第二十二話 二人の州知事
その日ヘルタベルンの屋敷に1台の荷馬車が到着した。
荷馬車ではあるが荷が載せてあるのではない。乗っていたのは数人の人間だった。
後ろに乗せられていた人物が荷馬車から一人の少女が降り、その後に数名の男女が続いた。
荷馬車から降りた少女と数名の男女は神妙な面持ちであり、その瞳には何かの覚悟が見えた。
少女の名をフィオナ=トリステンという。
トリステンから戦犯者として判決を受けるためにヘルタベルンに護送されてきた人物であった。
屋敷前で待機していたアリーゼが飛び出し、フィオナに抱き着いた。
「フィオナ!久しぶり!とっても心配してたの!」
いきなり旧友のアリーゼに抱き着かれてフィオナは混乱していた。
「なっ……アリーゼ……。これはどういう……。」
「元気が無いけど、大丈夫?ちゃんと食べてる?」
「え、ええ、ちゃんと食べてるわ。」
フィオナは屋敷前に並ぶヘルタベルン家の面々に深くお辞儀して言った。
「クラウス様、エリーザ様、アシュレイ様、そしてイザーク様。この度はトリステンに食料の施しを頂き感謝の言葉もございません。トリステンの……いえ、ヘルタベルン新領トリステン地方の民たちも喜んでおります。」
フィオナはずっとしがみついているアリーゼを引きはがし、真剣な表情で言う。
「アリーゼ、最後にあなたに会えた事はうれしいけれど、これから処刑される者に親しげにするのはよろしくないわ。」
「処刑?誰が?」
アリーゼが目を丸くして首を傾げた。
「誰がって……私と後ろに控える主だったトリステンの責任者に決まっているでしょ。」
「フフフ、相変わらず責任感が強いのね、フィオナちゃんたら。」
「ああ、だから決めたんだ。」
フィオナを見ながらイザークとエリーザが話し合っていた。
「フィオナ=トリステン、君を、君達を処刑するつもりなどないよ。代わりに別の命を下すがね。詳しくは馬車の中でイザークから説明を受けるといい。」
クラウスが優し気にフィオナに語り掛けた。
フィオナを始め、後ろに控える文官達も驚き戸惑っていた、そして同時にそれに代わる命とはどんな困難なものだろうという警戒の表情が見て取れた。
「じゃぁ早速行こうか。」
イザークが馬車に乗る様にフィオナを促した。
「どこに行かれるというのですか?」
「ん、スターク王国との国境さ。」
フィオナの問いにイザークが答え、皆を数台の馬車に分けて載せ、走り出した。クラウスとエリーザが屋敷から手を振っていた。
馬車が街道を走る。
「アリーゼとフィオナに乗る様に伝えたが、何故アシュレイ姉さんが乗ってるんだ?」
馬車の進行方向の席にフィオナとアリーゼが、進行方向に背を向ける席にイザークとアシュレイが乗っていた。
「だって、ずっと学園生活でイザークと離れ離れでまたすぐに戻らなくてはいけないんですからっ。少しくらいいいでしょ?」
姉のわがままにイザークは一つため息をつき、フィオナに向き直った。
「さっきも説明したように俺たちはこれからスターク王国との国境に向かう。目的はスターク王国の難民を全て我が領地で引き受けるためだ。その条件でオーレン、トリステンの二領を併合した。」
「難民の数はどれほどなのですか?」
「約十万人だ。」
フィオナの問いにイザークが簡潔に答え、それを聞いたフィオナは少し俯き考え込んだ後、顔を上げ言った。
「土地に余裕があるからといってそれだけの数の移民を受け入れるというのは無理がある様に思われます。先住の民達とコミュニケーションをどうとっていくか、それに治安の不安定化などあまりに非現実的に思われますが……。」
馬車の中のイザーク以外は皆そう思う。しかしイザークの顔は肯定的であった。
「それを成すためにお前たちを同行させたんだ。お前たちならできると思ったからだ。」
「えっ?」
フィオナの表情が驚きのものに変わった。
「旧トリステン領はこれよりヘルタベルン領トリステン州となる。住民の混乱を避けるためトリステンという地名はそのまま残すことになった。」
「そしてフィオナ、君にはそのトリステンの州知事になってもらう。」
イザークの意外過ぎる命令にフィオナは混乱を隠しきれなかった。てっきり自分は戦争責任を問われ何かしらの罰を受けるとばかり思っていたのに、これではお咎め無しといっても過言ではない。
戦争を仕掛けた挙句負けた側がペナルティを受けないなんて過去の歴史を見ても聞いたことがない。
フィオナ自身は戦争を回避しようとしてたとはいえ、自分より上の責任者が戦死してしまってる以上自分が取るべき問題だと思っていた。何がどうなっているのという通常の常識で測れない出来事の連続にフィオナは思考が追いついていかなかった。
「フィオナ、俺は君の真面目さと真摯さを高く評価している。」
イザークのフィオナへの素直な評価にフィオナはただイザークを見ている。
『イザーク=ヘルタベルン、この人と会ってから驚きと混乱で頭がかき乱される……、この人は……一体何なの……?』
「実は初めてトリステンで君と会う前にアリーゼからどうか君の罪を問わないでくれと懇願されていてね……。さすがに妹の頼みでもそれは聞けないと思っていたが、いざ本人を前にしたらそんな気持ちは吹っ飛んだよ。むしろ是非うちに欲しい人材だと思ったんだ。」
「うわぁーん、よかったねフィオナ!また一緒に遊んだりお茶できるね!」
半泣きでアリーゼがフィオナに抱き着いた。
「う……うん。」
とうとういままでの緊張の糸が切れたのかフィオナの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
涙を拭き、落ち着いた所でフィオナは先ほどの命について話を戻した。
「しかし私の様な未熟者に移民の統制や州知事がつとまるでしょうか……?」
フィオナは不安気にイザークを見る。
「こればっかりはやってもらうしかないな。自信がないか?」
「……はい。」
「そうか、ならしかたがないな。オーレン州の州知事はすでにアリーゼに担当してもらう事で決定してるんだけど、見る限りフィオナはアリーゼと同等程度の実力者だと思ったんだが……。」
「そうなると別の人材を……。」
「できます!やらせてください!」
アリーゼが管轄は違うが同じ部署に配属されるとしったフィオナが食い気味にイザークに嘆願した。
フィオナの目にやる気の炎が灯っていた。
『昔から何事にもアリーゼと友人でありライバルってのは本当なんだな……。』
「わ、わかった。では任せよう。なに、心配することはない。軌道に乗るまではどちらの州も俺が政策を立案し、君たちは俺の補佐として学びながら慣れていってもらう。」
「今頃後ろの馬車たちの君の部下達にもコーリンから説明が行きわたってるはずだ。大変だが、これを乗り越えればヘルタベルンはまた大きくなる。」
「フィオナ、オーレンとトリステン、どっちが発展するか勝負しない?」
「絶対に負けないから!」
アリーゼの挑発にフィオナの闘志がさらに燃え上がった。
「いいなぁ。私にも何か任せてくれればいいのに……。」
「はは……姉さんはまたすぐ学園だろ?姉さんが卒業する頃にはもっと発展したヘルタベルンを見せてあげるよ。」
ふてくされるアシュレイをイザークが慰めた。
『実際ここからが大変だぞ……。』
そう思いながらイザークは窓の外を見た。




