第十八話 残された人々
オーレン領から反転しトリステン軍を殲滅したヘルタベルン別動隊は、四つの襲撃された街の残り三つの遺体の埋葬を行っていた。
すぐにでもトリステン領に入り制圧する方法もあったが、そうはしなかった。
一万もの敵兵は残らず殲滅し尽くしたように見えたが、事前のイザークからの指示で何人かの敵兵は銃士隊の包囲を緩めて逃がしていたのだ。
「数名の敵兵、あのまま逃がしてよかったのですか?下手をしたら本国へ事の次第が伝わって体制を立て直される危険性もあるかと思うのですが……。」
「その心配はいらないよ。あの軍の中には領主ダリウスとその息子がいたって情報だからね。おそらくはトリステンの主力をほぼ出撃させていたはずだ。」
「それにたとえ軍を再編成できる余力があったとしてもあの数以上に編成するのはまず無理だろう。であればまた叩いて今度こそ心をへし折ってやればいいだけの事。むしろ何人かこの戦いの結末を報告させて、俺たちがトリステン中央につくまでに戦いをどう終結させるか考えさせる時間が必要だと思うんだ。」
「なるほど、納得いたしました。」
コーリンの問いにイザークは自分なりの考えを伝え、コーリンもそれに納得した。
そして遺体の処理を全て終え、丸一日野営した翌日、イザーク達はトリステン領の中央都市レピエスタに向けて進んだ。
徒歩での移動なので到着までに一週間を要した。
レピエスタの街にはオーレンの中央都市と違い城壁が存在し、城塞都市の体をとっていた。その代わりに領主の居住地は城でなく大きな屋敷となっていた。
本来ならばオーレン風に城を構えるか、トリステン風に街を城壁で囲むかもしくはスタークの様にその両方かの三択であろう。
そのどちらでもないヘルタベルンはむしろ今まで辺境の弱小貴族という事もあって街の機能まで手を回せずにいたといった所であった。
「イザーク、何だかおかしいね。街の城門が開きっぱなしで衛兵も見当たらないよ。」
ラスターが不審そうにそう言おうとしたがすぐに訂正した。
「いや……、衛兵ぽくはないけど何人か城門の前に立ってるぽいね。」
「恐らくこの町の現権力者だろう。」
イザークはそう言って歩みを進めた。
城門に近づくと一番前に一人の少女が、その後ろに数名の文官が数名立っていた。
どうやらこちらを待っていた様だ。
「お待ちしておりました、私は現在この町の領主代理を務めさせていただいておりますフィオナ=トリステンと申します。」
少女は丁寧に答えた。礼法に適ったしっかりとした所作に教養の高さが伺える。
「イザーク=ヘルタベルンだ、よろしく。」
イザークが自己紹介した瞬間、少女が頭を下げ続けていた体勢から顔だけをバッと上げ、イザークをマジマジと見つめた。
「……どうされた?俺の顔に何か付いているのかな?」
焦ったイザークの反応に少女はハッと我に返り顔を赤くして再び頭を下げた。
「いや、頭を上げてくれ。それよりもこの出迎えは何かな?」
少女の表情がキリッと引き締まり、頭を上げてイザークに向き直り告げる。
「此度のトリステンとヘルタベルンの抗争、非は全て我がトリステンにございます。我が軍がそちらの領内で行った行為の数々、戦闘の経緯、逃げ帰った兵士から聞き及んでおります。この後、我がトリステンの屋敷にお招きし、我々はいかような処分も受ける覚悟でございますが、どうかレピエスタの民衆に危害を加える事だけは今ここでお許しの言を頂きたく参上した次第にございます。」
「身勝手な物言いとは存じますが何卒……、ここの責任者たる私の首一つでご容赦願えれば……。」
フィオナの丁寧な物言いだったが、聞き届けられない場合はこの場の文官数名でもイザークとこの場の銃士隊五百名を相手に戦いを挑む事をも辞さない覚悟が見て取れた。
「いや、元よりそのつもりはないよ。屋敷まで案内してくれるかい?」
イザークがあっさりと了承したのでフィオナを始め後ろに控える文官達は驚きつつも表情を綻ばせた。
街に入り、大通りの広場でイザークは銃士隊を待機させ、そこから屋敷へはラスターとコーリンだけを共に連れて行った。
途中いくつかフィオナたちと言葉を交わしトリステン軍が侵攻に至った経緯などを聞き出した。
どうやらここにいるフィオナと文官達はヘルタベルン侵攻に対して反対派として最後まで食い下がったが、反逆罪として今まで牢に幽閉されていたらしい。
『皆顔に生気が無いとは思ってたけど、ろくに食事も与えられてなかったって事か……。それにしてもこの子、内心はどうあれ肝もかなり据わってるな、ラースとは大違いだ。』
そう思ってイザークは後ろでいつ住民に襲われるんじゃないかとビクビクしながらついてくるラースを苦笑い混じりの目で見た。
屋敷に着いたイザーク達は、広めの応接室に先ほど出迎えに来たメンバーの他にも残ったトリステンの主要人物達を集め、用意させたトリステンの軍事面、内政面、外交面などの資料に一通り目を通し、告げた。
「状況は把握した。今回の戦争責任については連邦盟主、スターク家に仲介の要請を既にだしてある。ついてはスターク家とヘルタベルン家の会合の後、沙汰を下す事となる。」
一同の顔色が神妙なものになった。
「それまでの間、トリステンは一切の他国との外交、住民の移動を禁ずる。よろしいか?」
「しかと承りました。」
フィオナが代表して了承の意を表した。
「それ以外はとりあえず住民には今まで通りの生活を送ってもらう。現在トリステンでは深刻な食糧難に見舞われているようなので、早急にヘルタベルンから食料の援助を行う。したがって政務を行う者たちはその物資の取り扱いを任せる。民を飢えさせる事は政を司る者にとって大きな罪である事を重々承知し、公平に分け与えるように。執行猶予の間に物資を横領したり個人的にせしめた者は重罪とする。いいね?」
文官達が大きく頷いた。
「ありがとうございます、イザーク様の寛大な処置、感謝に堪えません。」
フィオナがホッとした表情で目に涙を浮かべ、イザークに感謝の意を伝えた。
判決が下れば官僚達の重罪は避けられないだろうが、ここにはそんな事よりも抱えていた民への問題が解決しつつあるこの状況に心から安堵している様に見えた。
領主ダリウス派の官僚達は敗戦の報を受けたその時にすでに荷物と財をまとめて逃げ去っていたのだ。
今ここに残っている文官達はそれでもこの国の民を見捨てられずに自らの責務を全うしようとするひたむきな者達ばかりであるとイザークは確信していた。
とりあえずここで第一章が終わりです。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
ホントにホントに読んでくれた方には感謝しかありません。
次章から領地発展編になります。
もしよろしければ次回からもよろしくお願いいたします。




