第五話:交錯する因果と、冷めた背中
ギルドでの一件以来、「あのシードが単身で上位魔獣を狩った」という噂は、瞬く間に町の冒険者たちの間で駆け巡っていた。 だが、そんな周囲のざわめきなどどこ吹く風とばかりに、俺は新調した上質な防具の感触を確かめながら、次の依頼のためにダンジョンへと続く街道を歩いていた。
一人での気楽な旅。誰の足手まといになることもなく、誰に気兼ねすることもない。 前世の理不尽な死や、酒場で浴びせられた嘲笑が、今や遠い過去のことのように思える。
しかし――因果とは皮肉なものだ。 俺が中位ダンジョンの手前にある補給拠点の街に入った時、見慣れた、だが二度と関わりたくない面々とすれ違った。
「くそっ! なんだよこのざまは……!」
苛立ちを隠せない荒々しい声が聞こえてきた。 そこにいたのは、気鋭の冒険者パーティー「暁の明星」の面々だった。だが、かつて英雄気取りで輝いていた彼らの姿は見る影もない。全員がどこか煤け、鎧には生々しい傷がつき、疲労の色を隠せずにいた。
ここで改めて、「暁の明星」のメンバーを紹介しておこう。
* 剣士・リーダー(レオン)
* スキル:『スラッシュ』『身体強化』
* 整った顔立ちだが、プライドが高く他者を見下す性格。自分こそがパーティーの主役だと思い込んでいるが、実際のところは戦術眼が乏しく、前衛の盾役がいなくなったことで前線の維持ができなくなり、焦燥感を募らせている。
* 魔法使い(アイリス)
* スキル:『火炎魔法(火魔法の上位)』
* 高い火力を持つが、自分勝手で他人に興味がない。普段は自分のネイルや容姿を気にしており、泥臭い戦闘を嫌う。前衛が崩壊したことで自分の詠唱を通す余裕がなくなり、最近は不満ばかりを漏らしている。
* 戦斧使いの戦士
* スキル:『剛腕』
* 巨体を活かしたパワフルな攻撃が得意だが、短気で力任せに突撃する癖がある。かつてはシードを「足手まとい」と嘲笑っていたが、今や自分の身を守ってくれる壁が消えたため、受けるダメージが跳ね上がり、常に全身が満身創痍。
* レンジャー(リネット)
* スキル:『遠見』
* 冷静沈着で索敵や遠距離支援を担当する。一見するとまともに見えるが、冷淡な現実主義者で、パーティーが傾き始めると真っ先に損得勘定で冷めた目を向ける厄介な気質を持つ。
――そんな、崩壊寸前の初期メンバー4人組だった。
「おい、どうすんだよレオン! このままじゃ次の階層のボスになんて勝てっこないじゃねぇか! 以前ならシードの野郎が無理やりでも敵の足を止めてたってのに……!」 ガルドが戦斧を地面に突き立て、荒々しく悪態をつく。 アイリスも爪をいじりながら、「ほんとよねー。あんな使えない荷物持ちでも、いないよりはマシだったわけ?」と不機嫌そうに吐き捨てる。 リネットは無言で弓の手入れをしているが、その表情には明らかな疲弊の色があった。
レオンは歯噛みしながら、「うるさい! あんな役立たず、いつまでも引きずるな! 俺たちの実力があれば――」と叫んだが、その声には以前のような絶対的な自信のかけらもなかった。
その時、レオンたちの視線がぴたりと止まった。 街道の脇を、一人の冒険者が通り過ぎようとしていたからだ。
上質な素材で作られた外套を纏い、背中には微かに神秘的な光を放つ重厚な大楯を背負った男――俺、シードだった。
「……は?」
レオンが間抜けな声を漏らす。 アイリスが信じられないものを見る目で目をこすり、ガルドが目を見開いた。リネットの手から弓の手入れ道具がポトリと落ちそうになる。
「お、おい……嘘だろ……?」 レオンが震える声を絞り出した。 「シード……? お前、なんでそんな良い装備をしてやがる……? 野垂れ死にしてたんじゃねぇのかよ……!」
ガルドが怒りと焦りに満ちた顔で一歩踏み出し、俺の肩を掴もうと手を伸ばしてきた。 「おい、シード! お前、まさか隠し財産でも持ってやがったのか!? だったら俺たちに――」
だが、ガルドの手が触れることはなかった。
今の俺から無意識に漏れ出しているレベル58の強烈なプレッシャーが、ガルドの足をピタリと凍りつかせたのだ。 ――重い。圧倒的な格上の威圧感に、ガルドの顔から血の気がスーッと引いていく。
俺は足を止め、面倒くさそうに首を傾げると、かつての仲間たちを冷ややかな一瞥だけで見下ろした。
「……何か用か?」
そのたった一言に含まれる冷徹な響きに、レオンたちは息を呑んだ。 かつては自分たちの後ろをついてくるだけの、気弱な「荷物持ち」だった男ではない。今の俺の瞳には、彼らを圧倒する確かな実力と自信が宿っていた。
「なっ……なんだよ、その目は……! お前、たかが大楯使いのくせに……!」 プライドを傷つけられたレオンが怒鳴ろうとしたが、恐怖で声が裏返る。
俺は彼らにそれ以上言葉をかける価値もないと判断し、ふっと鼻で笑うと、背中を向けた。
「せいぜい、仲間割れでもして足手まといにならないことだな」
「なっ……待てよシード――!」
レオンたちの情けない叫びを背中に聞きながら、俺は一歩も足を止めずにその場を通り過ぎた。 かつて俺を捨てた者たちが、今や泥沼の中で足掻いている。ざまあみろ、と思いつつも、もはや彼らは俺の人生の眼中にすらなかった。
俺は自分の道を進む。 最強の盾を携えて、この世界のてっぺんへと――。




