を走る。その線を頼りに、意識を手繰り寄せた。


「……アイン」


 声は掠れた。自分の声に聞こえない。


「な、なに、パパ」


「ジュリア」


「いる……ここにいる」


「ミユウ」


「はい」


 三つの返事が、黒い視界に杭を打った。


 俺は息を吸った。浅い。胸の奥で砕ける。それでも、もう一度吸う。喉が焼ける。肺が拒む。歯を食いしばり、舌の上に広がった鉄の味を飲み込む。


 右手で剣を立てた。


 切っ先が土から抜け、泥が刃を滑った。アストラルフレイムの青い光が弱く揺れる。俺の脈と同じように乱れている。それでも消えない。柄を握る指に、剣の熱が戻ってくる。


「あなた、まだ立たなくていい」


 ミユウの腕が俺を支えた。震えているのは俺の体か、彼女の指か、わからない。


「今は、わたしが――」


「立つ」


 一言で、胸が裂けるように痛んだ。


 ミユウの息が止まった。


「立って、見る」


 俺は左足を立てた。土が沈み、膝が震える。アインが俺の腰にしがみついたまま、泣き声を噛み殺している。ジュリアはマントの端を握り、指が白くなっていた。


「魔王が、どれだけ近くても」


 言葉を切る。息を探す。喉に絡まった黒いものを、奥歯で噛み潰すように続けた。


「俺が見るのは、あいつじゃない」


 左手の宝玉が熱を持った。緑の光が掌から腕へ昇り、胸に食い込んでいた圧の縁を押し返す。完全には消えない。けれど、黒い指の一本が外れた。


「ここにいる、おまえたちだ」


 ミユウの手が、俺の肩から胸へ移った。金色の光が緑と重なり、呼吸の通り道を少しだけ開ける。


 俺は剣を杖のようにして、体を引き上げた。太腿が震え、腰が落ちかける。アインが「パパ」と叫びかけて、口を閉じた。ジュリアが小さな両手で俺のマントを押した。支えているつもりなのだろう。その力は軽い。けれど、背中に確かに触れていた。


もう一度、立つ。


足裏が土を掴んだ。


膝が伸びる。


 背中の汗が冷え、風が頬の傷を撫でた。視界の黒が端へ退き、海と崖と空が戻る。遠くの赤黒い気配は消えていない。むしろ、さっきよりはっきりしている。次の島。次の試練。いままでより深い闇が、海の向こうで息を潜めている。


 俺はそれを見た。


 見たうえで、宝玉を胸の前に掲げた。


 緑の光が風に揺れ、ミユウの羽を照らし、アインとジュリアの頬に落ちた。五つ目の宝玉は、俺の手の中で小さな太陽のようには輝かない。ただ、泥と血と汗にまみれた指の間で、消えずに残った。


「パパ、たった」


 アインが呟いた。


「うん……パパ、たった」


 ジュリアの声が、俺のマントに染みた。


 ミユウは何も言わなかった。俺の前に回り、両手で俺の頬を包む。指先は冷えていた。俺の熱を確かめるように、額を近づける。


「あなた」


「……大丈夫とは、言わない」


 ミユウの睫毛がわずかに動いた。


「でも、行ける」


「なら、わたしも行きます」


「止めても来るだろ」


「はい」


 羽が広がった。潮風を受け、白い羽根が一枚、俺の肩に落ちる。


「あなたにどんな試練が来ても、わたしが守ります。影の中でも、炎の中でも、あの海の向こうでも」


「俺もだ」


「知っています」


 さっきと同じ言葉なのに、今度は胸の奥で別の重さを持った。


 俺はアストラルフレイムを鞘に戻し、宝玉を腰の袋に収めた。五つの宝玉が触れ合い、布越しに鈍い音を立てる。軽い音ではなかった。歩くたび、俺に思い出させる音だ。


 迷宮の入口が、背後で完全に閉じた。


 黒い裂け目はただの岩肌になり、ルーンの光も残らない。エクリプシス島の試練は終わった。


 だが、終わりの空気はどこにもない。風は海の向こうへ流れ、雲の切れ間から差した光も、次の島を指すように細く伸びている。


 アインが俺の隣に並んだ。


「パパ、つぎもいく?」


「行く」


「おれも」


「足元を見て歩け」


「みる」


 ジュリアはミユウの手を握り、それから俺の指先にも触れた。


「パパ、くるしくなったら、いう?」


 俺は答えを少しだけ遅らせた。言う、と軽く返せば、この子は安心するかもしれない。けれど、俺はたぶん、また言う前に膝をつく。


 だから、しゃがんで目線を合わせた。


「言えなかったら、手を握ってくれ」


 ジュリアは唇を結び、両手で俺の指を包んだ。


「ぎゅってする」


「ああ」


「パパが、たてるまで」


「助かる」


 アインも反対側から俺の手首を掴んだ。


「おれもする。ジュリアだけじゃなくて、おれも」


「頼む」


「おれ、つよくにぎる」


「骨は残してくれ」


 アインは真剣に俺の手首を見た。


「ほね、だいじ」


 ミユウが小さく息を漏らした。俺も口元をゆるめかけ、胸の奥の痛みに止められる。それでも、その痛みの形はさっきよりはっきりしていた。魔王の気配に刻まれた傷。次へ進むほど深くなるもの。避けて通れる道は、たぶんない。


 崖の先に、古い石の階段があった。


 海へ降りる道だ。風に削られ、苔が絡み、ところどころ欠けている。階段の下には小さな入り江が見えた。岩に囲まれた水面に、緑の光が一筋落ちている。まるで宝玉が次の道を映しているようだった。


俺は一歩目を踏み出した。


 足首に鈍い痛みが残る。膝も笑う。胸の奥の圧は、まだ完全には引かない。けれど、背中にはミユウの羽の気配があり、右にはアインの荒い息、左にはジュリアの小さな歩幅があった。


 五つ目の宝玉を得ても、俺は特別な何かに変わったわけじゃない。


 手は裂け、息は乱れ、膝は泥を覚えている。


 それでも、立った。


 立って、次の海を見ている。


 階段を降りるたび、潮の匂いが濃くなった。岩肌に指を添えると、冷えた水が爪の隙間へ入る。背後の迷宮はもう見えない。前には海だけ。遠く、雲の下に、黒い島影がにじんでいた。


 その島影の上で、赤黒い光が一度だけ瞬いた。


 胸の奥がまた軋む。


 ミユウの手が、俺の背に触れた。


 アインの指が、俺の手首を握った。


 ジュリアの小さな手が、俺の指を包んだ。


 俺は湿った石段に足を下ろし、冷たい潮風を歯の間から吸い込んだ。

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