第136話 おかえりのあとで
ミユウの腕の中で、黒く濁っていた羽がほどけるように白を取り戻していくのを、俺は息を詰めたまま見ていた。
夜の森を満たしていた瘴気の名残はまだ薄く地を這っているのに、その中心だけ、春先の雪解けみたいに静かに崩れていく。
湿った土の匂い、裂けた枝の生臭さ、戦いで巻き上がった葉のざらつきがまだ喉に残っているのに、ミユウが胸元で抱き締めているその細い背中だけは、別の季節に触れているみたいだった。
「……リリア」
名を呼ぶ声は震えていないのに、抱く腕の強さだけがすべてを語っていた。
肩越しに見えるミユウの白い羽は、傷んだ先端を夜露に濡らしながらも、覆うみたいに、庇うみたいに、いま目の前に戻ってきた存在を包み込んでいる。
抱かれたままのリリアの指先が、最初は宙を掻くだけだったのに、やがて恐る恐るミユウの背へ回り、その白い衣を掴んだ。細い指が布を握りしめるたび、張り詰めていた時間が少しずつ音を立てて緩んでいく。
「ずっと……信じてた」
その一言のあとに、森が急に広くなった気がした。
風が抜ける。梢の高いところで葉が擦れ、遅れて一枚、二枚、色を失った小さな葉が落ちてくる。
どれだけ遠回りをしても、どれだけ深く落ちても、名前を呼ぶ側が手を離さなければ戻ってこられるのかもしれないと、そんな甘いことを、いまだけは信じたくなる光景だった。
だが、甘さだけで済む場面じゃないことも、胸の奥で脈打つ厄介な痛みが忘れさせてくれない。
肋骨の裏で、心臓が一度だけ鈍く跳ねる。収まれと念じるより先に、俺は奥歯を噛み締めていた。
リリアの喉がひくりと動いた。何か言おうとして、言葉にならず、代わりに肩が震える。
ミユウはそれを急かさなかった。背を撫でるでもなく、顔をのぞき込むでもなく、ただ抱いたまま待っている。
その待ち方が、余計に胸へ来た。赦しますでも、責めませんでもない。ただ、おかえりと言うためだけにそこにいるみたいな抱き方だった。
やがて、リリアの唇がわずかに開く。
「……どうして」
掠れた声は、折れた枝よりも細かった。
「どうして、わたしなんか……」
そこで詰まった息が、次の言葉を押し出せない。ミユウはようやく少しだけ体を離し、それでも両肩には手を残したまま、涙のにじんだ目で真正面から見つめた。
月明かりを受けたその瞳は、宝玉の青に似た光を湛えていて、それが逆に、いまの言葉に嘘が混じらないことを際立たせる。
「あなたが、リリアだからよ」
たったそれだけだった。
なのに、その一言が落ちた瞬間、リリアの顔がくしゃりと崩れた。
堪えていたものが一気に決壊したみたいに、喉の奥で途切れた息が鳴り、肩が大きく揺れる。
頬を濡らした涙は顎先で震え、落ちる前にミユウの指先がそっと受け止めた。指先に乗った雫が、月の光をひとかけらだけ宿して消える。
「わたし、いっぱい……いっぱい、ひどいことを……っ」
「うん」
「ミユウを傷つけて、龍夜さんたちまで……」
「うん」
責めない代わりに、逸らしもしない。その相槌がやけに静かで、静かすぎるせいで、聞いているこっちの胸の奥がじりじりした。
過去は消えない。なかったことにもできない。だけど、いまこの場で必要なのは、刃の数を数えることじゃないとミユウは決めている。
その決め方が、あまりにもまっすぐで、見ているだけで胸の内側を締め上げる。
リリアは何度も首を振った。白く戻った髪が濡れた頬に張りつき、羽の先が小さく震える。
その姿は、さっきまで俺たちに牙を剥いていた女と同じ輪郭をしているのに、いまはひどく壊れやすく見えた。
