第4話 真実は、いつもひとつ!(必死)
証拠を見つけなければならない。いや、正確には違う。
俺自身が見つける必要はない。寛治に、隠した証拠のことを思い出させればいいのだ。何しろ、こちらには思考盗聴がある。犯人の頭の中へ直接アクセスできるのに、畳へ這いつくばって髪の毛や指紋を探す必要などない。
俺は左手首のスマートウォッチを確認した。能力を発動してから、すでに45分近くが経過している。残り時間は、およそ15分。やべえ。
殺人犯は、どうすれば自分から証拠のことを考えてくれるだろう。
俺は畳に横たわる龍二の遺体へ目を向けた。腹部に広がった赤黒い染み。そのそばに座り込み、京香さんが泣いている。
龍二の遺体に縋りついたせいだろう。京香さんの浴衣も、一部が赤く染まっていた。それを見て、思いついた。包丁で人を刺したのなら、犯人の服にも血がついた可能性がある。その線で攻めてみようか。
「そういえば……」
俺は、なるべく今思いついたような顔で口を開いた。
「犯人って、返り血を浴びてるんじゃないですか?」
広間にいる全員が、自分の服へ視線を落とした。
俺だけは、寛治の心へ意識を合わせる。
【大丈夫だ。返り血を浴びた割烹着は、包丁と一緒に隣の空き部屋の押し入れに隠してある】
イェーイ!おじさんチョロすぎ✌(^^)
いや待て、そんな簡単な話じゃない。ここで俺が、
「そうだ! 隣の部屋の押し入れが怪しい!」
などと叫んだら、あまりにも怪しい。返り血の話をした直後に、隠し場所まで一発で当てる大学生。多分みんなはヤラセを疑う。隠しカメラを探し始める。
「返り血って……」
佑梨が、自分の服を見下ろした。
「でも、みんなの服には血なんてついてないよね?」
「今着てる服にはね」
茜が言った。
「犯人が、犯行のあとに着替えた可能性もあるんじゃない?」
ありがとう、茜。今、ちょっとだけ剛にはもったいないと思った。
「夕食のあと、服を着替えた人ってどのくらいいます?」
俺は、寛治だけを狙っていると思われないよう、広間にいる全員を見回した。
「私は着替えました」
最初に答えたのは京香さんだった。
「ビールをかけられたから、文代さんから借りた浴衣に……」
「私は、このままです」
文代さんが自分の作務衣へ視線を落とす。
実子ちゃんも、夕食時から文代さんと同じ薄茶色の作務衣を着ている。
俺たち四人も着替えていない。民宿の浴衣のままだ。
そして、寛治だけが、夕食時とは違う服を着ていた。
今の寛治は、灰色の長袖シャツに黒いズボン姿だ。夕食の席では、たしか白い割烹着を着て給仕をしていた。
「磯部さんは、着替えてますよね?」
寛治の目が、わずかに細くなった。
【また俺か。こいつ、本当に何なんだ】
やばい。また決め打ちしすぎたか。
「船着き場から戻ったとき、雨で濡れていましたからね。着替えるのは当然でしょう」
寛治は平静を装って答えた。
「夕食のときに着ていた、白い割烹着は?」
「……雨合羽を着る前に脱ぎましたよ」
【まずい。この話をこれ以上させるな】
嘘だ。そう言えないのがもどかしい。
「そうだったかしら?」
文代さんが、不思議そうに首を傾げた。
「あなた、割烹着を着たまま雨合羽を羽織ってなかった?」
「……細かいことまでは覚えていない」
「叔父さん、割烹着だったよ」
実子ちゃんが口を挟んだ。
「出ていくときに見たし」
グッジョブ実子ちゃん!!
「じゃあ、その割烹着は今どこにあるんですか?」
「知りませんよ。脱いだあと、どこかへ置いたんでしょう」
「自分が着てた服なのに?」
「こんな騒ぎの中です。いちいち覚えていません」
寛治の声に、苛立ちが混じり始めていた。
【大丈夫だ。押し入れさえ調べられなければ問題ない】
その押し入れを、どうやって自然に調べるか考えてるんです。
「もし犯人が返り血を浴びていたとしたら、その服を自分の部屋まで持って帰りますかね?」
俺は独り言のように呟いた。
「どういう意味?」
佑梨が聞く。
「血のついた服を持って廊下を歩いたら、誰かに見られるかもしれない。途中で血が垂れちゃう可能性もある」
「じゃあ、どこか近くに隠したってこと?」
「可能性はあると思う」
よし。
ここまでは自然だ。
自然だよね?
「文代さん。広間のすぐ近くで、服みたいなものを隠せそうな場所ってありますか?」
「近くで……」
文代さんは少し考え、広間の右手にある襖へ目を向けた。
「隣の部屋は、今は使っていません。押し入れもありますけど……」
そこです!百点満点!
