10.初めて見る懐かしき場所
連隊の到着によって騒動は鎮圧の方向に向かっていた。弾幕が飛び交う。ダスクが羽根を打たれ、バランスを失って落下していく所を撃ち抜かれる。それらは地面につく前に塵となって霧散した。まるで、黒い雨のように。
追い討ちを掛けられる形となったダスクは徐々に数を減らし、霧散していく。隊長の低い号令が響く頃には、絵具を広げたような空へと戻っていた。
原因が排されただけで事態全てが収束した訳ではない。
怪我人の治療に壊された露店の修繕。大方は駆け付けた連隊が手配してくれるだろうが、軽傷者を診たり応急処置を施すのはアラムの役目だ。
街の大きな病院までの担架も馬車も限られている。車なんて富裕層が乗るものだ。
今回は負傷者が少なくて助かった。馬車も一台で事足りそうだ。
「はい。これで大丈夫」
半分以上減った消毒液を鞄にしまう。少年は腕に巻かれた包帯を見て、ありがとう、と目に涙を溜めながら笑い、母親の元へと足早に駆けて行った。
マークが紙袋を片手に現れる。彼は私が患者を診ている間、軽い瓦礫の撤去をしていた。黒シャツにサスペンダー。流石に白スーツは汚れが目立つので脱いだらしい。
「首尾はどうだ、アラム」
「今の子で最後。店が賑わう時間帯にしては、怪我人が少なくて良かった」
擦傷打撲等の軽傷者は15名、骨折や頭部損傷の重傷者は2名。迎撃連隊の人々が医療品を持ってきてくれたおかげで持参した応急道具が不足することはなく、人手もあった為、手際良く処置に当たれたことが幸いだ。何より怪我人の数が思ったより少なくて良かったと思う。とはいえ、怪我人の一通りを診終えた頃には手元の懐中時計が既に4時半より少し前を指していた。
一息ついた時、マークが横からパンを差し出してくる。
「バザーの売り物だったそうだが、駄目になる前に配ってくれているんだ。これは先程から駆け回ってるお嬢さんにと」
「…ありがとう。お嬢さんなんて呼ばれる歳じゃないんだけどね」
「はは、いいじゃないか、小柄なんだし…」
マークに言われるとちょっと癪に触る。小柄なくらい自覚しているが、いつも石像じみた大男を伴っていては小さくないもので小さく見える。
当の石像は大きな溜息をつきながら私の横に座り込む。炎天下とは言わずとも晴れた日の下で瓦礫撤去をやっていたというのに、マークは全く汗臭くならない。本人曰く、才能の影響で汗腺が機能してないらしい。それだけはちょっと羨ましい。私も何かしらの才覚者だったら良かったのになぁと、こういうときだけ少し思ってしまう。ただ、やっぱりちょっとマークは砂埃臭い。
壊されたバザーの残骸を眺めながら一口パンをかじる。ふわふわとした香ばしい甘さが口一杯に広がった。
「一時はどうなる事かと思ったが、何とかなりそうで良かった」
「そうね。持参した銃も出番がなくて一安心」
「君が引き金を引けば負傷者が一人増えてしまう」
そんなからかい文句に、横の大男を肘で小突いた。確かに私は引き金を引いたノックバックで2度脱臼したことがある。今は反動の少ない銃を支給されているとはいえ、マークはいつまで経ってもそのことをからかってくる。とはいえアラムも本気で気にしてる訳ではない。気にしていたら銃を持ち歩かない。
視界端の少し離れた位置でロハネが傾いた露天の支柱を背に武器を抱えるようにして座り込んでいる様が目に入る。彼はどこか遠くを見ている。
手招きしてパンを分けようと思ったが、どうせ朝から何も口にしていない癖に首を横に振るに違いない。
人ではない。そう自分で言っていたのだから何も食べなくても大丈夫なんだろうが、やはり人の形をして動いている以上、杞憂だと分かっていても少し気になってしまう。
「よう、出しゃばり女」
そんな不躾な挨拶で横から現れたのは迎撃連隊長のアヤトだった。首元に淡い光を放つ花を纏っている。この男について花を纏っているのは彼自身の趣味ではない。首元の花や腕に巻き付いた茎や葉は彼の才能によるものだ。
花の才覚者。当の本人は銃撃戦での戦闘を好む為、それがどんな効能があるかは分からないが、花畑の擬人化のような外見は間違いなくこの才能に起因している。端正な顔立ちをしているのに、手入れの大雑把な髪と凶悪な表情、立ち振る舞いがそれを台無しにしていた。