森の冷気がそこだけ避けて通るわけじゃない。傷は残っているし、罪も消えない。それでも、ミユウの両腕の中で泣くその姿には、たしかに戻ってきた人間の温度があった。
「ごめん、なさい……っ、ごめんなさい、ミユウ……」
その謝罪は、きれいに整った言葉じゃなかった。
喉の痛みも、息の乱れも、涙で濡れた声も混ざったまま零れていく。ミユウはそれを最後まで聞いてから、ふっと息を吐き、額をそっと寄せた。
「もう、ひとりで泣かないで」
囁きは羽よりも軽いのに、リリアの肩がびくりと揺れた。
抱き締め返す腕の力が強まる。白い羽と白い羽が重なり合い、その隙間に夜気が入り込んで、小さく震える。
湿った森の空気の中で、その場だけが泣き止めなかった時間の続きを抱き合っているように見えた。
俺はそこで、ようやく胸に詰めていた息を少しだけ吐いた。
隣では、戦いの余熱に強張っていた指が、気づかないうちに拳を作っていた。
爪が掌へ食い込み、そこに鈍い痛みが滲む。力を抜こうとしても、すぐにはほどけない。
たぶん俺は、いま見ているものに救われながら、同時に、自分の中の別の重さを思い出していた。
もし俺が取り返しのつかない場所まで落ちたら。
もしこの腕が、守るためじゃなく奪うために動いたら。
もし、ミユウがいまリリアに向けているその眼差しを、いつか俺が受ける側になったら。
そこまで考えた瞬間、胸の奥でまた鈍い脈がひとつ、遅れてもうひとつ、嫌な間をあけて打った。
釘を打ち込まれたみたいな重さが心臓の周りに広がり、肺の奥がひやりと縮む。視界の端がわずかに狭まり、俺は舌打ち寸前で息を殺した。
いまじゃない。ここで顔に出すな。そう命じても、体の奥は命令を聞くほど素直じゃない。
そのとき、ミユウが胸元の宝玉へ両手を添えた。
青い石は、夜を吸い込んだ湖の底みたいに深い色をしている。
何度も俺たちを導き、何度も傷だらけの道へ光を落としてきたその宝玉へ、ミユウは目を閉じて祈るように額を伏せた。
白い睫毛が震え、唇がかすかに結ばれる。言葉は聞こえなかった。祈りは、いつだって声より深いところで形になる。
次の瞬間、森の空気が変わった。
冷えていたはずの夜気の中に、春の朝みたいなやわらかな匂いが混ざる。
雨上がりの草を撫でたあとのような湿り気、陽だまりへ干した布に残るぬくもり、まだ名前も知らない小さな花の匂いが、風の筋に沿ってこちらへ滑り込んできた。
宝玉の青が淡く脈打ち、その光が地面へ円を描くように広がる。踏み荒らされた苔の上、折れた小枝のあいだ、戦いの跡が生々しく残る森の床へ、まるで別の場所へ通じる扉でも開くみたいに。
光の中心で、まず小さな影が揺れた。
次いで、聞き慣れた声。
「……パパ?」
その二文字が耳へ届いた瞬間、世界がそこで止まった。
振り向くより先に膝が抜けそうになって、俺は半歩、地を踏みしめ直す。
喉の奥が詰まり、胸の痛みとは別のもので呼吸が乱れる。光がほどける。そこに立っていたのは、見間違えようもない二人だった。
アインが目を大きく見開き、ジュリアがその袖をきゅっと握っている。戦いの匂いが染みついたこの森に、いつもの二人の体温だけが場違いなほどやわらかく存在していた。
「ママ……!」
ジュリアが泣きそうな声を上げる。同時に、アインも堪えきれなくなったみたいに駆け出した。
小さな足が落ち葉を蹴り、湿った土を飛ばし、光の残滓を引き裂いてくる。
その勢いのまま俺へ飛び込んでくるかと思ったのに、あいつは途中で一度ミユウを見た。ミユウも、涙を残したまま笑った。その確認だけで十分だったのだろう、次の瞬間には二人ともこちらへ雪崩れ込んできた。
