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第一章04『異世界少年の自分らしさ』

 



『四月一〇日、日曜日。「魔法祭」まで、残り一週間となりました』


 都市の中を決まったルートで遊泳するホログラムテレビ。

 その電波を拾って、街中の無線スピーカーが女性アナウンサーの声を再現する。


『昨年には世界無形文化遺産に登録された「魔法祭」。今年は四月一七日から二〇日の四日間に渡って予定されており、すでに多くの観光客が魔導都市を訪れています』


 ホログラムから流れるニュースの通り、本日の魔導都市は少しばかり人口密度が高め。自動運転機能の普及で滅多に渋滞が起こらなくなった車道にも、今日は珍しく車の列。タクシーやら人力車が異様に多くなったのが、多分原因だった。


『「魔法祭」の参加を表明している企業の数は、なんと昨年の一・五倍。宿泊施設も昨日時点で、エリア2~4、全てのホテルが満室となっており―――』


 空中道路も似たり寄ったり。

 箒や絨毯、スケートボードなどの『魔法道具』の長い列。空気を足場にして歩く魔法使い達の人ごみ。こちらもこちらで、若干の混雑が発生している。


『「魔法祭」当日は、昨年以上の混雑が予想されます。そのため、魔導都市・エリア2~9まで、地上・空中ともに自動車の通行を禁止とし―――』


 その時だった。ブッ! という何かが千切れる短い音と共に、魔導都市全体のホログラムテレビが唐突に切れる。

 直後、入れ替わるように画面いっぱいに表示されたのは、【緊急事態】と書かれた真っ赤な文字。




『緊急事態発生、緊急事態発生。魔導都市エリア5に、魔獣の発生が確認されました。繰り返します。魔導都市エリア5に、魔獣の発生が確認されました。推定警戒レベル・ステージ3』




 あらかじめ録音された男性の声と共に、不協和音の警報がけたたましく鳴り響いた。街のスピーカーからだけじゃない。通行人達の携帯端末からもだ。


『魔獣出現まで、一分二〇秒。魔法技能ステージ2以下の方は、今すぐ指定のルートで避難してください。魔獣出現まで、一分一〇秒。魔法技能ステージ2以下の方は、今すぐ指定のルートで避難してください』


 住民達の反応は早かった。

 もはやテレビの映像が唐突に切れたタイミングで、何かを察した人達から我先に避難を開始していた。


 魔法の実力はステージ1~5までの五段階に分類されており、魔獣の危険度も、それに対応する形で分類されている。

 ステージ1の魔法使いでも対処できる魔獣は、同じくステージ1。

 ステージ3の魔法使いが対処可能な魔獣も、ステージ3。

 出現した魔獣と同ステージ以上の魔法使いが、『執行部隊』到着までの間、魔獣の拘束や足止め、やむを得ない場合は討伐などの対応に回る事になっている。


 ステージ2以下の魔法使いたちが大急ぎで逃げて行く。

 ステージ3以上の魔法使いが数人、その場に留まって魔獣の襲撃に備える。


『魔獣の出現まで、残り三〇秒』


 録音された男の声が、カウントダウンを始めた。

 それと同時に、魔法使い達が各自準備に取り掛かる。

 ある者は空気の壁を作り。ある者は全身に雷を纏わせ。ある者は街路樹を強引に成長させて巨大な根でトラップを作り。ある者は周囲の魔法使い同士が上手く連携できるように視界を共有する。