彼は座り込むアラムを見下す姿勢のまま、上から言葉を投げかける。
「そこの火ダルマがアンタを追い掛けてここまで来たらしくてな。良い迷惑だ。獲物を横取りしやがって」
火ダルマ…?と、横のマークが首を傾げている。殆どのダスクを仕留めたのはそこに座ってるダブルコートの男なんだけど。
とは思ったが、今彼の事を持ち出すわけにはいかない。
「貴方達連隊が薬を持ってきてくれたお陰で怪我人に適切な処置が出来たけど、ゆっくり準備してる暇があったのならもう少し早く現場に来てくれないかな」
露骨に顔を顰められる。今にも噛み付きそうな猟犬のような表情でアヤトは唸る。
「俺ぁ偵察隊がダスクに不穏な動きを感知してた段階から睨んでいた。なのにこんな到着になっちまったのは諜報機関や師団から出動許可が下りなかったからだ。文句なら奴らに言え。俺に吠えるのはお門違いってモンだろ?あぁ?」
「それはおかしい」
言葉を挟んだのはマークだ
「諜報機関は俺が出る前から要請を送ると言っていた。なのに、何故…」
「知るかよ。…と、通信か」
アヤトは無造作に髪を掻くと、結びの言葉もなくそのまま踵を返してしまう。同時に右耳に手を当てて「さっさとしろ」だの「それでいい」だの適当な相槌を繰り返している。隊長はこういった場面、他方からの通信に追われて大変だな、と思う。アヤトは大雑把で言葉遣いも粗野だし、戦闘狂だ。野蛮といえば彼が真っ先に出てくるような性格をしているが、文句を言いながらも部隊との提携や手配はしっかり行っている。こう言う時だけ、そういえば彼は隊長だった、と思い知らされる。
「…もしかして少将が手配を誤ったのか?」
「本人に直接聞いてみたらいいじゃない」
「そんな失礼な事、俺が聞けるわけないだろう」
パンを食べ終え、マークに向き直った。
「ねぇ、リンクトークン持ってる?」
突然話題が変わり、マークは「えっ」と少し狼狽えてみせた。
「あぁ、持ってはいるが…誰にかけるつもりだ?」
「アイアスよ」
マークは怪訝な顔をしながら白スーツのポケットから小型のタブレット取り出す。
リンクトークンと呼んでいるのは、共鳴石という魔石の一種が嵌め込まれた通信機だ。形は配給されるものによって様々で、アヤトの使っていたような耳の後ろに取り付ける薄型もあれば、カナル型、マークの使う端末型もある。この共鳴石は、砕いて持ち歩く事で離れた場所でも声を届けられる魔石だ。それを加工して通信機とし、ダイアルを合わせれば多くの機器と通話出来るようになっている。
こんな便利な魔石が多種多様に存在する。だから電波機器が流行りにくいのだが、それはまた別の話。
操作して通信機を耳に当てる。小さなコール音が鳴った時、すぐに気品ある声が聞こえた。
『カリヴァンだ』
「こんにちは。私よ、中佐さん」
『あぁ、アラムか。どうしたんだい』
「今日はいつ教会に戻る?」
『いつものルーティンさ。夜の8時にはいる筈だが』
「話がしたいの。ちょっと相談事」
『珍しいね。まさか惚気話かい?』
「そんな訳ないでしょ」
アイアスは通信機の奥でカラカラと笑う。
『分かった。あえて何も聞かないでおく。待っているよ』
短く返事をして通話を切った。アイアスは中佐であり、同時に教会を持つ牧師の側面を持っている。
中佐は早い話、孤児だったらしい。生まれた時から両親がおらず、姉と野良仕事を続けて育ったが、その姉も亡くなってしまった。それから墓守の養子になり、教会の後継者になったんだとか。
そんな穏やかとは言えない身の上話を、まるで昨日の夕ご飯を思い出すように話す奴だ。伴ってきた苦労も計り知れない。ただ、かつて私が同じ境遇だったからこそ目に掛けて貰えている部分がある。
「中佐に話すのか?あの怪物の事」
「うん」
通信機を渡すと、マークはゴソゴソと白スーツのポケットを探してそれを仕舞った。
それから私はマークに、ロハネが教えてくれたことを話した。
彼の目的は大総統の殺害ではなく、あくまでも文明の存続であること。潰えた未来、その理由や自分の正体について故意に教えられなかった事。そして未来を観せる為に使われたこの世界にはない技術について。