「パパっ!」
「ママぁ……!」
受け止めた衝撃は軽いのに、胸の内側に落ちた重さは尋常じゃなかった。
アインの頭がみぞおちへぶつかり、ジュリアの細い腕が脇へ回り、息が一瞬詰まる。けれど、その苦しさすら甘かった。
抱き寄せた小さな背中は熱を持っていて、生きている重みが腕いっぱいに広がる。
細い髪からは、子ども特有のやわらかい匂いがした。寝起きの布団や陽の当たる窓辺を思わせる匂い。戦いも呪いも魔王も、その一瞬だけ遠くなるほどの匂いだった。
「……無事か」
絞り出した声は、情けないくらい掠れていた。
アインが俺の服をぎゅっと掴み、顔を押しつけたまま何度も頷く。
普段なら気丈に振る舞うくせに、いまは返事の代わりに肩を震わせているだけだ。
ジュリアはミユウの方へも手を伸ばし、俺の腕の中で体を捩る。
ミユウがすぐに膝をついて、その体を包み込むように抱き寄せた。そうして気づけば、俺たちは四人、絡まるように抱き合っていた。
アインの髪が俺の顎に触れる。ジュリアの頬がミユウの肩へ埋もれる。ミユウの羽が背中から回り込んで、俺たちみんなを隠すように揺れた。
子どもたちの温度、ミユウの体温、服越しに伝わる震え、鼻先をかすめる涙の塩気、誰かの呼吸が首筋へ当たるたびに、無事だったという事実が遅れて肉体へ落ちてくる。無事だった。ただそれだけのことが、どうしてこんなにも重いのかと思う。
「よかった……」
ミユウの声が頭上でほどける。
その一言に、ジュリアが堪えきれず泣き出した。細い喉から漏れるしゃくり上げが胸に刺さる。
アインも、泣いていないふりのまま顔を上げず、俺の服を握る手に力を込める。小さな指が布越しに皮膚へ食い込むたび、守りたかったものの輪郭が、痛いほどはっきりした。
「こわかったよぉ……」
ジュリアの声はミユウの胸へ吸い込まれて、それでも確かに届いた。
「うん、もうだいじょうぶ」
ミユウはそう言って、ジュリアの頭を撫でる。撫でるたび、銀の髪が指のあいだで揺れた。アインがようやく顔を上げ、涙の跡を乱暴に袖で擦る。
「パパ、ママ、けが……」
「平気だ」
即答した声の奥で胸が鈍く軋んだが、そんなものは飲み込む。
いま、この目の前で揺れている不安をこれ以上増やすわけにはいかない。俺はアインの頭を撫で、その額へ唇を寄せた。
すぐ隣で、ミユウがジュリアの額へ同じように口づける。小さな二人は、ようやく本当に戻ってきた温度を確かめるみたいに目を閉じた。
その光景を少し離れた場所で見ていたリリアが、そっと息を呑む音がした。
俺が視線を向けると、リリアは白く戻った羽を縮めるようにして立っていた。
まだ涙の跡が消えない頬に、月明かりが薄く差している。
そこに映った表情は、羨望でも嫉妬でもなく、触れてはいけないものを遠くから見つめる人間の顔だった。
手の中には、さっきまで握り締めていた罪の残滓みたいな震えがまだ残っている。戻れたのに、戻ったからこそ、自分が失いかけたものの形がはっきり見えてしまう。そんな顔だった。
ミユウは子どもたちを抱いたまま、ゆっくりとリリアの方へ顔を向けた。そして胸元の鎖へ指をかける。
青い宝玉を抱くそのネックレスは、戦いのあいだ何度も彼女の胸で光り、何度も祈りを受け止めてきたものだ。
細い鎖が月を受けて淡く光る。ミユウはそれを外すと、少しだけ掌の上で温めるみたいに包み込み、立ち上がってリリアの前へ歩み寄った。
「これ、覚えてる?」