『二〇秒―――――一〇秒――――――』


 大地が小刻みに震える。

 徐々に大きさを増すその揺れは、立っているのもやっとのレベルに跳ね上がる。


『五、四、三、二―――』


 そして。

 来た。





 ドッッッ!!!!!! と。

 魔導都市の商店街が、オモチャのクラッカーを破裂させたみたいに爆発した。





 壮絶極まる爆音と衝撃波が炸裂し、街全体が縦に揺れる。

 高さを競い合うように建ち並ぶ建築物、アスファルトで固めた地面、地上を埋め尽くす自動車類、全てが重さを感じさせない動きで四方八方に吹き飛ばされた。


 それは、真下から。

 まるで卵の殻を内側から突き破るかのように、『奴ら』は地中深くから現れた。


 巨大な蛇がいた。

 一〇〇の脚を持つ像がいた。

 五本の首が生えた麒麟がいた。

 全身を鋼で覆ったカマキリがいた。


 羊の頭をした巨人がいた。猿と獅子と鷲を合成した四足獣がいた。三対の蝶のような翼を持った蟹がいた。ガラスの肉体を持った孔雀がいた。九つの尾を持った狐がいた。植物の根や蔦で構成されたサソリがいた。体の半分が口のように開く漆黒の鮫がいた。先端を剣のように尖らせた触手を五〇本も蠢かせる蛸がいた。人間の形を模した青い結晶体がいた。数万数億匹と集まって巨大な一個体を形成する小さい肉食ナメクジがいた。大きな耳を二枚の翼のように広げる兎がいた。液体のように滑らかに動く巨大蜂がいた。全身が霧のように揺らめく狼がいた。見た事も無い素材で作られた天使像がいた。繭を自由自在に操作して動くサナギがいた。目に見えないほど細いワイヤーのような器官を振り回し、全方位の空気を引き裂くミクロレベルのコウモリがいた。




 合計二〇体の魔獣が、地面の下から泉のように溢れ出た。




『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!』』』


 二〇体もの魔獣が一斉に咆哮を放つ。それは単純な音響ではなく、物理的な衝撃を伴う空気振動と化して魔導都市を席巻した。半径一〇〇メートル圏内の窓ガラスが一斉に砕け散る。音波の圧力だけでビルが揺れる。


 しかし、それすらもただの前座。

 魔獣達は互いに合図を送ったりはしない。意思の疎通も図らない。全員が全員、生まれた時点で同じ本能を持ち、本能のままに行動する。


 目的はただ一つ。

 人類の鏖殺(おうさつ)。その一点。


 ズンッ!!!!!! と地面を沈ませて、魔獣の大群が一歩を踏み出した。

 破壊そのものが、進撃する。

 直後の出来事。





 さらに大きな破壊が降って来た。

 赤黒い『光の槍』が、天空から魔獣の群れに向かって一直線に突き刺さった。








        ***








「……つまんな……」


 たまたま魔導都市の上空を突っ切っていた大型旅客機。

 時速一〇〇〇キロメートルで宙を駆ける機体の主翼の上で、『少女』はベッドに寝転がるみたいに大の字になり、ボソリと呟く。


 ―――本当に、何もかもがつまらない。


 面白そうな事なら散々やり尽くした。マグマの中に飛び込んでみたり、成層圏から生身でスカイダイビングしてみたり、海の底に潜って見た事のない生き物をあらかた食べてみたり。……でも、どれもこれも退屈だった。


 たった今、地上の魔獣共を跡形もなく消し飛ばしてみたが、当然、暇潰しにすらならなかった。


「はぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ちょーつまんな……マジむり……」


 旅客機の窓から外を覗く乗客達に「誰あれ?」みたいな目で見られているが、少女はお構いなし。超高速で空気を裂く翼の上で、うつ伏せになって「はぁ……」と退屈に唸る。


 だが、いくら唸ろうが息を吐こうが、面白い事は転がり込んで来ない。

 吐いたため息を追い越す速度に乗りながら、少女は退屈そうに脱力する。


「……何してるかなー、フェグルス先輩」


 世界最強の魔法使い・ゾディアック。

 龍姫凛は、今日も退屈。








        ***








『本日昼頃、推定警戒レベル・ステージ3の魔獣、計二〇体が出現し、その後、無事討伐されました。幸い怪我人はおらず、被害も最小限に留まり、住民からは安堵の声が上がっています。また、魔獣を討伐した「赤い光」の正体は未だに判明しておらず―――』


 一五時一七分。ホログラムが行き交う魔導都市。

 今日もこの街では誰も彼もが空を飛び、宙を歩き、人力車を引っ張り、ドリンクを買い、通りを激しく往来している。


 そんな大通りから一本外れた場所にある、『自然公園』と名の付いた巨大な広場にて。ランドマークとして設置された巨大な噴水の縁に、一人の浮浪者が腰を下ろしてボソリと一言。


