第一話:追放の宣告と、冷たい日常
「お前には辞めてもらう」
頭の奥がズキズキと痛む中で聞いたその声は、驚くほど軽く、そして残酷だった。 ゆっくりと瞼を持ち上げると、視界にぼんやりと酒場の天井が映る。木造の梁、燻された壁、そして鼻をつくエールの発酵した臭い。ここは一体どこだ――そんな疑問が浮かぶ間もなく、目の前にふっと影が差した。
「おい、聞いてるのかよ、シード」
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて俺を見下ろしているのは、整った顔立ちだがどこか軽薄さを漂わせた男だ。腰には抜身の剣を帯びている。あれは、剣士の装備か? 脳裏にこびりつく記憶の端っこ――いや、異世界転生という奴か? 満員電車で死んだはずの俺の頭に、いつの間にかこの世界の知識が流れ込んできている。俺の名前はこの世界で「シード」らしい。そして目の前の男は、このパーティーのリーダーであり剣士の男だ。
俺が床に尻餅をついたまま呆然としていると、相貌を歪めて呆れたように声をかけられた。 横の立ち飲み席に目を向ければ、そこに座る巨漢がガチャンと音を立てて木製のジョッキを置いた。背中に不釣り合いなほど巨大な戦斧を背負った男――戦斧使いの戦士だ。彼はエールを飲み干した腕で口元を乱暴に拭いながら、頬杖をついてニヤニヤとこちらを値踏みするように見つめていた。
さらに酒場の隅に目をやる。 窓からの光を反射するように弓の手入れを黙々と続けているのは、冷ややかな雰囲気を纏ったレンジャーの女。その傍らでは、魔法使いの女が退屈そうに自分の指先を眺め、ネイルの状態を気にしながら、俺たちのやり取りなんてまるで興味がないといった様子で爪先をいじっている。
完璧な布陣だった。 剣士のリーダー。戦斧使いの戦士。弓使いのレンジャー。そして火魔法の上位を操る魔法使い。 英雄への道を駆け上がっていると噂の、気鋭の冒険者パーティー「暁の明星」の初期メンバー。 そして俺は、そのパーティーに所属していた――「大楯使い」のシードだ。
「なぁ、シード。お前のそのスキルさ、『シールドバッシュ』だっけ? ぶっちゃけ、荷物持ち以上の役立たずだぜ?」
剣士が腰に手を当て、あざけるような口調で畳み掛けてくる。
「魔獣との戦闘じゃ、俺が切り込む隙を作るわけでもなく、ただ突っ立って防御するのが精一杯。しかも不遇スキルって言われてる通り、攻撃に転用できるわけでもない。ぶっちゃけ、足手まといなんだよ。これ以上お前を連れていくと、俺たちの格が下がっちまうんだわ」
「……」
言葉が出なかった。いや、頭の回転が追いつかない。 確かに俺のスキルは『シールドバッシュ』。この世界では誰もが一つは持って生まれてくるという固有スキル。しかし俺のそれは、せいぜい敵の攻撃をその場で受け止めるか、小突いて押し返すくらいしかできない、戦闘においては「不遇の一般スキル」と呼ば代物だった。 前世の記憶を思い出したばかりの俺にとって、この理不尽な現実があまりにも重くのしかかる。
「おい、何か言い返したらどうだ? それとも、図星すぎて涙目かよ」
剣士が嘲笑を交じりに鼻で笑う。 立ち飲み席の戦士が、ガタガタと椅子を揺らしながら低い声で煽ってきた。
「おいおい、リーダー。こいつをイジメるなよ。これでも一応、盾で俺たちの背中を守る真似くらいはしてたんだぜ? まあ、肝心のここぞって時にはすっ転んで役に立たなかったけどな!」
ガハハと下卑た笑い声が酒場に響く。 レンジャーの女は手入れの手を止めず、冷たい声で吐き捨てるように言った。 「足手まといをいつまでも引きずるほど、私たちも暇じゃないの。早くギルドで契約解除の書類にサインしてきてよ。迷惑だからさ」
魔法使いの女は相変わらずネイルに夢中だ。俺たちの会話なんて、道端の石ころを見るよりもどうでもいいと言ったふうだった。
怒り、悔しさ、絶望。 色々な感情が胸の奥で渦巻いたが、それ以上に冷徹な現実が俺を冷やしていく。 ――そうか、捨てられたのか。 英雄の道を歩む彼らにとって、地味で役立たずの「大楯使い」は、もう不要の長物でしかなかったというわけだ。
「……わかったよ」
掠れた声で、やっとそれだけを絞り出す。
「おっ、話が早くて助かるわ。じゃあな、シード。せいぜい町の外で野垂れ死にしないことだな!」
剣士はそれだけ言い捨てると、仲間たちに手合図を送り、仲間を引き連れて酒場の出口へと歩いていってしまった。戦士が肩を叩くように通り過ぎ、魔法使いとレンジャーも振り返りもしない。 ガタ、と椅子が引ける音と、扉が閉まる乾いた音だけが、取り残された俺の耳に寂しく残った。
酒場の主人が気の毒そうな目を向けてきたが、俺はそこから立ち上がることができなかった。 大楯を背負い直す。ずっしりと重い鉄の塊が、今の俺の境遇のように肩に食い込んだ。
仕方ない。 行くあてもないが、いつまでもここにいるわけにはいかない。日銭を稼ぐために、まずは単身で冒険者ギルドの簡単な依頼でも受けるしかなさそうだ。
重い足取りで酒場を後にし、俺は冷たい風が吹く外へと歩き出した。 この時はまだ、自分がこれから遭遇する絶望的な運命と、その先にある変化など知る由もなかった。




