第十一話 オーレン侵攻
ヘルタベルン領にて鉄砲隊が編成されてから二週間がたっていた。
イザークはこの隊を銃士隊と名付け、ラスターをその隊長代理に任命した。
臆病な性格のラスターは遠距離戦向けで潜伏からの奇襲作戦にも向いてると思ったし、元々弓の名手でもあったので、適任だと判断したためだ。
聖地の学園をアシュレイが卒業すればアシュレイに隊長を任せるつもりであった。
ラスターには副隊長としてその慎重すぎる性格でアシュレイが暴走した際の楔としても適任であると思っていた。これにはクラウスをはじめ、ラスターの父ビランや他の者たちも賛成していた。
鍛冶職人にも数か月前から百人の鍛冶職人にそれぞれ見習いの適正者を三人づつ付け、鉄砲の製造を続けてきていた。その成果もあり千丁もの鉄砲を用意することに成功していた。
魔石の在庫はまだ残っていたが、残りは新規に造るよりメンテナンス用のスペアとして確保していた。
そうして銃士隊が形になった夏の七月末、伝令からの急報がヘルタベルン領主屋敷にもたらされた。
「東の隣国オーレンが我が領内に侵攻!南東の集落が襲われ略奪されている由にございます!」
「愚かな……、可能性はあると思い最悪に備え準備は進めていたがまさか本当に攻め込んでくるとは。」
クラウスの表情が曇る。
「して、敵軍の数は?」
伝令兵は口を真一文字につぐみ、一拍置おいて答えた。
「斥候からの報告によると敵兵の数、およそ七千!敵軍はそのほとんどが正規兵だとの事です。」
会議室にどよめきが走った。
「七千だと!?我らの三倍近い数ではないか……。しかも敵方はほぼ正規兵。比べてこちらは五分の四が民兵……。あまりにも戦力差がありすぎる。」
「皆、どの様にすべきか考えのあるものはいるか?」
クラウスの問いにビランが即座に応じる。
「正面からぶつかるのみよ!俺とエリーザの義姉さんがいりゃ怖いもんなんてねぇ。ヘルタベルンの騎士の強さを見せつけてやるだけよっ!」
「エリーザ様とビラン殿といえど、七千を相手にするのは無謀というほかありますまい。ここは籠城してスターク王国に援軍の要請を出されるのがよろしいかと。」
「私もそれがよろしいかと存じます。」
ビランが威勢よくまくしたてたがそれをモンテスタが制し、コーリンもそれに賛同した。
「スタークが援軍に応じる根拠がどこにある?来るかどうかも分からねぇ援軍を待っていつまで持ちこたえられるってんだ?やつらはその間に我らの領内を刈田狼藉して食い散らかすだろうぜ!?略奪し尽くしたやつらは大手を振って帰国するだろうさ。そしたらもう手の出しようがねえ。なんせ三倍の兵力で自国に立てこもられるんだからな!」
部屋には重い空気が立ち込めていた。
ふとクラウスが妻エリーザに問いかけた。
「エリーザ、君はどうすれば良いと思う?」
いままで沈黙を保っていたヘルタベルンの軍事面での最高責任者エリーザが口を開いた。
「私は個人的にイザークちゃんの意見を聞いてみたいわね。さっきから領内の地図を見つめて黙ってるけど、その目は死んでいない。あきらめた者の目ではないわ。」
「ではイザーク、何か考えがあればお前の意見を忌憚なく述べてくれ。」
クラウスに促され、イザークは地図に落とした視線を上げ皆を見渡す。
「兵力差的に正面からぶつかるのは愚策だと思う。かといって籠城は敵の思う壺だ。ならばどうするか。正面からぶつからず、これ以上の略奪をさせずに敵を完膚なきまでに叩きのめせばいい。」
「はぁ?正面からぶつからずにどうやって叩きのめすんだよ?」
「もしや兵を小出しにしてゲリラ戦に持ち込むおつもりですか?それこそじり貧でしょう。」
ビランとコーリンが異を唱えたがイザークは続ける。
「どちらも違う。敵はもともと兵站が枯渇した状態のいわば背水の陣。敵を追い返して逆に籠城させることができれば長くはもたないと思うんだ。」
「それができるのであれば今こうして意見が割れることもないのだ。イザークもう少し現実的な意見はないのか?」
クラウスがため息交じりにイザークをいさめたが、イザークは改めて皆に言った。
「できるよ。まずこの地図を見てくれ――。」
皆の視線がテーブルの地図に落ちた。
◇
ヘルタベルン南東の集落カリン村――――。
東の隣国ロジン=オーレン率いる七千の軍勢がこの集落の外れで野営していた。
カリン村はすでに略奪の限りを尽くされ家々は焼かれ今だ燃え盛っていた。
野営地の中央に一回り大きいテントが張られている。オーレン軍の本陣である。
中では貴族とフルプレートの騎士が酒を呷って談笑していた。
「やはり弱小のヘルタベルンなど相手にもならんな。そもそも出兵してこれる程の兵がいるのかもあやしいものだ。」
ひときわ豪華なローブに締まりのないぜい肉だらけの身を包んだ貴族、オーレンの領主にしてこの軍の総大将ロジン=オーレンが酒を呷った。
「左様で。このまま進軍の方向で進めたいと思っておりますが、よろしいですか?」
ロジンの横で酒を飲みながら今後の確認を伺っているのが将軍のラヴァネリである。
