第十話 大旱魃
屋敷の一室にはヘルタベルン家の主要人物達が一同に会していた。
大きなテーブルの上座にクラウス。クラウスの左手からエリーザ、イザーク、アリーゼ。
右手にはビラン、ラスター、モンテスタ、コーリンと分家、家臣団が連座していた。
「それでは直近の近隣諸国の状況報告を頼む。」
クラウスが会議の口火を切ると最年長であり重臣であるモンテスタが応じた。
「は、ここ八か月というものスターク連邦一帯で起こっている大旱魃についてですが、周辺各国で甚大な被害が出ておる由にございます。」
「今年に入ってからの収穫物はほぼ無く、食料の備蓄も尽き物の値段が高騰し、餓死者が多数出ておる様です。」
「大旱魃!?俺が巡察した限りではヘルタベルンの田畑は問題なく育っていて、今年は豊作が期待できると思っていたが……。」
モンテスタの報告にイザークが疑問を呈したが、その疑問はエリーザの言によって即座に解決することとなった。
「イザークちゃんは月のほとんどを迷宮とやらで過ごしているでしょう。その間もここヘルタベルンでも雨は1日も降ってはいないのですよ。幸い農作物に関してはイザークちゃんの農地改革と、何より地下水脈を利用した大規模な用水路のおかげで被害を回避できてますけどね。」
「兄様の用水路はすごいです!あんな設備思いついても実際にそれを具現化できる技術と知識なんてどこの国の人間ももってませんもの!」
アリーゼのイザークへの称賛に他の物も同意する。
「左様、我がヘルタベルンでは用水路のおかげで被害は出ておりませぬが、他国は違います。自国のみでは気づきにくいのも無理はありませぬな。」
「ガハハ!流石はワシの甥よ!」
「イザーク様の知恵、まさに端倪すべからざると言った所でしょう。」
モンテスタの言にビランとコーリンが続いた。
一斉に自分への称賛を受け、どこかムズがゆくなったイザークはスルーして話を進めた。
「ヘルタベルンに被害が出ていないのならば何の問題があるのだろう?今日ここに皆が集まった意図は何ですか父さん?」
イザークのもっともな疑問にクラウスが答える。
「それはモンテスタから話してもらうとしよう。」
「は、スターク連邦に属する周辺各国に放った斥候からの報告によりますと、各国の被害は深刻で一刻を争う状況だとの事です。そして各国が大旱魃による悪影響を一切受けていないヘルタベルンに目を付けたとの事。」
「目を付けたとは?」
イザークの問いに深刻な表情で一拍をおきモンテスタは答えた。
「東の隣国オーレン家、西の隣国トリステン家がここヘルタベルンへ侵攻の動きを見せました。理由は明白、我が領地での略奪といったところでしょう。」
「自領の物資が枯渇しているからといって他領から略奪するというのか!?」
「そもそもスターク連邦って国は個々の小国の集まり、国の成り立ちからして元々盟主スターク以外の貴族間のつながりは希薄なのさ。兄上どうする、俺は徹底抗戦しか道はないと思うが?」
ビランの提案にクラウスは頭を悩ませた。
「とはいっても我らヘルタベルンには隣国に比べ兵力が小さすぎる。どうしたものか……。」
「モンテスタ、今現在のヘルタベルンの兵力はいかほどですか?」
「は、常備軍として備えている精鋭が五百、領内からの募兵でさらに二千といったところでしょう。」
エリーザの問いにモンテスタが簡潔に具体数を挙げた。
室内に重い沈黙が広がった。
戦闘経験のある兵はたた五百名、それに加え戦闘未経験の民兵が二千……。この部屋にいる誰もがまともに戦える数ではないと結論づけていた。一人を除いて――。
「二千五百か……うん、悪くない。」
誰もがうつむき重い表情を浮かべる中、イザークの瞳だけに光が宿っていた。
「悪くないだって?ここ十数年内に起こった内戦で五千の兵力を下回った国は無いというのにかい?」
イザークよりも三つ年長の従兄ラスターが顔を青くしてイザークに問いかけた。
「ああ、二千五百はそんなに悪くない。そもそもこの世界では一般兵の数よりも騎士の力量が重要だ。幸いうちには頼れる騎士伯、母さんがいるし、俺もいる。」
「そりゃエリーザ叔母様はレベル50の化け……っと失礼、剣豪だけど、君はついこないだまで病気で外もろくに出歩けなかった身だろう?どう考えたって叔母上と同列には……。しかも君は属性魔法すら扱えないというじゃないか、いったいどうやって戦うっていうんだい?」
「イザークちゃんの力量についてはこの私と領主クラウスが認めるところよ、安心してもらっていいわ。」
イザークの能力の詳細を知らないラスターの不安はもっともであったが、それをエリーザが担保してくれた。エリーザとクラウスにそう断言されてはラスターの出る幕はなかった。
