6 恋文添削
「わたくしがいなくても、シャルロットを受け入れてあげてね。ドナ兄様には、恥ずかしい格好はさせないで」
ブリジットは、メイドに託して、昼過ぎすぐに邸を出た。馬車を降りた先は、美術館だ。
美術館に来れば、絵画練習室へと向かう。ここにはすでに半年程、週2回通っていた。だが、ここ2週間は、足が遠のいていた。
絵画練習室には、ブリジットの目的の人もいた。
「やあ、リジー!久しぶりだね。まずはあちらで話をしよう」
ガタリッチ侯爵は、絵画練習室の隣にある侯爵の執務室へとブリジットを導いた。二人でソファーに向き合う。
「あぁ、まだ、秘書が決まっていなくてね、お茶も出ないのだが…」
ガタリッチ侯爵は、頭をかいて照れているが、このセリフはすでに半年も前から聞いている。つまりは、絵以外のことは、ズボラであるのだ。ブリジットはわかっているので気にしない。
ガタリッチ侯爵がこちらの部屋にブリジットを連れてきてくれたのは、他の絵画の生徒さんたちに聞かせないためだろう。
「生徒から、話の一部は聞いたよ。大変だったようだね」
絵画教室の生徒の中には、学園の生徒もいたのだろう。ブリジットには、どの人なのかは、わからない。
ブリジットは、掻い摘んで話をし、気持ちの整理もついたのだと、説明した。
「侯爵様がご迷惑でなければ、また絵画教室に通わせていただきたいのですが」
「もちろん、僕は大歓迎だよ。君はやっと木炭に慣れてきたのだから、これからもっと楽しくなるはずだからね」
ガタリッチ侯爵の笑顔にブリジットはホッとした。ブリジットは、その日からキャンパスに向かい、ブリジットにとって、それに集中することで、心安らぐ時間を持つことができた。
帰宅後、その日のドナテルとシャルロットの様子をメイドから聞く限り、時々はブリジットがいなくても問題なさそうだと、思われた。いや、ブリジットは、ブリジットがいない方がいいくらいの雰囲気を望んでいたのだが、そこまでには至っていないようだ。
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春からは、ブリジットもシャルロットも学園の初級学年へと入学した。
この学園は、ガーリウム王国の王都にあり、この国で最も歴史ある学園である。15歳から18歳までの貴族子息令嬢が在籍しており、全寮制である。強制入学ではないが、大半の貴族子息令嬢は入学している。
学年は、初級、中級、上級、最上級の4学年。クラス分けは成績順で、AクラスからEクラスまであり、進級時にクラスの再編成が行われる。
ブリジットとシャルロットはAクラスであった。シャルロットは、王女であるので、席は、窓際の1番前と決まっていた。なので、ブリジットはその隣に決めた。
シャルロットの後の席は、キャリアンナ嬢。チャールデン侯爵家の長女だ。
流通局の大臣チャールデン侯爵の次女キャロラインは、先日第2王子ギルファルトの婚約者に決定したばかりだ。来週、ギルファルトの王太子任命と婚約式が、国をあげて大々的に行われる。元は、第1王子アナファルトの結婚式と王太子任命式であったのだが、イリサスも含めたあの騒動でアナファルトは幽閉されたので、それを執り行うことが不可能となった。しかし、その日時に国賓も呼んでいるし、各貴族もそれなりにお金をかけて準備しているので、何もなしというわけにはいかず、では、ギルファルトで、ということになった。
それに伴い、キャリアンナもシャルロットに紹介され、ブリジットを含めて3人でお茶をするようになった。
ブリジットの後の席は、コリークライド・オルコット伯爵令息。オルコット伯爵は、流通局の副大臣である。そして、コリークライド本人は、キャリアンナの幼い頃からの婚約者だ。
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学園が始まって1週間が過ぎた頃、ブリジットたち女性3人が教室に入り、いつもの席に座る。ブリジットがバッグから机の中に教科書を移そうとすると、机の中に違和感を感じた。ブリジットが覗くと、何と手紙が入っていた。
「「きゃぁ!」」
シャルロットとキャリアンナが小さな声で黄色い声を上げた。まあ、一般的にはラブレターであろう。ブリジットも少しだけ頬を染めて、でもできるだけ自然に、それをバッグにしまった。ここで開ける勇気などブリジットにはもちろんない。