「……何なんだ」


 重いため息をこぼしながら、浮浪者のフェグルスは全力で項垂れていた。

 かれこれ数時間は街を歩き回った。必死こいて探し回った。

 なのに。それでも。


「……バイト……見つかんねえ……」


 消費した気力と体力に見合わないほど、得られた結果は散々だった。


 あなたに合った職業を紹介! ―――などと銘打たれた求人サービスセンターに足を運ぶも、そもそも魔法が使えない無能は管轄外だと追い返され。

 こうなったら自分の足で行くしかねえ! ―――と、色んなお店、工場、事務所に足を運び、「ここで働かせてくれませんか」と頼み込み。


 で、返って来る答えは決まって、



『魔法も使えないんじゃ何の役にも立たない』


『そんな奴に給料は払えない』



 大体この二言。

 もちろん簡単に仕事が見つかるとは思ってはいなかったが……それにしたってこのザマでは、いつまで経ってもお金を稼げない。

 このままでは、住む事も、食う事も、電気や水を使う事さえできなくなる。


「……疲れた……」


 疲労の理由は、多分、仕事を探し回ったから……だけじゃない。

 空から降って来た謎の少女、ティーネ。半分くらいはあいつのせいだ。

 しかも奴のせいで、家賃だけではなく部屋の修理代まで稼がなければならなくなったのだ。


 確かにコチラも胸を触ってしまった負い目があるとはいえ、振り回すか? 普通。あんな凶器を。たまたま落下地点にいたのが頑丈な魔獣だったから良かったものを、普通の人間だったら死んでたかもしれないんだぞ。


「…………」


 そこまで考えて、「そうでもないか」とフェグルスは思い直す。

 普通の人間―――すなわち普通の魔法使いだったら、案外上手に対処して、部屋を日本刀で切り刻まれずに済んだのかも。


 たとえば風を操る魔法使いなら、少女が空から降って来た時点で彼女を空中で受け止める事ができたし。


 たとえば氷を操る魔法使いなら、彼女が暴れ始めた時点で彼女ごと空気を凍り付かせて動きを封じる事ができたし。


 たとえば五感を操る魔法使いなら、相手の五感にハッキングして行動そのものを起こせなくする事もできたし。


 ……というかそもそも、胸さえ触らなければあんな事にはならなかったし。


 ――――結局自分か。自分のせいか。

 ――――自分が魔法も使えない役立たずだから、招いた結果なのか。


「ダメだ……」


 ふと、フェグルスはズボンのポケットから『それ』を取り出した。

 わざわざ外まで持って来る意味は特になかったが、なんだか部屋に置きっぱなしにしておくのも悪い気がして、結局今日一日、肩身離さず持ち歩く事になったのだ。


 表面に、何かで無理やり傷を付けたみたいに拙く『ティーネ』と書かれた、三日月型のアクセサリー。

 あの少女が落としていったお守りだった。


「…………」


 あいつ、今頃どうしてるかな……なんて、詮無い事を考えてしまう。

 分かっている。今さらそんな事を考えても意味などない。もう少女もどこかに行ってしまった。というより半分くらい自分から追い出したような形だ。今頃あれこれ考えたところで全てが遅い。


 あんな出来事、忘れてしまった方が精神的にも良い。……それは分かってる。

 だけど忘れようと思えば思うほど、少女に対する色んな感情が、勝手に湧き出て止まらなくなる。


 ――――結局あいつはなんだったんだ?

 ――――なんで逃げてたんだ? どんな理由で、誰に追われていたんだ?

 ――――あの傷はなんだったんだ? どうして殺されかけたんだ? あの日本刀もなんだったんだ?

 ―――しっかり帰るべき場所に帰れたのか?



 ……帰るべき場所?



 ――――彼女にそんな場所などあるのか?

 ――――追われている身なのに?


「関係ねえんだって、だから……」


 言い訳みたいに吐き捨てる。

 そう、関係ない。彼女がどんな理由で、誰に追われようが。そして、殺されかけようが。出会ってしまったのも単なる不運だ。だから気に掛ける必要はない。


 でも、傷だらけだった。空からだって落ちて来た。それは紛れもない事実だ。警察とか『執行部隊』に通報して、保護してもらう事ぐらいはできたんじゃないか?