「何か考えがあるのね、イザークちゃん?」
「ええ、敵国の取ると思われるいくつかのパターンに対応できうる最低限の数はクリアできているかと。」
エリーザの問いに力強くイザークが答えた。
「ならば今作戦の参謀をイザークお前に任命する。よきように計らってくれ。」
「わかりました父上。では早速取り掛かります。」
――屋敷から五百メートルほど離れた林を切り開いた広場がある。
そこにクラウス、エリーザ、ビランを除いた五名がいる。
程なくしてビランが募兵した民兵の内千人を引き連れてやってきた。
「イザーク、言われた通り募兵した中から振るいにかけて脱落した者だけ集めてきたぜ。」
「脱落者を集めるとはイザーク様、どの様になさるおつもりですか?」
不安げにコーリンがイザークに問いかけた。
「脱落者って……。ただ二千人の中からより戦闘向きの人材を千人選抜してもらって、残った人達を連れてきてくれと頼んだだけだよ。」
ビランを含めイザークを除いた五人が頭を傾げていると街の方角から荷車数台に何やら物資を大量に
載せた鍛冶屋の集団がやってきた。
「イザークの旦那、頼まれてたブツ持ってきましたぜ。」
「ありがとう頭領、助かるよ。そこに並べてくれ。」
「イザーク様、これは……?」
イザークは並べられた荷車に歩み寄り、荷に掛けられた筵を勢いよく引っぺがした。
荷車から姿を現したのは鉄と木でできた細長い道具だった。
先端から真ん中にかけて鉄で出来た筒状の形をしており、おそらく持ち手であろう部分が木製であるごく簡単な作りの物である。
イザークはおもむろにその中の一本を手に取り、木箱に入った大量の小さい鉛の球体を持ち手付近に施された穴に入れ、蓋を閉じた。
「皆の物よく来てくれた。私がこれからすることをよく見ていてくれ。」
イザークはそう言うと百メートルほど離れた位置に立てられた木でできた弓用の的に向かってかまえをとる。
皆が何事かと目を凝らした瞬間
「パアアアアアアアン!!」
先端の筒から火を噴き出し次の瞬間、百メートル先の木製の的がはじけ飛んだ。
イザーク以外の四人と千人が目を丸くし驚いた。
中にはラスターをはじめ驚いた拍子に尻餅をつくものまでいる。
「コイツはすげえ……。」
ビランが息を飲んだ。
「これを鉄砲という。弓よりも簡単に扱え、より殺傷力がある。これであればフルプレートの鎧でさえ貫く事が可能だ。これからこの鉄砲の扱いを指南するから各自順番に扱いに慣れてくれ。」
そうして荷車とともに来た鍛冶職人数十人によって鉄砲のレクチャーが始まった。
少し離れた所で民兵の射撃訓練を眺めながら五人が話している。
「これがあれば戦闘経験の無い民兵でも正規軍並みの働きができる。もちろん限定的ではあるけどね。しかし使い処さえ見極めれば大きな火力となるはずなんだ。」
「まさに……。しかしイザーク様、いつからこの様な武器の準備を?」
モンテスタの疑問はもっともだった。預言者でもない限り周辺諸国の内情を知らないイザークがこのような物を準備できるはずがない。そもそもこの鉄砲という物の存在をこの世界の住人は知らない。
未知の武具であり、殺傷力が高く素人でも簡単に扱える物を創造したという点だけでもモンテスタや他の面々からすれば驚愕に値した。
もちろんこれはイザークの前世での知識からくるものだが、それをいとも簡単にこの世界で再現するには相当の専門知識が必要である。
イザークにそのような専門知識は無かった。しかしそれを可能にする前世にはない物がこの異世界には存在したのだ。
「領内の人員整理をしたときさ。農作物以外にも狩猟での収穫が見込めないかって思ってね。後は素材も余ってたし、鍛冶職人の育成も兼ねてもしもの時の用心でかなりの数を造ったのが当たっただけの事さ。」
「この鉄砲、造り自体はごく簡単な仕組みなんだ。鉄製の筒の内側に螺旋状の溝を彫る。木製の持ち手の付け根に指で起動するトリガーを作る。それだけさ。」
「たったそれだけの仕組みでどうやってあれ程の威力の弾が飛んでいくのですか?」
「その秘密はこれさ。」
イザークは腰袋から紫色に鈍い光を放つ小さな石を取り出した。
「これは……魔石!?」
「そう、魔石。これを使う事でほんの少し魔力を送るだけで起爆装置になるんだ。それを密閉された小さな空間で着火させる事で勢いよく弾が飛んでいくってだけの仕組みさ。」
「なるほど、それくらいなら魔法適正の低い素人でも扱いは簡単だな。――しかし、その魔石を大量に用意するってのが一番厄介な問題なんだけどな?」
不審そうにビランがイザークを見やる。
「はは、それはその……秘密だ。」
かくしてイザークの手腕によってヘルタベルン家の戦力に一筋の光明が見えたのだった。