リリアの喉が動く。視線が、その宝玉へ吸い寄せられる。青は夜の底みたいに深く、同時に、遠い日差しを閉じ込めたガラス玉みたいにも見えた。かつて一緒に笑っていた頃、何でもない時間の中で見た光景がそこに滲んでいるのかもしれない。リリアの唇が小さく震えた。
「……あのときの……」
「うん」
ミユウは微笑んだ。その微笑みの奥に、泣いたあとの痛みも、喪いかけた時間も、全部残ったままあるのが見えた。それでも差し出す手は迷わない。白い指先の上で、宝玉が小さく揺れた。
「持っていて」
リリアが目を見開く。受け取る前から、拒むように首がかすかに動く。
「でも、これは……ミユウの……」
「だから、あなたに」
言い切ったあと、ミユウは一歩近づいた。子どもたちは俺のそばへ戻ってきていて、アインが俺の服の裾を掴み、ジュリアがミユウの背を見上げている。
森の風が、五人のあいだを静かに通り抜けた。葉擦れの音だけが、言葉の続きを急かさずにいる。
「戻ってきたあなたに、持っていてほしいの」
差し出されたネックレスを前に、リリアの手が上がる。途中で止まる。触れれば壊れるものを見るみたいに、指先が震え、何度も空を掻く。
やがて、ようやく重なる。宝玉がその手へ移った瞬間、リリアの肩が大きく揺れた。温度でも伝わったのか、記憶でも刺さったのか、握り込んだ手がみるみる強くなる。青い石が月明かりを受け、その指の隙間で小さく煌めいた。
「……あったかい」
掠れたその声に、ミユウの目尻がまたわずかに濡れた。
「でしょう?」
リリアは頷いたきり、もう言葉を継げない。両手でネックレスを抱え込むように胸へ寄せ、俯いたまま肩を震わせる。
落ちた雫が宝玉へ触れ、青の表面に一瞬だけ丸い光を作って消えた。その姿を見て、ジュリアが小さく息を呑み、アインが俺の手を握り直す。子どもたちなりに、何か大事なものが返ってきた瞬間だと分かったのだろう。
しばらく、誰も喋らなかった。
必要な言葉は、たぶんもう一度抱き合ったところで増えない。
だからこそ、ミユウはリリアの額へそっと手を当て、それから胸元のネックレスごと、その両手を包んだ。返さなくていい、落とさなくていい、いまはそれを持って立っていていい。そんなふうに見えた。
その静けさを切ったのは、俺自身の声だった。
「……で」
口を開いた途端、胸の奥がいやに冷えた。ここから先は、抱き合って済む話じゃない。
戻ってきた命の温度を確かめたあとで、なお残っているものへ手を伸ばさなきゃいけない。俺は子どもたちの頭をひとつずつ撫で、ミユウとリリアへ視線を向けた。
「俺の呪われた心臓病の原因は?」
森の空気が、そこでまた一段沈んだ。
リリアはネックレスを握ったまま顔を上げる。さっきまで涙に溺れていた目に、いまは別の緊張が差していた。
逃げたいわけじゃない。だが、これから口にするものが、聞く側の息を変えると知っている人間の目だった。
ミユウも、宝玉を渡した手をゆっくり下ろし、俺を見つめる。アインとジュリアは言葉の意味をすべては分からないまでも、場の空気だけは敏感に感じ取っているらしく、二人とも黙って俺のそばへ寄った。
リリアは一度、深く息を吸った。夜気の冷たさで喉が痛むような呼吸だった。
「……龍夜さん。発作が、起きやすいタイミングは?」
質問で返されるとは思わなかった。だが、その瞬間、胸の内側で何かが嫌なふうに鳴った。
問い返すより先に、これまでの痛みがいくつも脳裏を掠める。ミユウが傷ついた瞬間。子どもたちの声が届かなくなりかけた瞬間。守れないかもしれないと、ほんの一度でも想像してしまった瞬間。