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ブリジットは、授業も終わり、寮へと戻り、ワンピースへと着替えを済ませる。昨日図書室で借りてきた本を机に置き、さぁ、読もうとする……が、バッグの中身が気になる。数秒、目を閉じて考える。ウジウジしていることが嫌になる。
「わたくしには、心に決めた方がいるのだもの。問題はないわ。でも、無視するのもよくはないわよね」
誰もいない部屋で、自分に言い聞かせるために声に出した。
覚悟は決まったので、バッグから例の手紙を取り出す。中は2枚に分かれていた。普通は重ねて折り込むものだ。
不思議に思いながら、一枚目を開いた。数行読んで、最後まで読まずに2枚目を読む。
『麗しのシャルロット王女殿下
貴女の美しさは…………』
以下、長々とシャルロットの美しさについて説明が書かれていた。
ブリジットは、2枚の手紙をそれぞれ左右の手に持ち握りしめて、頭をテーブルに突っ伏した。気が抜けたのと、呆れたのと、ムカついたのと………とにかく、とてつもなく複雑な心境である。
『ブリジット・シャーワント嬢へ
もう一枚の手紙をどうかシャルロット姫に渡していただきたいのです。直接渡す勇気はなく、かといって、机に入れても読まれるわけはなく。どうかこの愚かな私に神いやブリジット様のお助けをお願いします』
名前も書いてなければ、封蝋も家名のわかるものではなく雑貨屋などで売られている馬のモチーフのものだ。
確かに、シャルロットは、まず、家紋の封蝋でもないものを個人で開けたりはしない。なぜなら、手紙に毒でも塗られていては危険だから。
家紋の封蝋なしに、実在の人物であると確認されたものは、中身をメイドなりが確認して、問題ないと判断されたもののみ、シャルロットの手に渡る。
普段、ブリジットがシャルロットに書く手紙は特別に作った二人だけの封蝋を使っているので、中身は誰の目にも触れずに、シャルロットへ届くことになっている。ブリジットは、それだけの信用を得るために、年月も費やしてきたのだ。
それらを搔い潜って、シャルロットに手紙を読んでもらいたいとの苦肉の策であろうとは、思うが、すべてがひどすぎる。
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翌朝、学園の掲示板には、宛名の部分が切り取られたラブレターの添削が張り出されていた。誤字脱字は赤いペンで直されている。さらには、下部に、強烈なコメントが書かれていた。
『貴女の美しさは………
このお手紙を受け取るご予定だった方はこのようなお言葉は、もっともっと素晴らしいお言葉でたくさん受け取っておられます。この程度の語彙では心は動きません。それに、これでは、お手紙を書いた方の魅力が全く伝わりません。お名前もなしに手紙を書くなど言語道断です。よって、以後拒否いたします』
学園では、朝からこの話題でもちきりだった。もちろん、ブリジットのクラスでも。
「リジー、アン、あの掲示板をご覧になった?」
朝は、警備の女性騎士がシャルロットの部屋へと迎えに行くので、登校は一緒ではない。ブリジットとキャリアンナは一緒に登校する。
シャルロットが見たとなると、護衛女性騎士が、まわりの生徒から離すように掲示板の前に立ったのであろう。なかなかの迷惑だったのでは?と、二人は心配する。
「ええ、見ましたわ。殿方からご令嬢へのお手紙なんでしょうねぇ。名前も書かないお手紙だなんて、気持ち悪いですわね」
キャリアンナも眉をひそめる。
「あら?そういえば、リジーも昨日、ラブレターを受け取っておりませんでしたっけ?」
このタイミングで思い出すシャルロットは天然さんだ。ブリジットは、とても美しい笑顔を二人に向けた。
「「………なるほど………」」
「と、いうことは、内容はシャルのことですのね。納得ですわ」
キャリアンナは真面目な顔で頷き、シャルロットは、困り笑いしていた。
そこへコリークライドがクラスメイトの侯爵令息と登校してきた。
「掲示板見た?」
またこの話題だ。3人は小さくため息をつく。
「ラブレターにしては、稚拙だよな。わっはっは」
キャリアンナは、目を細めてコリークライドを見た。
「わたくしは、そんな稚拙なお手紙さえもいただいたことがございませんわっ!」
キャリアンナはふんっと、窓の方を向いてしまった。挙動不審になるコリークライドに、ブリジットとシャルロットはついつい笑ってしまった。
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