第十二話 メルトの戦い
崖の上に一列横帯で突如出現した伏兵にオーレン軍は動揺した。
高低差のためにほぼ歩兵であるオーレン軍は剣が届かず、成すすべがなかったからだ。
そしてその伏兵たちは奇妙な鉄の筒の様な武具を装備している。未知のものに対する恐怖心に本能が警笛を鳴らすかの様だった。
伏兵が突如出現してからものの五秒経ったか経たないか。その号令はその場一帯にこだました。
「銃士隊、構えっ!!」
千もの銃口がオーレン軍に向けられた。次の瞬間
「撃てぇー!!!!」
目の前に轟雷が落ちたかの如き破裂音が鳴り響く。
号令をかけたのはラスター。イザークから銃士隊隊長代理に抜擢された青年だった。
銃口から放たれた弾丸はいとも容易くオーレン軍のフルプレート鎧を貫いた。
その威力は百メートル先の的をはじけ飛ばす威力である。その鉄砲を十メートル前後の至近距離でその身に受けたのである。密集し蛇のように伸び切った隊列の真横から豪雨の様に浴びせかけられたのだ。
その一発でオーレン兵の体をそのまま貫通し、その後ろの兵まで殺傷する威力であった。
「ぐあああああああああああああああああ!!!!」
オーレン兵の悲鳴がこだまする。
成すすべなくオーレン軍は血煙を上げ次々と倒れていった。
銃士隊の鉄砲は戦国時代の種子島とは違い、現代でいうボルトアクション風の造りになっており、単発ライフルではあるが弾込めの際銃口から火薬を注ぎ入れる様な手間がかからない。
5秒もあれば装填が完了する。
しかも銃士隊は左右に五百名づつ一列横帯で整列しているが、二人一組でバディを組んでおり、まず第一射を左の者が。そして弾込めをしてる間に続く第二射を右の者が撃つという戦法を用いて絶え間なく銃弾が敵に襲い掛かる。
あっという間にヘルタベルン軍を追い立ててきた道がオーレン軍の死体で埋め尽くされていった。
地獄ともいうべき惨状をラヴァネリ将軍はただただ傍観するより他なかった。
我に返って怒りを込め前方のビランに視線を送ると、そこには千を超す歩兵隊が道を塞いでいた。
ビランがその先頭に立つ白馬に乗った美しい女騎士に馬を寄せ、言葉をかけた。
「まさかここまで上手くいくとは思ってなかったぜ、義姉さん。」
その言葉を受けた女騎士は口元を綻ばせた。
「流石はイザークちゃんね。どうやらあの子には最初の会議の時からこの絵が見えていたという事ねぇ。」
「全くだ、わざと負けそうな演技をしてあのラヴァネリとかいうクソ偉そうな騎士に追いかけられてるときも笑いを堪えるのが大変だったぜ、ガハハハ!」
そう言いながらニヤけた表情でビランがラヴァネリを見やった。
「き……貴様あああああぁぁぁぁっ!!!!」
いいように手玉に取られ多くの部下を失ったラヴァネリは怒りに任せてビランと女騎士に向かって突進した。
その瞬間、風のように白馬の女騎士は距離を詰めラヴァネリの首は宙を舞っていた。
「きさま……が……疾風の……エリーザ……!?」
頭と胴を切り離され、宙を舞いながら頭だけになったラヴァネリがつぶやいた。
ラヴァネリは口端だけをわずかに上げ、振り返りもせず敵陣に消えていくエリーザを数瞬見送りこと切れた。
オーレン軍の半数以上が銃弾に倒れ、混乱しきった状態であり、あとはまさに蹂躙であった。
――ラヴァネリ将軍の戦死、軍の大半を失ったとの報告を受け、ロジンは即全軍撤退の指示を出した。オーレン軍の士気は既に下限まで落ちきり、そこに軍律などは皆無であった。
それぞれがほうぼうの体で、鎧すら脱ぎすてて脱兎の如く逃げまどった。
数時間後、敵兵の遺体を処理し、カリン村付近でヘルタベルン軍は野営の準備にかかった。
夜になり、兵たちには十分な食事と勝利を祝し酒が振舞われた。
将兵の陣幕でも細やかな宴が催されていた。
「敵軍の戦死者四千以上。それに対しこちらの損害は戦死者六名、重軽傷者三十八名。此度のイザーク様の手腕、誠にもって見事というほかございませんな。」
「いやぁ見直したぜイザーク!まさかここまでお前の策がハマるとは俺も正直思ってなかったぜ!」
モンテスタとビランが酒を呷りながらイザークを称賛していた。
「いや、この合戦の功績はほぼビラン叔父さんにあるよ。この戦法は【釣り野伏せ】って言って、まず少数で敵軍に立ち向かい敵をいかに味方陣深くまでおびき寄せられるかが肝なんだ。釣り役には死をも厭わない勇気をもった人間じゃないと務まらないんだよ。」
実際釣り野伏せは釣り役に大きな負担を課す戦法であった。故にイザークは心からそう思う。
「まぁ怖い物知らずの無鉄砲な父さんには適任だったって事だね。」
ラースが憎まれ口を自分の父親にたたいた。
「お前父親にむかってその口の利き方は……。あー、まぁラース、今回の銃士隊の指揮、お前にしちゃ上出来だったわ。ポンコツだとばかり思って半ば諦めてたが銃士隊はお前向きなのかもな!」
「ポンコツは余計だ!俺だってやる時はやるさっ……!」
愛嬌のある親子喧嘩に周りから笑いがこぼれた。
「しかしこの作戦、初めにイザーク様から聞いた時は無謀な作戦としか思えませんでしたが、エリーザ様は何故この策を全面的に支持なさったのですか?」
作戦軍議直後から胸の内に秘めていた思いをコーリンがエリーザに問いかけた。
「んん~?まぁ、一言で言うなら勘……かな?」
陣幕の天井に視線を送りながらエリーザが飄々と答えた。
「チッ義姉さんの勘は当たるからな……。まぁそういう俺も半信半疑だったが、もう半分は義姉さんの勘に賭けたってのがあるからな。」
「言っとくけど、俺は一か八かの賭けに命を賭けたりはしないから!あそこの地形、銃士隊、先鋒の人選、後詰の能力、全てを考慮して百パーセントに近い算段で提案したつもりだけど?」
「ホントに?もしホントにそうだとしたら……。イザークって……スゴイ奴!?」
ラースが真剣な目で問いかけてくるのでイザークは視線を泳がし付け加えた。
「あぁ……まぁ一つ問題があったとすれば……ラースがタイミング良く指揮できるかどうか……。」
「イザークまでなんだよっ!!君まで俺の事ポンコツだと思ってたのかい!?」
陣幕の中に笑いが起こり夜は更けていった。




