第十五話 トリステンの白眼
ヘルタベルンの北西、トリステンの首都トリスタ。
遥か東でメルトの戦いが行われていた頃、領主ダリウス=トリステンの屋敷では各部門の要人が一堂に会し会議を行っていた。
此度の食糧難にあたっての会議の席で、領主ダリウス=トリステンはすこぶる不機嫌だった。
歳はまだ四十代も半ば、贅沢をしてきたわりに細身の体格、髪は黒くところどころに白髪が混じっている。細く鋭い目をしており、鼻の下と顎の先の整えられた髭が特徴的であった。
ダリウスは不機嫌そうにテーブルの一番下座に座る男に向かって顎をしゃくった。
ダリウスからの発言せよとのジェスチャーを受け、サグムという下座に座る男が立ち上がる。
「え、え~。此度の旱魃によって我がトリステンの食料備蓄はほぼ底をついております。すでに上層部の方々への食料確保分ですら不足気味で……領民たちは既に食べるものも無く、う、飢えております……。」
この国の生産管理部門の責任者サグムは額と頬に幾筋も汗を滲ませ恐縮したようにそう報告し、恐る恐る着席した。
「誰が座っていいと命じた。」
「はっ!」
下座の男が鞭打たれたかのように体を硬直させ再び立ち上がる。
「貴様は我が領国の食料生産の一切を任された身であろう。ならばこの責任をどうとる?」
ダリウスのナイフの様に冷徹な視線にサグムは戸惑いながら恐る恐る答えた。
「お、恐れながらダリウス様……、この天候では自給でまかなうのはいかんともしがたく、盟主スターク家や周辺貴族からの輸入に頼るにも何処も同じ窮状でありましてこちらまで回せるほどの余裕はないと……。」
「言い訳など見苦しい、そこを何とかするのがお前の役目であろうが。誰か、この男を捕らえて牢に入れろ。」
ダリウスの命を受けて部屋の壁に沿うように直立していた兵士のうちの二人がサグムの両脇を抱えた。
「ダ、ダリウス様、これはあまりにも……!」
命乞いをするかのようにサグムが自らの主君に懇願したが聞く耳はもたれなかった。
そして部屋から連れ出されようとしたその時、一人の少女が席から立ちあがった。
「お待ちください父上!」
その場の皆の視線がその少女に向いた。
年の頃は十四、五。絹糸の様な艶のある真っ直ぐな黒髪は肩の少し上で綺麗に切りそろえられている。目は大きく藍銅石の様な青紫の瞳には真面目さが表れていた。美しい顔立ちではあったが、歳のせいかまだ可愛いという印象のほうが強い。後五年もすれば誰もが振り向くような女性に成長するであろう事は誰の目からも想像に難くなかった。
名をフィオナ=トリステンという。領主ダリウスの娘であった。
「水がなければ作物は育ちようがありません。天の気まぐれの責任をサグム一人に取らせるというのはいかがなものでしょうか。」
フィオナは幼少の頃から生真面目で頭脳も明晰であり、魔力適正も高く、そして何より公正だった。スターク王都での社交会ではアリーゼと仲が良くお互いを競い合ったライバルでもあった。
しかし彼女にも一つだけ欠点が。絶望的なほど父ダリウスとの相性が悪かったのだ。
「フィオナ、娘の分際でこの父に意見を申すか。」
フィオナの横槍にダリウスの不機嫌そうな表情が一層曇った。
「他の重鎮達がお父様に怯えて物を申せないからこそ娘である私が申しているのです。」
その場の空気をあえて読まず恐れずにフィオナは言い放った。
「フィオナ、父上に向かって失礼であろう!お前は黙っていろ!」
ダリウスの長男、フィオナの兄アイザックが妹に言い放った。
「この場は現状をどう打開するか検討しあう場ではありませんでしたか?ならば集まった皆が忌憚なく意見を述べるのが筋というものでありましょう。」
「ぐっ……。」
自分のの制止を正論で跳ねのけられこれ以上言葉が続かなかったアイザックはバツが悪そうに黙り込んだ。
「ふふっ……、生意気な娘よ。ならばお前の意見を聞こうか。思う丈を申してみよ。」
ダリウスはそう言って右手で軽く合するとサグムはそのまま部屋の外へと連行されていった。
対策案は聞くが自らが出した命は取り下げないという意味だった。
フィオナはそのまま続けた。
「噂では隣国のヘルタベルンでは旱魃による被害を一切受けておらず、むしろ豊作だそうです。そこでどうでしょう、ヘルタベルンに交渉して食料を売ってもらうというのは?物価も高騰しており隣国でも備蓄分は確保しておきたい所でしょうから値は張るでしょうが、もしよろしければ私が交渉人としてヘルタベルンに……。」
「却下だ!!」
フィオナが言い終える前に怒りに震えたダリウスに制止された。
驚きの表情で何故だと言わんばかりのフィオナを無視してダリウスは続けた。
「何故我らトリステンがあのような下級貴族に頭を下げねばならんのだ!お前はお前の母があの忌々しいヘルタベルンの女騎士に殺された事を忘れたのか!」
ダリウスは頭に血が上ってフィオナを怒鳴りつけた。しかしフィオナは恐れず発言する。
「あれは我がトリステンの無謀な領土拡大が原因では?当時のトリステンは食料も資源も豊富だったと聞き及びます。必要に迫られて起こした戦争ではなかったように思われます。それにお母様はヘルタベルンの騎士との公正な一騎打ちの末敗れたと聞いております。」
「もうよい!お前はこの父はおろかトリステンをも否定するか!衛兵よ、この小娘を国家反逆罪として牢に放り込んでおけ!、沙汰はヘルタベルンより戻り次第出す!」
「ヘルタベルンより戻り次第って……お父様……まさか……。」
衛兵に取り押さえられたフフィオナは絶望にも近い表情を父に向けた。
「フフフ……お前の意見も一理ある。ヘルタベルンから食料を融通すれば良いのだな。だがしかし奴らに一リクルとて支払う必要など無いがな。」
ダリウスの表情に悪意が満ちていた。
「お父様!おやめくださいっお父様ーっ!!」
両脇を抱えられ引きずるように連行されていくフィオナの悲痛な叫びにも似た制止の声が遠ざかって行った。