俺は喉の奥に引っかかるものを押し込み、答えた。
「……家族を守れるか考えた時だ」
言い終えた直後、風が止んだ気がした。梢が鳴らず、虫の音も遠のき、誰かの呼吸だけが妙に鮮明になる。リリアはその返答を聞いて、痛みを確かめるように目を閉じた。
「やっぱり……」
宝玉を握る指先に力が入る。青い石がその圧でわずかに軋む気さえした。
「魔王は、人の心の弱い所を突いてくるんです」
その一言は、刃みたいにまっすぐだった。
俺の背筋を冷たいものが走る。弱い所。そんなもの、分かりきっている。
剣の握りが鈍る瞬間じゃない。恐怖で足が竦む瞬間でもない。
俺にとって一番深いところは、いつだって自分の命じゃない。
守れない未来を想像した時だ。ミユウがいなくなる。アインとジュリアが泣く。俺の手が届かない場所で、大切なものが失われる。その想像だけで、心臓は爪を立てられたみたいに跳ねる。
リリアの声が続く。
「身体にかけられた呪いだけじゃありません。もっと深いところ……龍夜さん自身の恐れと、魔王の力が、心臓を足場にして結びついてるんです」
胸の奥で、どくん、と重い脈が打った。自分の内側を覗き込まれたような気分に、思わず拳を握る。
否定したところで無駄だ。思い当たる節しかない。守りたいと願うたび、失う絵が浮かぶ。失う絵が浮かぶたび、心臓が暴れる。その繰り返しが、いままでの痛みを呼んでいたのだとしたら――。
アインの小さな手が、俺の指へそっと重なった。
見下ろすと、あいつは不安そうに俺を見ている。ジュリアも、黙ったままミユウの服を握り、こちらへ視線を向けていた。
守りたいものがここにいる。その事実が同時に弱点になるなんて、ふざけた話だ。だが、ふざけているからといって、見ないふりをしていい敵でもない。
俺は一度、深く息を吸った。湿った森の匂いが肺へ入る。
血の名残、草の青さ、冷えた土、夜露。全部まとめて吸い込み、ゆっくり吐く。
胸の奥に巣食う不快な脈動は消えない。それでも、いま逃げれば、それこそ魔王の思う壺だ。
「……なら」
声が低く落ちる。
視線を上げると、リリアが息を呑み、ミユウがまっすぐ俺を見る。その目を受け止めたまま、俺は胸の中央へ手を当てた。鼓動はまだ重い。嫌になるほど正直に、弱さの在処を叩いている。
「その弱さごと、越えるしかないってことだな」
言葉にした途端、胸の奥で何かがきしむ。
痛みはある。怖さも消えない。だが、それを認めたまま立つ以外に道がないなら、もうそこから目を逸らさない。
守りたいから揺らぐなら、揺らいだまま折れない強さを持てばいい。
身体だけじゃない。心臓を握られても、そこから先まで明け渡さないだけの芯を、もっと深く、もっと硬く、自分の中へ打ち込むしかない。
ミユウが小さく息を吐いた。その音には、止める色も怯える色もなかった。ただ、隣へ立つ覚悟の温度だけがあった。
俺は拳をゆっくり開く。
アインの手を握り返し、ジュリアの頭へ手を伸ばし、それからもう一度、リリアを見る。
戻ってきた者。支える者。守るべき者。その全員がここにいる。なら、ここで立ち止まる理由はもうない。
夜の森はまだ冷たい。だが、胸の奥で鈍く燃えはじめたものは、さっきまでの痛みと少しだけ質が違っていた。
刺されるような冷たさじゃない。火傷の前触れみたいに、静かで、重く、逃げ道を塞ぐ熱だ。
魔王が俺の弱いところを知っているなら、俺はそこを、もう逃げ場じゃなく立つ場所に変える。
そう決めた瞬間、風がもう一度、木々のあいだを抜けた。
お読み頂いた神様、ありがとうございます。