「見てみましょう」
俺は言った。寛治の顔が、初めてはっきりと強張った。
【まずい】
「待ってください」
寛治が声を上げる。
「警察が来るまで、現場には触れない方がいいんじゃないでしょうか」
「いや、現場はここ。隣室の押し入れは現場じゃないです」
俺が指摘すると、寛治は口を閉じた。
「それに、みんなで一緒に見るなら問題ないんじゃないですか?」
「ですが……」
「何もなければ、磯部さんの疑いも晴れますよ」
あるけどね。
「そうね」
文代さんが頷いた。
「確認するだけなら……ね?」
寛治は何も言わなかった。
俺たちは全員で隣の部屋へ移動した。
十畳ほどの和室だった。元々は、広間との間にある襖を外し、ひと続きの大宴会場として使っていたのだろう。部屋の隅には畳んだ座卓が重ねられ、壁際には古い旅館でよく見る木製の座椅子が並んでいる。
部屋の奥には、二枚の襖で閉じられた押し入れがあった。
「開けますよ」
剛が押し入れの前へ立つ。
「待っ――」
寛治が声を上げたが、もう遅い。
剛が襖を開けた。
上段には予備の布団が積まれ、下段には古い座布団や段ボール箱が押し込まれている。一見したところ、怪しいものはない。
「あれ?何もないな」
剛が首を傾げた。
【上段右奥、布団と壁の隙間だ。みつからないでくれ】
上の段の右奥、布団と壁の隙間だってさ。
「何もないぞ?」
「あるってば」
やべ。声に出ちゃった。
【やはり、こいつは何かおかしい】
寛治の思考が、俺へ向いた。
「いや、犯人が隠すなら手前には置かないかなって……」
我ながら苦しい言い訳である。
剛は特に疑問を持たなかったらしく、押し入れへ上半身を突っ込んだ。
「……ん?」
剛が、押し入れの奥から白い布の塊を引っ張り出した。
いや、白くない。べったりと血に染まった、白い割烹着だった。
胸元には、赤い糸で小さく『磯部』と刺繍されていた。
「これ……」
文代さんの顔から血の気が引いた。
「あんたの割烹着じゃない……」
「違う」
寛治が即座に否定した。
「確かに私のものだが、誰かが勝手に使ったんだ。私を陥れようとして――」
「叔父さんが夕食のときに着てたやつだよ、それ」
実子ちゃんが言った。
「袖のところ、昨日私が引っかけて破っちゃったから覚えてる。ほら、そこ」
割烹着の左袖には、小さな裂け目があった。思わず拍手しそうになったのを何とか堪えた。
本日二度目のホームラン!今日のMVPは実子ちゃんだ!
「それでも、私が龍二さんを殺した証拠にはならない!」
寛治が叫んだ。
「誰かが私の割烹着を盗み、血をつけてここへ隠したのかもしれないだろう!」
「ん? なんか入って――」
剛が、割烹着の中に包まれていた何かを確かめようと、血に染まった布を開いた。現れたのは、刃渡り二十センチほどの包丁だった。刃にも柄にも、赤黒い血がべったりとついていた。
「ひっ……」
実子ちゃんが小さな悲鳴を上げた。
「うわっ!」
剛が包丁を取り落とした。割烹着と一緒に畳へ落ち、鈍い音を立てる。
文代さんは、口元を押さえたまま、信じられないものを見るように夫を見つめている。
「あんた……」
「違う!」
寛治が怒鳴った。
「俺じゃない! 誰かが俺を嵌めたんだ!」
【どうしてだ。どうしてこいつは、証拠の場所まで】
寛治の視線が、俺を捉えた。
【アリバイの仕掛けにも気づいた。包丁を鞄に入れようとしたときも止めた。そして、今度は押し入れまで】
まずい。寛治の思考が、確実に答えへ近づいている。
【まるで、こいつは俺の考えていることを――】
「真実は、いつもひとつ!!!」
俺は、その思考を遮るように大声を上げた。
仕方ないじゃん、とっさに浮かんだのがこのワードだったんだもん。
「あなたは20時24分から20時50分までの間に、一度この宿へ戻った!」
ちょっと無理矢理だけど、推理パートに入りますよ、ええ。
「何を根拠に!」
「証拠がここにあるからです!」
俺は、血まみれの割烹着と包丁を指差した。
「龍二さんを殺したあと、あなたにはこれを処分する時間がなかった。だから犯行現場のすぐ隣にある、この部屋の押し入れに一時的に隠した」
「ただの推測だ!」
「じゃあ、説明してくださいよ!」
俺は寛治を睨んだ。心臓は、今にも喉から飛び出しそうだった。
怖い。本当は、めちゃくちゃ怖い。この人デカいし色黒だし。
それでも、ここで退くわけにはいかなかった。
「どうして、あなたが着ていた割烹着が、血のついた包丁を包んだ状態で、犯行現場の隣に隠されていたんですか?」
「それは……」
「誰かに盗まれたと言うなら、いつです? あなたはその割烹着を着たまま船着き場へ行った。文代さんも実子ちゃんも確認している」
寛治の額に、汗が浮かぶ。
「違う……」
「あなたは実子ちゃんを受付から離れさせ、一度宿へ戻った。龍二さんを殺し、割烹着と包丁をここへ隠したあと、もう一度船着き場へ戻ったんです」
「違う!」
「だったら、他に説明できますか?」
寛治は答えなかった。
答えられなかった。
京香さんが、涙に濡れた目で寛治を睨みつける。
「あんたが……殺したの……?」
文代さんが、一歩ずつ夫から離れていく。
実子ちゃんも青ざめた顔で、その後ろへ下がった。今度ばかりは演技ではなさそうだ。
完全に、流れが変わった。
さっきまで剛へ向けられていた疑いの目が、今はすべて寛治へ集まっている。
「磯部寛治さん」
俺は、震えそうになる声をどうにか押さえた。
「龍二さんを殺したのは、あなたですね?」
長い沈黙が落ちた。やがて、寛治の肩が小さく震え始めた。
「く……」
笑っているのか。
泣いているのか。
俺には分からなかった。
【もう駄目だ】
心の声だけが、はっきりと聞こえた。
【全部バレた】
寛治が顔を上げた。その目には、先ほどまでの穏やかさなど一片も残っていなかった。
【こうなったら――】
寛治の視線が動く。
まずい。
「包丁を!」
俺は叫んだ。だが、突然のことに誰も反応できない。
寛治が畳を蹴り、血まみれの包丁を掴み取った。
その先には――佑梨がいた。




