第四話:ざわめくギルドと、受付の彼女
太陽が傾きかけ、夕暮れのオレンジ色が冒険者ギルドの窓ガラスを赤く染める頃、俺は森から帰還した。 背中に背負った大楯には先ほどの激闘の痕跡が生々しく残っているが、不思議と足取りは軽かった。今の俺の身体には、レベル58という規格外のステータスが満ち満ちている。
ギルドの重い木製扉を押し開けると、中は帰還した冒険者たちで賑わいを見せていた。酒を酌み交わす者、今日の成果を自慢し合う者たちの喧騒を抜け、俺はまっすぐ一番奥の受付カウンターへと向かった。
カウンターの向こうで対応していたのは、このギルドの顔とも言える受付嬢――マリアだった。 眼鏡をかけた知的な美人で、普段はどんなに荒くれ者の冒険者が絡んできても涼しい顔であしらう、事務的で優秀な女性だ。俺が近づくと、彼女はいつも通りの丁寧な笑顔を向けた。
「お疲れ様です、シードさん。……あら?」
マリアの目が、俺の背中の大楯と、そして手元に差し出された「依頼達成書」の束に釘付けになった。
「森の薬草採取と、周辺の小型魔獣の討伐依頼、ですね。……あの、シードさん、これ、本当に一人で?」 「あぁ、一応な。それと、ついでに別の報告もあるんだが」
俺がそう言って、ゴトッ、とカウンターの上に無造作に置いたのは、先ほどの戦闘で手に入れた「クアドラプル・グリズリー」の巨大な魔石と、最高級の素材だった。
周囲の空気が、一瞬で凍りついたように静まり返った。 カウンターから発せられる圧倒的な魔力の波動に、近くで飲んでいた冒険者たちがピタリと動きを止める。マリアは息を呑み、眼鏡の奥の目を丸くして魔石と俺の顔を交互に見つめた。
「こ、これは……っ! 前足が4本ある……クアドラプル・グリズリーの魔石!? しかも、これほどの純度……!?」 「森の奥で不意打ちを食らってさ。なんとか撃退してきた」
マリアの声がわずかに震えている。 「い、撃退って……! この魔獣は、中位どころか、うちのギルドの上位パーティーが数人がかりでようやく挑むかどうかの危険種です! なぜ、シードさん一人が……っ!?」
その驚愕の声は、瞬く間にギルド全体へと広がった。
「おい、マジかよ……」 「あいつ、たしか『暁の明星』をクビになった大楯使いの……」 「一人でクアドラプル・グリズリーを狩ったってのか!? 嘘だろ、あの不遇スキルのシードが!?」
あちこちからざわめきと、信じられないものを見るような視線が突き刺さる。かつて「足手まとい」「荷物持ち」と嘲笑い、冷たい目を向けていた周囲の評価が、ガラリと音を立てて変わっていくのが肌で感じられた。
「騒がしいな、何事だ」
低く、しかしよく通る渋い声が響いた。 喧騒を割るようにしてカウンターの脇の扉から現れたのは、この冒険者ギルドの長――ギルド長・バルトロだった。 歴戦の勇士であることを思わせる隻眼の巨漢で、普段は奥の部屋にこもりきりの男だ。そのバルトロが、鋭い視線をギルド内に走らせ、やがてじっと俺の姿を見据えた。
「おい、小僧。お前がこれを一人で持ち帰ったのか?」 「ああ、そうですけど」
怯むことなくバルトロの視線を真正面から受け止める。レベル58の身体が放つ無意識のプレッシャーに、バルトロの片目がわずかに見開かれた。
バルトロはカウンターの上の魔石に触れ、その莫大な魔力を確かめると、ふっと満足そうな、そしてどこか値踏みするような笑みを浮かべた。
「はっ、面白い! 『不遇の盾』なんて呼ばれていたお前が、まさかこんな化け物を一人で屠るとはな!」 バルトロの声量に、ギルド内が再び静まり返る。 「マリア、この素材の査定と買い取りを最優先で進めろ。特級の報酬を出してやれ!」 「は、はいっ!」
慌てふためきながらもテキパキと処理を始めるマリアの横で、バルトロは俺の肩にずっしりと重い手拍子を置いた。 「おい、シード。お前、いつの間にそんな化け物じみた力を手に入れた? まあ、詮索は野暮というものか。……だが、我がギルドにとって、お前のような腕利きは喉から手が出るほど欲しい。どうだ、新しいパーティーを組む気はないか?」
ギルド長の突然のスカウトの言葉に、周囲の冒険者たちが息を呑む音が聞こえた。 しかし、俺の心は微塵も揺るがなかった。
「断るよ、ギルド長。俺は当面、気楽な一人旅でいくつもりなんでね」
バルトロは呆れたように片手を上げ、やがて豪快に笑った。 「はっ! そうかよ、振られたもんだ。だが、覚えておけ。お前のような男を、周囲がいつまでも放っておくわけがない。せいぜい、その盾で足元をしっかり固めておくんだな」
カウンターに積み上げられていく金貨の山を眺めながら、俺は静かに頷いた。 ざまあみろ、これが俺の第一歩だ。元パーティーの面々が知ったら、どんな顔をするだろうか――そんな想像を浮かべながら、俺はギルドを後にした。