 いやでも……どうしてそこまでしなくちゃいけない。だって刃物を振り回すような奴だぞ? 本気でコチラを殺すつもりだったし。そんな奴の事を心配するだなんて、いくらなんでも人が良過ぎる。


 ……俺は人じゃないけれど。

 いやこれはそういう問題じゃなく―――――


「やめよ……」


 頭の中で独り相撲を繰り返したって、結論なんか出るわけがない。

 ただ一つ確かなのは……過ぎた事をぐだぐだ考え込んでしまうくらいには、自分の決断に後悔しているという事だった。


 自分とは関係ないから。自分がそこまでする義理はないから。―――そういう言い訳を盾にして、小賢しく理論武装したところで、結局自分がやったのは『傷だらけで、誰かに殺されかけて逃げて来たらしい少女を、そのまま見捨てて見放した』という、単なる見て見ぬフリでしかない。


 やれる事ならいくらでもあった。引き留める事だってできたはずだ。

 でも、それをやらなかったのは、やろうとしなかったのは、自分だ。


 誰かに殺されかけていて、全身傷だらけで、お腹を空かせた少女を、見て見ぬフリで目を逸らして、そのまま行かせたのは。

 どう取り繕うが、言い訳しようが。

 結局は、自分なのだ。


「あー……っ」


 顔を覆って項垂れて、鬱々とした気持ちをそのまま声として吐き出した。

 振り返れば振り返るほど浮彫になる己の愚かさに、嫌悪が溢れて止まらない。


「……どんだけダメなんだ、俺」


「そんな事ないさ!」


 独り言に、あるはずのない返事があった。

 は? とフェグルスは思わず顔を上げ、


「ぬぁあ!? ―――おっ、ああ!」


 驚きのあまり咄嗟に後ろに下がろうとして―――ここが噴水の縁だった事を忘れていた。フェグルスはそのまま貯水場に落下する。

 水浸しになりながらも立ち上がったフェグルスは、眼前に光景に目を疑った。



 そこに、ソイツがいた。



 春だと言うのに厚めのマフラーを首に巻き。

 指無しの革の手袋を両手にはめ。

 長い藍色の前髪をカチューシャで後ろに掻き上げる―――





『全裸』の少年が、目の前で仁王立ちしていた。



 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………な、」


 唖然とするフェグルスの前で、全裸の少年はポーズをキメ! 無駄に整った筋肉をこれでもかと見せつけてくる。


 引き締まった腹筋。無駄なく膨れる上腕二頭筋。岩のような太もも。鍛え抜かれた細マッチョ。ここがボディビルの会場だったなら、その仕上がり切ったパーフェクトボディに惜しみのない歓声が上がっていただろう。


 が、残念ながらここは街のど真ん中。

 飛んで来たのは歓声ではなく、


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 偶然近くを通りかかった女性が、少年の裸体を見て腹の底から悲鳴を上げていた。

 それに引っ張られるように、あちこちから野次馬達が―――


「うわっ!?」

「なんだアイツ!? 全裸だぞ!?」

「ちょっと! ちょっと誰か! 警察! 警察を呼んでー! 捕まえてー!」

「この時期ってあーゆーのよく出るよな」

「な。毎年どこで冬眠してんだろうな」

「ねえママみて! おっきーチンチ」

「こら!! 見ちゃダメ!!」


 変質者が現れた時の、一般的な例みたいな反応をしてくれる。

 その一方、フェグルスは言葉を失うしかなかった。


「……なっ」


 フェグルスだって、本当は周りと同じ反応をしたかった。いきなり全裸の男が現れたら、迷わず「きゃー!」を叫べる魔獣でありたかった。

 けど、できなかった。


 悲しい事にこの変態は―――()()()()()()()


「何なんだお前は!?」


「俺っちかい!? ふ~はははははは~! 知りた~いのならば教えてやるのが世の情け~!」


 全裸の少年は上腕二頭筋をさらに膨れさせ、腹筋を硬め、腰を突き出し局部を際立たせながらポーズをキメ!


