第三話:反撃の鉄槌と、覚醒の果て
世界が静まり返ったような錯覚の中、研ぎ澄まされた俺の視覚は、4本足の魔獣が放つ全ての動きを完全に捉えていた。
(遅い……!)
あれほど圧倒的だった巨体の突進が、今はまるで止まっているかのように遅く感じる。 魔獣が残りの前足を振り上げ、渾身の一撃を叩き込もうと踏み込んだその瞬間。ほんの一瞬だけ生じた、四肢の重心の揺らぎ――そこが最大の死角だった。
「もらった……!」
恐怖はすでに消え失せ、代わりに全身を熱い血潮が駆け巡る。 俺は膝をついた状態から一気に爆発的な踏み込みを見せ、これまでの「ただ受けるだけ」の防御ではない、全身の体重と魂の全てを乗せた『シールドバッシュ』を放った。
ガァンッ!! と、これまでの比ではない凄まじい金属音が森中に響き渡る。
いや、それはもはや盾で受け止める音ではない。 俺が大楯の重みと『逆境の守護』によって引き上げられた身体強化の出力を乗せ、魔獣の胴体へと叩きつけた「物理的暴力」の爆発音だった。
「吹き飛べぇぇぇぇぇ――ッ!!」
『シールドバッシュ』のスキルが、不遇な一般スキルの枠を完全に超越する。 魔獣の分厚い皮膚と筋肉の壁を無視するかのように、強烈な衝撃波がその巨体を文字通り弾き飛ばした。
ズゴゴゴゴッ……!
4本足の魔獣の巨体が、まるで砲弾のように5メートルほど宙を舞い、そのまま背後の巨大な古木へと激しく叩きつけられた。 木がバキバキと音を立てて大きくしなり、周囲の葉が雨のようにハラハラと舞い散る。魔獣はそのままぐったりと地面に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
荒い息を吐き出しながら、俺はその場に両手をついた。 全身の筋肉が悲鳴を上げ、握りしめていた大楯の表面からは、熱を持った微かに煙のようなものが立ち上っている。 勝ったのか? いや、それどころの騒ぎではなかった。
目の前に、突如として鮮烈な光を放つ半透明のウィンドウが浮かび上がったのだ。
『討伐完了:クアドラプル・グリズリー(上位個体)』 『経験値を取得しました』 『レベルが上昇しました』 『レベル18 → レベル58に上がりました』
「……じ、じゅうから、ごじゅうはち……!?」
思わず自分の耳を、いや、目の前のステータス表示を二度見した。 レベルが18から58へ。たった一撃の戦闘で、40ものレベルが跳ね上がっている。 元パーティーの面々が何日もかけて、命がけでダンジョンを攻略してようやく得られるような経験値を、俺はたった一回のカウンターで、しかも一人で叩き出してしまったらしい。
全身を巡る魔力がみるみるうちに活性化し、先ほどまでボロボロだった肉体がみるみるうちに癒やされていく。 これが、高レベル帯に達した者の身体能力――!
トプン、と、倒れた魔獣の胴体から、淡い光を放つ魔石と上質な素材がこぼれ落ちるのが見えた。 それを呆然と眺めながら、俺は自分の両手を握り締める。
「……ふざけやがって」
酒場で浴びせられた言葉が、脳裏をよぎる。 「足手まとい」「荷物持ち」「不遇スキル」 ざまあみろ、と言葉にならない笑みが込み上げてきた。 俺の『シールドバッシュ』は、ただの防御スキルなんかじゃない。全ての敵を薙ぎ払い、吹き飛ばすための――最強の矛だ。
薄暗い森の木漏れ日が、急に明るくなったような気がした。 最底辺から突き落とされた男の、世界をひっくり返す反撃の物語が、今、ここから始まる。