「そうか…目的は未来を守る為…奴にとっちゃ大総統の殺害なんて手段に過ぎないんだ。でも、その手段は奴の言う未来の存続への最も近道ではあるが、秩序の崩壊は避けられない」
ううん、とマークは歯切れの悪そうに唸る。彼の視線は辺りをぼんやりと眺めているロハネに向けられた。
「しかし…機構や才能でも成し得ない『魔術』のような光…にわかには信じがたいが、俺の目を見てハッキリ言うんだ。嘘ではなさそうだ」
「始めに感じたのは夢に引き摺られる感覚。見覚えのない景色が頭の中に流れ込んできて、砂の中に壊れた建物の残骸や時計塔まで見えた。死んだ大地に吹き込む風を五感で感じたのに、どうしてか怖くなかった。あの景色を見ている時は『当たり前のものだ』と思ったの。まるで、ロハネの眼と心を通して景色を眺めているかのような…」
譫言のような話を口走っているのは分かっている。だけどマークは「そんな馬鹿な」と一蹴せずに話を聞いてくれた。彼も譫言のようで事実なのだと分かっている筈だ。現にロハネが容易くダスクを撃退した様を目を丸くして見ていた。
「4年後の出来事なら尚更、今のアルタマイルがただ何も問題を抱えていないはずがない。原因に何か心当たりがないか、他の方法はないかを相談したくて」
「済まんが、俺にも心当たりが無い。博識な中佐を尋ねるのは確かにいい判断だと思う。アラムが言うならあの方も無碍にはしないだろうからな。俺は一通りアヤト大尉を手伝ってから本部に戻る。中佐に会ったら軽く会わせたい人がいる程度には話を通しておくよ」
会議室に帽子を忘れてしまったしな…と、歯切れの悪い台詞を続ける。
「私は一旦帰る。ロハネをここに置いとけないし、コゼットが心配だから」
「構わないが、ちゃんとトークンは持ち歩いてくれよ?いざって時に連絡が付かないと困る」
「今回は仕方ない。マークだって飛び出したせいで帽子を忘れたんでしょ。それと一緒」
鞄を持って立ち上がりながら足や腕についた埃を払った。マークは返す言葉もないのか、立ち上がりながら顔の傷を軽く触っている。構わずに振り向き、軽く右手を上げた。
「それじゃ、またね」
「あぁ、また」
マークもまたアラムの半分以上はありそうな掌を同じように上げ、踵を返してアヤトの立ち去った後を追った。
背を見送ってからロハネの名を呼んだ。なのに彼は名前に反応しなかった。ずっと景色を眺めたまま上の空だ。アイウェアに街の景色が反射している。
彼に歩み寄りながら2度目の名を呼ぶ。ようやっとロハネは驚いた素振りでこちらに向いた。
「どうしたの?」
聞くと、彼は近づく私を見ながら言った。
「懐かしい。と思っていた」
「何が」
私に向けていた顔を再び街に戻す。彼は言葉を続けた。
「路地を知っていた時から感じていた。街。空。人間。鮮やかな色彩が強烈な存在感を持って迫ってくる。なのにこの胸を覆い尽くすのは新しき世界に触れる感動ではなく、懐古だ。私はこの街を知っている」
路地を知っていた?まさか私と出会う時、わざとあんな路地裏にいたとでも言うのか。
日中も陽が当たらずに薄暗く、住人なら決して入らないような建物の隙間に出来た袋小路。気紛れに吹き込んだ風が冷たい空気を運んできたから異変に気付いたものの、私だって進んであんな所に入ろうとは思わない。
思えば、確かに賑わうバザーの近くで迷っていては人に見つかっても何らおかしくはない。あんな場所で氷漬けにされた自分を人に見付からないように歩くのは、土地勘なくては為し得なかった筈だ。
彼は前を指差した。
「ここから時計塔を超え、少し歩けば水路に行き着く。東に修道院と広間。南に駅と…」
そこで言葉が一度途切れた。
「思い出すように地形が分かる。何故私は…」
僅かにその指先が震えた気がした。腕を力なく下ろし、か細い声で呟く。あぁ、自分でも分からないのだろう。初めて抱く懐古の感情が。地形を知っている不可思議な記憶が。
「…いるんじゃないの。この世界にも、貴方が」
アラムがそういった時、彼は下唇を噛み締めた。
「有り得ない。私が造られたのは今より数十年も先の話だ」
否定はかなり早かったと思う。
アイアスが彼を見たら何と言うのだろう。何も分からないからこそ今は中佐に賭けるしかない。
「帰るよ」
地の影が伸び始める時間。一帯は混乱から静けさを取り戻し始めていた。