「俺っちの名は空色夜仲! しか~し、それはこの世を生きるための仮初の名! 我が真名は、ヨナカ・クラウディオス・ディルンバッハ・アンドロメダ! ()()()()()()()()()()()()()()()無敵チ~ト主人公! 正義の女神に選ばれし『英雄王』とはすなわち! この俺っちの事なのさ~!」


「…………」


「むむっ! ど~したんだいフェルっちゃん! 何かに困り果てているご様子! しかしフェルっちゃんは運がよろしい! ここにおわすは異世界の『英雄王』、ヨナカ・クラウ……え~っと……アンドロメダ! さ~さ~何でも言ってみそ! 秒速解決間違いなしぞな!」


「……お前なあ……」


 もういい。今さら丁寧にツッコんでやる気もない。

 思わず目頭を押さえつつ、フェグルスは再び噴水の縁に腰を下ろす。


「お前いつまで言ってんだよ、その異世界人設定。変なキャラ作りは諦めろ。もう信じる気ゼロだぞ、俺」


「え~!? 嘘なんかじゃないよ~! 信じてくれよフェルっちゃ~ん! ほら! 俺っちの目をちゃんと見て!」


「見てる見てる。見るたびに、こいつの言葉は信じちゃダメだなって思ってる」


「ぶぇぇえええええええええええええ~い!?」


 ショックを受けているのか、ふざけているだけなのか、どちらとも分からない声を上げて、空色夜仲は盛大に仰け反ってみせる。

 目の前で強調される彼の局部に、フェグルスは「うっ!?」と顔をしかめて、


「本当に何なんだお前は……!」


「ん? 俺っちの名は空色夜仲~! しか~しそれは仮初の」


「知ってるよんな事は! そうじゃねえその格好だ! なんでだ! なにゆえだ! 説明してくれ! 趣旨を!」


 フェグルスのツッコミマシンガンを喰らいながら、空色夜仲(真名:ヨナカ・クラウ……アンドロメダ)は、アブドミナルアンドサイのポーズをキメ!


「よ~くぞ聞いてくりゃ~した! その名も、全裸健康法!」


「……は?」




 全裸健康法、あるいは裸療法。

 皮膚呼吸を促進させ、酸素をはじめとした必要な空気中成分を直接毛細血管に取り入れ、また体表面から汗や老廃物を発散させる健康療法。

 体操を組み合わせて、朝晩二回行うと効果的。




()()()()()()()()()()()……この世界の文化を学んでいくうちに、俺っち、ついに出会いました。これぞまさに運命の出会い! 女神様のなんとか飯!」


「思し召し?」


「イエ~ス! やっぱりありのままの姿が一番って事なのよ~! 衣服なんて世界と己を阻む邪魔な壁! 見てよフェルっちゃん、この自然体っぷり! 世界そのものとの一体感! 自由による解放感! あはは~なんて素敵な健康法~! 俺っちにピッタリ~!」


「……だからってなんでここでやるんだよ。家でやってろよ」


「無理! おうちに帰れない! なぜなら俺っち、異世界人だから!」


「……はぁ……。じゃあ異世界に帰りゃあいいんじゃねえの?」


「それも無理! 俺っちはこの世界を救うために異世界召喚して来たからね! 救うまでは帰れないのさ!」


「…………」


「というわけで、俺っち空色夜仲! またの名をヨナカ……あ~……」


「なんちゃらアンドロメダ?」


「そ~う! ヨナカなんちゃらアンドロメダは現在! 全裸の素晴らしさを布教する活動を続けています! 応援よろしく~!」


 そう言うと、なんちゃらアンドロメダな空色夜仲は、首に巻いてるマフラーの中からクシャクシャになったチラシを取り出し、フェグルスに見せつける。

 用紙いっぱいに印刷された、全裸でポーズをキメた夜仲の写真。それに添えられた謳い文句。




『全裸大歓迎! 君の悩みも全裸で解決! 悪霊退散! 健康第一! 君も世界と同化しよう! ~全裸教~』




「……何これ」


「俺っちが作った宗教『全裸教』のポスタ~です! これを街中にばら撒いております! そしていつかこの魔導都市を、全裸都市にしてみせるので~す! ひゃっほ~い!」


「…………」


 アホなのか? 一瞬たりとも知性を感じるタイミングがなかった。

 発想そのものもアホだし、言ってる事もアホそのもの。なおかつ思い付いたアホ計画を本当にやろうとするあたりが真のアホだ。


「もういい……分かったからまず服を着ろ。そしてさっさと隠せ。股間に付いてる等身大の『YONAKA』を」


 見せつけられたポスターを押し返し、夜仲を遠ざけようとするフェグルス。

 しかし、それに反して夜仲はずいっと近寄って来て、


「んも~! なに心配してるのさ~フェルっちゃん! 俺っちが何も考えずに全裸になってると思ってるのか~い? 見たまえぃ!」


 変身! と叫び、夜仲は首に巻いたマフラーをふんどしのように股間に巻いて、それを前後にピンと張ってポーズをキメ!


