第八話:巨人の風圧と、極限の覚醒
背後から押し寄せる尋常ならざる殺気。 俺が慌てて振り返ったその瞬間、月光を遮るように巨大な影が立ち塞がった。
「なっ……!?」
息が詰まる。そこに立っていたのは、常軌を逸した巨体の怪物だった。 緑色の醜悪な肌は岩のように硬質に隆起し、二本のねじれた角が夜空を突き刺すように生えている。体躯は優に3メートルを超え、纏う魔力は先ほどの猪型の魔獣の比ではない。
「おいおい……嘘だろ……?」
頭の片隅で、ギルドの資料や図鑑の知識が急速に引っ張り出される。 街道沿いなどでは到底見かけない、ありえないはずの遭遇。
「オーガの亜種か……? いや、違う……角の色と魔力の密度……オーガの希少種だ!!」 「こんな奴、図鑑でしか見たことないぞ……っ!」
本来なら、この地域の周辺に出現するはずのない深部クラスの激レア魔獣。なぜこんな場所にいるのか、考える余裕すらなかった。
次の瞬間、希少種オーガの巨腕が唸りを上げて振り下ろされた。
ズドンッ!!
直撃を避けるため、咄嗟に大楯を構えて受け流そうとしたが、あまりの質量差にまともに衝撃を食らう。 激突の瞬間、拳そのものは直撃していないというのに、発生した凄まじい「拳の風圧」だけで俺の鼓膜がキーンと鳴り響き、脳髄が揺さぶられた。あまりの衝撃波に意識が白濁し、視界の端がプツリと暗転しかける。
(くそっ……! 風圧だけでこの威力かよ……ッ!)
追撃とばかりに、オーガが容赦なく二撃目の拳を叩き込んでくる。 ガツン、と凄まじい金属音が響き、俺の身体は砲弾のように後ろへと弾き飛ばされ、固い地面に激しく叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
口から生臭い血が溢れ出す。 意識が遠のく。全身の骨が軋み、レベル58の肉体でなければ、一撃で肉塊と化していただろうほどの圧倒的な暴力。 (またか……また俺は、足手まといのまま、ここで何もできずに……)
朦朧とする意識の中で、胸の奥底からドロドロとした悔しさと、生き延びたいという狂おしいほどの執念が沸騰する。
――死んでたまるか。
その魂の絶叫に呼応するように、全身の血液が逆流し、視界の奥でカチリと何かが噛み合った。 頭の芯に、あの冷徹で確かな世界の声が響く。
『――スキル「逆境の守護」が強制発動します』
その刹那。 世界が再びスローモーションへと落ち込んでいく。




