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7 次兄の恋

 翌週、月曜日、ブリジットとキャリアンナが登校すると、ブリジットの机の中に、ラブレターが5通も入っていた。二人は口を開け、深いため息をついた。ブリジットは、シャルロットが来る前にそれをバッグへとしまう。そして、ブリジットとキャリアンナは急ぎ足で、中庭へ向かい、木陰に隠れた。


 手紙を確認する。3通は差出人の名前があった。内容は以前と然程変わらない。シャルロットのことを褒めちぎっているだけの手紙とブリジットに配達をお願いする手紙。学年を問わず、侯爵家伯爵家のご令息であった。名前があるだけ貼りだした手紙よりマシなのか?

 ブリジットはその場で添削をした。


「なるほど。リジーってすごいわぁ。間違え直しもそうだけど、内容にもちゃんとアドバイスしてあるものね」


 キャリアンナは、横から覗き込んで頷きながら感心していた。


 休み時間を利用して、ブリジットとキャリアンナが、その人に会いに行く。手紙を突き返すためだ。


「本人に直接愛を語るか、ご両親にご相談なさって王城を通して交際を申し込むか、どちらかになさってください。王女殿下は学生時代の軽いお付き合いは望んでおりません」 


 ブリジットは、無表情で手紙を突き出した。

 それぞれ3人とも青くなり小さく頷いていた。


「誤字脱字は、それだけでイメージにマイナスですわよ。きちんと添削しておきましたから、他の方に贈るときの参考にさなるといいわ」


 ブリジットとキャリアンナは、フンと踵を返して立ち去った。


 2通は、ブリジットに配達をお願いする手紙は同じであるが、また差出人の名前がない。


『今日の昼休み、中庭の東屋でお待ちしております。その時、改めて名乗りを挙げさせていただきます』


『今日の昼休み、噴水前のベンチで………以下同文』


 こちらには誤字脱字を添削した。手紙の下には『名前もない相手に会いにいく女性はおりません。誘拐犯人かもしれませんので、護衛に行ってもらうことにしました』と書き添えた。


 この2通の手紙は、シャルロットが登校してきた時に、護衛女性騎士に渡して、昼休み本人にきっちりと指導してもらった。


 誘拐犯ではなく、本当に男子生徒だったらしいが、『王家誘拐計画犯』として捕らえられても文句は言えない。学園長は、これを重く見て、『王家誘拐計画犯』だと注意書きを添えて、これらを貼り出した。


 貼り出された二人は泣いていたが、そんなことは知ったことではない。



〰️ 〰️ 〰️


 週末、シャーワント公爵邸への馬車の中で、ブリジットはキレていた。


「わたくしは伝書鳩じゃありませんのよっ!手紙であってもお会いしてでも、直接愛を語れない殿方など魅力なんて御座いませんでしょう?例え、中身を検閲されることになっても、直接渡せばいいではないですかっ!」


「ああ、やはりあの掲示板は、リジーだったんだね」


 ドナテルが苦笑いをした。それがまたブリジットの癪に触った。


「ドナ兄様がはっきりなさらないからでしょう?次のラブレターは、シャルに渡しますわよっ!」


 ブリジットは反対側に座るドナテルを睨んだ。


「ちょ、ちょっと待ってよぉ」


 情けなく困り顔のドナテルに、ブリジットは、フンッと横を向いてしまった。



〰️ 〰️ 〰️


 ブリジットは、シャルロットにもキャリアンナにも内緒にしていたが、実はラブレターは、ブリジット宛にも何通か来ていた。名前もあり、真面目な方だと思われる人も二人ほどいた。

 でも、ブリジットの心が揺れなかった。真面目なお手紙をくれたお二人には、丁寧に謝ったお返事を書いた。


 ブリジットは、週末実家に帰ると引き出しの中を見る。そして、ため息をついてはそっとまた鍵をかけるのだ。


 週末の2日のうち、半日は美術館の絵画教室へ赴く。


「うん、リジー、輪郭のとり方がうまくなってきたね。今度水彩画を始めてみようか。同じリンゴだが、こちらのキャンパスに木炭で薄く下書きをしてごらん」


「水彩画なのに下書きですの?」


「最初から水彩絵の具を使えるようになるにはまだまだ練習だよ。練習のときは、輪郭だけでも下書きしておくんだ。今日は下書きをして、次回水彩絵の具をやってみよう」


 ガタリッチ侯爵がブリジットの肩に手を置き、笑顔を向けた。ブリジットも笑顔で答える。


「楽しみですわ」


 ブリジットは、絵を描いている間は、イヴァンシフと繋がっているような気がして、心が温かくなるのだった。


「そうだ、参考になるかもしれないから、あれをあげよう」


 ガタリッチ侯爵が執務室へと行き、戻ってきたとき、手にしていたのは、ノート半分ほどの小さな絵。テーブルにのった瑞々しいリンゴ。これから、ブリジットが描きたいものそのものだった。


