第二十一話 イザークの秘策
「リノア姫……、それはどういう……?」
イザークは動揺を隠しきれない。
「どうといわれましても……。オーレンとトリステンの二つの領地を手放すのです、それに見合った対価がないとスタークとしても納得しかねますので。」
にこやかに微笑みリノア姫はそう答えた。
『いや、何故それが対価になるのかという話なんだが……。』
「王都からここに来る途中、オーレン領に立ち寄ってきました。城の有様を見ましたが、何でもあれはイザーク、あなたの仕業というではありませんか。しかも一撃で。あれほどの魔力とそれを行使できる術式を持った殿方を当家に迎え入れる事ができるなら、二領を手放したとて痛くはありませんから。」
『そういう事か……。』
この世界の貴族は希少である魔力適正の高い者同士で血を掛け合わせより強い子を産み国の力を維持してきた。イザークの強大な魔力に目を付けるのはある意味当然であって、領土よりも優先されるべき存在であるといえた。
「リ、リノア様はつい先ほどイザークに会ったばかりではありませんか。出会って間もない人にそういう申し出はどうかと……。」
「そ、そうですよリノア様!兄様はまだ十五、リノア様も十六ではありませんか。そのような話はまだ……。」
アシュレイとアリーゼが動揺を隠しきれない様子でリノアをいさめる。
「時間など関係ありませんわ。父王と母上も十四で結ばれております。それにより強い者と結ばれるのは次の時代を担う我々の責務ではありませんか。」
「何よりイザーク、私は貴方を一目見てとても気に入ってしまいました。ただ強い魔力を持つというだけで無く、一生添い遂げたいと思える程に。」
「貴方はどうですか?私では不服ですか?」
リノア姫がイザークを真っ直ぐに見つめた。
『いや……、一男性として見れば正直これほどの美女不服という男がいたら見てみたいほどだ。おそらく性格もただ真っ直ぐに育ったであろう事は見て取れる……。しかし……。』
イザークが返答にこまり口ごもった。
世継ぎは貴族にとって最優先されるべき問題だ。
一見スターク家とヘルタベルン家の姻戚関係の成立は弱小貴族であるヘルタベルン家にとってこの上なくメリットがあるように思える。
しかし通常であれば他家から魔力適正の高い嫁を迎えてヘルタベルン家の繁栄を図るべき。この場合姉や妹であるアシュレイやアリーゼも結婚対象になるというのがこの世界の倫理観であった。
しかもイザークはヘルタベルン唯一の男子である。他家に婿養子に行けば最悪クラウスの代でヘルタベルン家の血統が途絶えかねない状況であった。
ヘルタベルン家としてはイザークという存在を他家に養子に出す事は何よりも大きな損害なのである。
『マズイ事になった……。』
クラウスが俯き事の重大さに考え込んだ。
『どちらか一領でも手に入ればと思ったが、最初からどちらの領地も手放すか、イザークを手放すかの二択しか用意されていなかったか。』
クラウスはこれは参ったという表情でエリーザを見た。
エリーザは微笑みクラウスにその目で訴えかけている。イザークは何物にも代えられないと。
クラウスは魔力は並、武力は皆無であったが、領主としての器と判断力、決断力は並以上に備えていた。そのクラウスが決断した。残すべきはイザークだと。
「姫様、今回の件、当家の回答としましては……」
そう言いかけてクラウスはイザークの自分に訴えかける表情を目の端に捉えた。そして後に続ける言葉を変える。
「当家は……イザークから申し上げたいと申します。」
ヘルタベルン家の当主はクラウス自身である、この様な重要な案件の決断はクラウス本人が下し、表明する義務がある。しかしクラウスの本能がイザークに発言の機会を与えろと信号を鳴らしたのだった。一歩間違えれば家存続の危機に直面する局面であったがクラウスは迷わず自分の勘を信じた。
皆がイザークに注目した。
「では俺から申し上げます。ヘルタベルン家としましては、先ほども申しました通りオーレン、トリステン領の二領併合を望みます。」
その場の皆が驚きの表情である。
ここにきてまだ食い下がるのかと。
クラウスは己の判断を間違えたと真剣な目でイザークの続く現に耳を傾ける。
「では私との結婚を受けてくださるのですね?」
リノア姫の表情に花が咲いた。
「いえ、俺はここの長男なので残念ながらそれは受けれませんが、代わりの条件を受け入れさせていただければと。」
「代わりの条件?」
唐突なイザークの提案に皆が注目する。
「現在スターク家が抱えている問題を当家が引き受けましょう。それでいかがですか?」
「問題……ですか?そのようなものはありませんが。」
リノアはしれっと言い放つ。
「現在スターク領が抱えている難民十万人を当家がお引き受けするという事です。」
「うっ……!」
リノアの表情が変わった。
それを見てイザークが続ける。
「先日王都に伺った際知ったのですが、現在スターク領では各地の内戦で行き場を失った難民が城壁の周りに押し寄せキャンプを張って生活しています。その数は十万を超え、連邦外からも押し寄せ人族、亜人族と人種も多様だと聞きます。数が数だけに職を持たない彼らに回す食料などの配給にも手を回す余裕も無いと思いますがどうですか?現状いつ爆発してもおかしくない難民十万を城壁の外に置いておく事を貴家としては重大な問題だと捉えてると思ったのですが、いかがでしょう?」
「そ……それは……確かにそうですが……。」
リノアはスターク家の抱える唯一にして最大の案件を的確に突かれ動揺していた。
「王都は洗練され発達した美しい街です、しかし人口十二万人を擁する王都にさらに倍近い民を受け入れるキャパシティはありません。難民が求めるのは職であり生活の安定です。今回二領を直轄領としてそこに難民を押し込めた所で内戦で疲弊した土地に移住するでしょうか?移住した先でも彼らを支援し手綱を握れなければ彼らはそこで母国の文化を再構築しもはや他領と変わらぬ存在になりかねます。」
「あ、貴方ならそれができると……?」
「できます。」
イザークの目には確信の光が灯っていた。
「俺なら可能です。しかし俺がスタークに行きヘルタベルンが二領を併合した場合、スタークに行かずにスタークが二領を直轄とした場合、どちらもそれを成す人物を欠くことになります。」
確かに。とその場の皆が頷く。
「故にどちらにも相応のメリットのあるヘルタベルンが難民を全て受け入れ、二領を併合する交換条件を提案いたします。」
リノア姫が苦い表情で俯き、息を一吐きすると降参したとばかりの表情でイザークに言った。
「分かりました。その条件をのみましょう。土地を得たからといってあの数の難民を問題なく抱える事ができるなどにわかには信じられませんが……。あなたができると仰るのなら……できるのでしょう。」
「流石は私の見込んだ殿方ですわ。」
「私、今後も貴方との結婚、諦めませんからそのおつもりで。」
リノア姫が新たな決意をイザークにぶつけた。
ホッとしていたアシュレイとアリーゼがまた青ざめた。
かくしてこの日の会議は閉幕となり、数日後オーレン、トリステンの二領がヘルタベルン領とする勅令が発せられた。