「うむ、よきにせよ。」
「はっ、次なる目的地ですがセラーデという比較的大きな街がございますので物資にも期待がもてまするな。」
「しかしこの旱魃でヘルタベルンのみ農作物の被害を受けていないとはどういうことであろうな?」
「ここカリン村では田畑は我が領地と変わらず干上がっておりましたが、各家々や村の貯蔵庫には十分な食料が備蓄されておりました。おそらく中央からの支援が行き届いてるのかと。」
「ふむ、なれば中央都市まで攻め入ればその謎も解けるというものだな。」
「左様かと思われます。セラーデまではかなり距離がありますればあと数日ここに留まり兵を休めた後、進軍いたそうかと思うておりますがよろしいですか?」
「分かった。そう急がずともヤツらに準備する戦力などありはすまい。一切を任せる。」
「畏まりました。」
数日後、オーレン軍は東の国境から第二の街セラーデに向けて進軍した。
カレン村からセラーデに向かうにはメルトの森という森林地帯を進まなければならない。
メルトの森は道幅が狭く幅十メートルほどで両端は三メートル程高くなっており、曲がりくねった窪地を進まなければならず、大人数が移動するには効率が悪かった。
このメルトの森のセラーデ側から少し入った所にヘルタベルン軍先鋒隊百人がはすでに布陣を終えていた。
先鋒隊の先頭に立っているのは勇猛で好戦的な男ビランである。
「本当に先に付けたな、イザークの言った通りだ。」
ビランの後ろから小隊長らしき男が声をかける。
「しかしいくら道幅が狭いとはいえ、我ら百名程度で足止めできるのでしょうか?」
小隊長らしき男の問いにビランは苦笑いで答えた。
「どうにかするしかねぇだろ。ま、ヤバくなったらとっとと後退しろって言われてるから心配するな。ここは無理するところじゃねぇ。」
二時間後、敵の先陣がビランの視界に入った。
「ビビんじゃねえぞお前ら!このビラン様の日頃のしごきにくらべたらこんなもん屁でもねえ!」
「おおおおお!!」
ビランの先鋒隊が勢いよくオーレン軍の先頭に噛みついた。
その一報は即座に後方のロジンにまで伝わった。
「何?ヘルタベルン軍の待ち伏せだと?数は?
「はっ、ビランを先頭におよそ百程!」
伝令の報告を聞いたロジンは高々と笑いヘルタベルンを罵った。
「ふははははっ!百だと?ワシが思った以上にヘルタベルンは貧弱だったようだ!」
そういってロジンは側に控えるラヴァネリに命令した。
「ラヴァネリよ、武勲を立ててくるとよい、今のビランの首、稲穂を刈り取るよりも簡単ぞ!」
「はっ!!」
短い返事とともにラヴァネリは馬を走らせ先陣に向かって突っ走った。
一方最前線ではビラン率いる先鋒隊が奮戦していた。
「ビラン様っこれではいくら斬ってもきりがありません!」
「泣き言なんざ聞きたくねえな!地の利は俺たちにある、つべこべ言わず剣を振れぃ!!」
ビラン達の奮戦は続いたがいかんせん数に差がありすぎる。
次第に先鋒隊はジリジリと押し込まれつつあった。そこに馬で迫りくる騎影が一つ。
ラヴァネリである。
「者共何をしておる!敵はたった百であるぞっ!それに対しこちらは七千!何を恐れる事があろうかっ!!」
ラヴァネリの叱咤に前線の兵の目の色が変わった。
将軍の登場に士気が最高潮に達したオーレン軍が津波のようにヘルタベルン軍に襲い掛かってきた。
「ちぃっ!コイツはいけねぇ、者共、一旦引いて立て直すぞ!!」
ビラルの号令に他の兵士は即座に反応し、反転して撤退を始めた。
しかしラヴァネリの追撃は速度を落とさない。馬で追いすがりビランに白刃を浴びせかけた。
馬上でビランとラヴァネリの剣が交錯する。バランスを崩すことなく三合、五合と斬撃を合わせながらビランは撤退を続けた。
互いの斬撃は二十合を数えようとしていた。
「逃げても無駄だ!もうお前に勝ち目はない、おとなしくあの世へ行けぃ!!」
追いすがるラヴァネリにビランがニヤリとした笑みを浮かべ言い放つ。
「それはこっちのセリフだぜ。あの世に行くのはお前なんだよ。」
ビランの表情にハッとしたラヴァネリは周囲の違和感をおぼえた。十メートル程後ろに走ってついてくる味方先陣。目の前にはビラン率いる敵先兵。先ほどと何も変わらないはずの光景だったがラヴァネリは自分の全身の肌が泡立っているのに気付いた。
そしてその瞬間、何者かの号令と共に三メートル程の崖になっている道沿いの茂み両側から各五百、合わせて千の敵兵が姿を現したのだ。
伏兵であった、ラヴァネリはこの時、自分達は敵兵を追い詰めたのではなく誘い込まれたのだと直感した。しかし一瞬の混乱をラヴァネリは振り払う。
「ちぃっ、伏兵か!?者ども混乱するでない!何を恐れる事がある、伏兵と言えどたかが千人、しかも弓兵ですらないぞ、かまわず打ち滅ぼすのだ!!」
「弓兵ならどれ程よかったか思い知るだろうよ。」
ビランの哀れみを含んだ声にラヴァネリは何故か戦慄を思えたのだった。
後にイザーク=ヘルタベルンという人物を世に知らしめたメルトの戦いと呼ばれる蹂躙劇であった。