「えっへへ~これ見て~! 新品のマフラ~買ったんだ~! これで隠せば通報されずに済むのさ!」


「もうされてるぞ……」


 どうしてこんなにアホなんだ? こいつは。

 人間とはもっと、知性溢れる思慮深い生き物ではなかったのか?

 小さい頃、あれほど友達になりたかった人間は、なんとこんなにアホだった。



 ―――空色夜仲。

 ―――自称異世界人。年齢はおそらく一〇代後半。

 ―――そして……自称フェグルスの『親友』。



 彼との出会いは一年前。街のど真ん中で『全裸で』行き倒れていた夜仲に、フェグルスが少しの食べ物と金銭を与えてやったのが事の始まりだった。

 フェグルスとしてはそれっきりの関係のつもりだったが、夜仲の方では謎の友情が芽生えていたらしく、


『俺っちを助けてくれてありがとう! 恩返しとして俺っち達、親友になろう! ひゃっほ~い! 異世界初のお友達~! 運命の出会い~! 俺っち達二人で始めよう! この世界を救う英雄譚を!』


 ……などと一方的に親友認定され、それから幾度となくウザ絡みされ、気付けば今のような関係に。

 当初は絡んで来るたびに拒絶していたフェグルスも、その押しの強さには降参するしかなく、今ではすっかり諦めて、空色夜仲の愚行に付き合っているのだった。


「ちなみに決めゼリフは……『それは俺っちのいなりずし』!!」


 で、その知人の姿がこれか。全裸か。全裸マフラーなのか。

 一体この街は何をやっているんだ。

 こんなのが野放しになっているなんて、法治国家の敗北じゃないのか。


「もしもし警察ですか!? 全裸の! 全裸の男が、公園のど真ん中で!」

「いいから撮れって! バズるぞこれ!」

「ひいいい!? ブラブラしてるわ! マフラーでも隠し切れない大きさのモノがブルンブルンと荒ぶってるわー!!」

「あーゆー奴ほどデカいよな」

「な。脳みそに行く栄養があっちに行ってんだろうな」

「ねえママみて! パパのよりおっきーよ!」

「う、うちの亭主の四倍……っ!!」


 ざわざわと人だかりが出来始め、思わずフェグルスは顔を伏せる。恥ずかしい。早くこの場から立ち去りたい。こいつと知り合いだと思われたくない。

 が、一方の夜仲はむしろゾクゾクしていた。


「なん……という事でしょう……! 俺っちの裸体に歓声が鳴りやまない!? フェルっちゃん、これが時代だよ。やっぱりこの姿が時代の最先端なんだよ~!」


「鳴り止まないのは悲鳴じゃねえのか」


「うっひょ~! やっぱり全裸こそが世界を救うんだ~! 痺れちゃう~!」


 さすがはアホ、他人の話など全く聞いちゃいなかった。

 そして周囲の騒ぎをどう勘違いしたのか、全裸のアホはエリマキトカゲみたいな動きで野次馬達の方へと全力疾走していって、


「皆~!! 俺っちと一緒に全裸になろ~!! 『全裸教』に入信しよ~!! そしてこの世界を一緒に救お~よ~!!」


 きゃーうわーうぎゃーデカーい!! と、さらに悲鳴が爆発し、自然公園は若干のパニックに発展する。

 暴れる夜仲はなおも調子に乗って、「『全裸教』をよろしくぅ!」と全裸ポスターをばら撒きまくっていた。


「……勘弁してくれ」


 一連の騒ぎについていけなくなり、フェグルスは必死に知らんぷり。なんならこのまま逃げてしまおうと立ち上がって……ふと、さっきから握りっぱなしだった三日月型のアクセサリーを思い出す。

 右手に握られているそれを、フェグルスはしばらく見つめて、


「……やめだ、めんどくせえ」


 それを再びポケットに突っ込んだ。

 あのアホを見ていたら、過ぎた事にぐだぐだ思い悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまったのだ。