「まあ、可愛らしい!ふふふ」


 ブリジットを自然に笑顔にさせる不思議な絵だった。


「これを見て、イメージをふくらませるんだよ。では、今日は、下書きだ。頑張って」


 ガタリッチ侯爵は、別の生徒の方へと歩いた。


〰️ 



 その日、ブリジットが公爵邸へ戻ると、応接室では、まだ、シャルロットとドナテルがお茶を楽しんでいた。


「シャル、いらっしゃい」


 ブリジットは、慈愛の笑顔を向ける。


「まあ!リジー!何か良いことでもありましたの?」


 親友であるシャルロットは、ブリジットの変化にも目敏い。ブリジットは、その質問の答えに『リンゴの絵』が浮かんだ。でも、なぜか自分だけの秘密にしたかった。


 ブリジットは、笑顔のままドナテルの隣に腰をおろした。メイドがすぐにお茶を用意してくれる。

 

「絵画のお教室でね、来週から水彩絵の具を使えることになったのよ」


「そう、リジーが楽しそうでよかったわ」


「シャルも、楽しめた?」


 ブリジットは、ドナテルをチラリと見た。そのドナテルは、心配そうにシャルロットを見ていた。


「ええ、とっても。ドナーはお話が上手なのよ」


 シャルロットがブリジットからドナテルへと視線を移せば、ドナテルもやっと笑顔になれた。


「ドナ兄様、時々は、シャルが来るのを待つのではなくて、来ていただくようにこちらからお約束をするのも、紳士として必要なことですわよ」


 ブリジットは、お茶を一口だけ飲むと、席をたった。


「シャル、また明日、学園で会いましょうね。ゆっくり、なさってね」


「ええ、また明日。ふふふ」


「リジー、ありがとう」


 ドナテルがブリジットの背中にお礼を述べた。シャルロットは、今のところ、ブリジットのお客様として来ているはずなのだ。もちろん、今日もそうだった。が、ブリジットが邸を離れていても、また先に退室しても気に留めることもないほど、ドナテルとの時間を楽しめているようだ。



「シャルがここまでわかりやすくしているのに、ドナ兄様は、何をなさっているのかしら」


 階段を登りながらのブリジットのため息に、後にいるマリーナは、クスリと笑うしかできなかった。


「ねぇ、マリーナ。エマにどうにかドナ兄様を動かすようにって伝えてくれる?」


「ふふふ、畏まりました」


 エマは、ドナテルの専属メイドである。シャルロットとドナテルを初めて会わせたときも、エマに気を配ってもらい実現したのだ。


〰️ 


 部屋の机に戻ると、マリーナから絵画教室のバッグを受け取り、中から『リンゴの絵』を取り出す。


「まあ、これは……」


 マリーナは、驚きとともに喜びがこみ上げる。そのマリーナの笑顔がブリジットには不思議だった。


「マリーナも絵に興味があるの?」


「え?あ、そうでございますね。ブリジットお嬢様がご興味をお持ちのようですので、わたくしも少しだけ、図書室の本を執事様にお借りして読みました」


 ブリジットの笑顔にマリーナも笑顔で答えた。


「そう。わたくしのためにありがとう。わたくしもその本を読んでみたいわ。明日の支度の中に入れておいてくれる?」


 マリーナ笑顔のまま目を伏せて『応』という意思を出した。


「畏まりました。では、お夕食のお時間にまたお声かけいたします」


 マリーナがいなくなった部屋で、ブリジットはその『リンゴの絵』を飽くことなく笑顔のまま眺めていた。


〰️ 



 ドナテルがはっきりさせないまま、夏休みが終わる。いや、ドナテルは、はっきりさせるために一生懸命に動いた。だが、王家公爵家としては、数カ月前に兄達がやらかしたばかりなので、今は時期ではないと反対されてしまったのだ。ドナテルは心配をかけたくないと、ブリジットにもシャルロットにもこれについて何も言わなかった。


 2学期になった。大半の予想通り、ドナテルは生徒会会長になった。

 ドナテル会長の元、毎年恒例の文化講演会を成功させ、ドナテルの人気は一気に上がった。


 文化講演会の翌週、ブリジットの机の中から、今までとはどう見ても違う気色でたくさんの量の手紙が、ガサリと落ちた。

 ブリジットとシャルロットとキャリアンナは、ブリジットの椅子の上と床に広がる手紙の数々を呆然と見ていた。


「リジー、これはどう見ても………」


 キャリアンナが心配そうにブリジットの横顔を見た。ピンクや黄色や淡い水色や薄紫や、ブリジットの席はさながら花畑であった。確実に男性からの手紙ではない。


「これって、わたくしが拾うのよね?」


 ブリジットが無機質な視線で手紙を見下ろしている。シャルロットだけは、少しだけ顔を白くさせている。


「シャル、アン、ここを見ておいていただけますか?」


 ブリジットの口調は穏やかだが、目は据わっていた。

「は、はい………」


 キャリアンナが辛うじて返事をすると、ブリジットは踵を返して教室を出ていった。


 ブリジットが引っ張り連れてきたのは、ドナテルであった。ブリジットがドナテルを引っ張り連れてくる間も後ろにはたくさんの女子生徒が群がり、ブリジットたちの教室に入ってくれば、黄色い声がかけられた。

 ブリジットは、そんな声を無視して、自分の席にドナテルを連れてきた。


「ドナ兄様、これがわたくしの席です。どうなさいます?」


 ブリジットは、横目でチラリとドナテルを睨んだ。

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毎日、午前中に更新予定です!

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