 後悔したってもう遅い。悔やんだって過去は過去。もう変えられない。無かった事にはできない。結局全てが『今さら』だ。

 もうあの少女は、自分とは何の関係もない。

 考える必要もない。

 いちいち過ぎた事に心を持っていかれて、疲れてしまうのも馬鹿らしい―――


「はあっ、はあっ、ヤバいよこれぇ~、未だかつてないリビド~を感じちゃってるよ~! 信者爆増の大チャンスだよ~! ……おや? どうしたんだいフェルっちゃん! なんかいつもよりお顔が老けてるぜい!?」


「悪かったな。これも立派な俺の人相だよ」


 ―――だとか。

 そう都合良く納得できたらいいのに、生憎フェグルスという魔獣は、そう単純な精神構造をしていないらしい。

 いつまでも喉の奥に刺さったまま、抜けそうで抜けないもどかしい感情からは、


「……どしたのフェルっちゃん。そんなにじっと見つめられると照れちゃうべ」


 やっぱり、どうしたって、逃れられそうにもなく、


「はっ! さてはフェルっちゃんも『全裸教』に入りたいんだね!?」


「入らねえよそんなもんに」


 結果として目を背けるだけで、


「お前はつくづく幸せそうだなと、思ってただけ」


 何も成長していないのだった。


「ぬ? フェルっちゃんから漂う謎の哀愁……。何かあった? 恋人にフラれた? 自宅が爆散した?」


「恋人なんて元からいねえし、自宅も健在だよ。今朝メチャクチャにされたけど。……いやそうじゃなくて、別になんでもねえんだ」


「なにさ! みずくさ~い! くさいよフェルっちゃん!」


「え……臭いの? 俺」


「悩みがあるなら聞くよ~? お悩み相談乗っちゃうよ~? 俺っち達、大親友なんだし~?」


「……分かった、わーったよ、心配してくれてありがと。でもマジでなんでもねえんだ。お前の幸せオーラに打ちのめされてただけで」


「幸せ? そうさ! 俺っちは生きてるだけで幸せさ!」


「……ホントお前……」


 目の前のアホが、今日という今日は羨ましかった。

 生きてるだけで幸せ……なんて。

 言ってみたい。自分だって。そんなセリフを。


 でも、現実の自分は全くの逆。過ぎた事をぐだぐだ悩んで、考えても仕方のない事にいつまでもこだわって、勝手に思い詰めて勝手に情けなくなって―――そんな事をずっと繰り返している。いつまで経っても自分を否定している。


 どうやったらそんなに、『今の自分』を肯定できるんだ。


「お前ホント……はぁ……」


「え~!? どういう意味だねそのため息! 失敬だべ! まさか俺っちの事をただのアホだと思っているのかい!?」


「うん」


 ぐはあ! と分かりやすく傷付く夜仲は、フェグルスから放たれた忌憚のない意見に血反吐を吐く素振り。口元に当てた掌を見つめて、「ひぃ~血が!」と豪快に仰け反る。ちなみに、血など一滴たりとも付着していない。


「そういうところがアホっぽいなって、俺はつくづく思う」


「に、二度も言ったな! 師匠にも言われた事ないのに!」


「お前に師匠なんかいねえだろ」


 ―――こんな風に、色んな事を気楽に捉えて、前向きに生きていけるような性格だったのなら、もっとマシな選択ができたのだろうか。


 あの日、あの時、あの瞬間。

 後悔しかない出来事の数々。

 そういう過去を、もっとマシな結末にする事ができたのだろうか。


「……分からん……」


 我知らず呟いたフェグルスの独り言に、


「分かって欲し~な~! 愛だよ愛。そう、やっぱり世界は愛なのだよ~!」


 夜仲は意味不明な愛を語り、再び野次馬の方へと突っ込んで行く。

 直後に悲鳴が巻き起こる。




「さ~! 俺っちの愛を受け取るがいい~!」




 全身の筋肉を膨らませ、今日も夜仲は元気一〇〇倍、悲鳴を頂戴している。

 どうやらあいつは、今日も今日とて、あいつらしく生きているようだ。

 自分らしく、生きているようだ。































 その後、空色夜仲はしっかり警察に捕まった。




 


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