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2分でわかる!殺人犯  作者: 幸円一


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第5話 やらせねえよ。(迫真)

 寛治が、血まみれの包丁を掴み取った。

 その先には――佑梨がいた。


【首に包丁を突きつけて、人質に…!】


 考えるより先に、体が動いた。

「佑梨、下がれ!」

 俺は寛治と佑梨の間へ飛び込んだ。

「光一!?」

 寛治と睨み合う俺。


【チビガキが!脅せばすぐ引くだろ、顔を狙ってやる】


 顔。

 寛治の腕が動くより先に、スウェーバックした。

 目の前を、血に濡れた刃が通り過ぎる。


 怖っ!

 知ってても怖っ!


【くそ、包丁意識してんのか? なら、今度は左腕で突き飛ばす】


 次の動きも分かる。

 寛治が伸ばしてきた左腕を、俺は両手で掴んだ。


「やらせねえよ」


 決まった。

 今の俺、めちゃくちゃ格好よくなかった?多分、人生で一番格好いい。


【邪魔だ!】


「ぐえっ!」

 次の瞬間、俺の体は宙を舞った。いや、舞ったは言い過ぎた。普通に蹴飛ばされ、畳の上を転がった。

 人間は、動く前にいちいち全部を頭の中で言葉にするわけではない。ましてや、追い詰められた犯人ならなおさらだ。

 しかも、この体格差。寛治の腕は俺の脚くらい太いし、太腿なんて俺のウエストくらいあるんだもん。


「光一!」

 佑梨の悲鳴が聞こえる。


【今度こそ女を――】


 寛治が、再び佑梨へ手を伸ばす。

「させるかああああ!」

 横から、剛が寛治へ飛びついた。

 二人の大男が、もつれるように畳へ倒れ込む。

「この野郎!」

「離せ!」

 寛治が包丁を振り上げようとする。だが、剛がその右手を両手で押さえ込んだ。


「光一! 包丁!」

 分かってる!

 俺は這うように二人へ近づき、寛治の手首へしがみついた。


【くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!】


「茜! 身体押さえて!」

「分かった!」

「私も手伝う!」

 茜と佑梨も駆け寄った。四人がかりで寛治を畳へ押しつける。俺が必死に手首を捻ると、ついに寛治の指から包丁が離れ、畳の上へ転がった。

 文代さんがすぐさま包丁を拾い、部屋の隅へ放り投げた。


「実子! 何か縛るもの!」

「えっ、えっ……これ!」

 実子ちゃんが、押し入れから荷造り用のビニール紐を引っ張り出した。

 こんな緊急時にビニール紐で大丈夫かという疑問はあるが、ないより百倍マシだ。

 剛が寛治の背中へ馬乗りになり、俺たちはその両手を後ろへ回した。実子ちゃんから受け取った紐で、何重にも手首を縛る。


【離せ! 離せ!!!】

「離せ! 離せ!!」


 なんか素直になってる。言ってることと考えてることが同じだ。強いて言うなら心の方がまだ少し元気かな。

「離すわけねえだろ」

 剛が言い返した。

 両手を縛り終えても、寛治はしばらく暴れ続けていた。


 しかし、剛が背中へ乗り、茜と佑梨が脚を押さえ、俺がその横でゼエゼエ言っている。俺、ほとんど戦力になっていない。左手は添えるだけ。

 やがて寛治も、抵抗を諦めた。


【くそおおおおおお!】

「くそおおおおおお!」

 寛治の叫び声が、宿中に響き渡った。あと俺の頭の中にも。


 終わった。

 俺は畳に座り込み、左手首のスマートウォッチを確認した。能力を発動してから、58分が経過している。

 残り、2分。危なかった。

 もう少しアリバイ確認が長引いていたら、寛治に包丁で追い回されながら、ただ泣き叫ぶだけだったかもしれない。


「光一、大丈夫!?」

 佑梨が俺の顔を心配そうに覗き込む。

「どこか切られてない?」

「だ、大丈夫。蹴飛ばされただけ」

「本当に?」

 佑梨の手が、俺の頬や肩へ触れる。

 近い。

 顔が近い。

 しかも浴衣。胸元よ。

 殺人事件ありがとう。

 いや、さすがに不謹慎だ。最低だぞ俺。


「光一」

 剛が、寛治の背中を押さえたまま俺を見た。

「助かった。お前がいなかったら、俺……」

「いいって」

 俺は片手を上げた。

「お前も、さっき助けてくれたし」

「おう」

 剛が笑う。格好いいなこいつ。やっぱり茜には、ちょうどいいかもしれない。


「文代さん、警察へもう一度連絡を」

 俺が言うと、文代さんは青ざめた顔のまま頷いた。

「え、ええ……」

 文代さんが広間へ戻り、スマートフォンを取りに行く。

 京香さんは、少し離れた場所に立ったまま、寛治を睨みつけていた。


「どうして……」

 震える声が漏れる。

「どうして、龍二を殺したの?」

 そうだ。

 そういえば、動機を聞いていない。


 犯人が寛治だということは、事件発覚から二分で分かった。

 アリバイ工作も、罪を剛へなすりつけようとしていたことも、証拠の隠し場所も全部読んだ。

 なのに、肝心の「なぜ殺したのか」だけは、まだ知らない。


 俺は寛治の心へ意識を集中させた。


【龍二……】


 来た。


【あいつは、俺が会社員だった頃――】


 プツン。


 頭の中から、寛治の声が消えた。

 スマートウォッチの表示を見る。能力を発動してから、ちょうど1時間。

 思考マインド盗聴ワイヤタップ、終了のお時間です。


「ええええええええええええええ!?」


 俺の絶叫に、全員が驚いてこちらを見た。


「どうした、光一!?」

「いや、今! 今めちゃくちゃ大事なところだったのに!」

「何の話?」

「こっちの話!」


 龍二は、寛治の会社員時代に何をしたんだ?

 どういう関係?

 元上司か?

 部下か?

 寛治を会社から追い出したとか?

 なんだ!?なんなんだよ!!気になるじゃん!!!


 俺は寛治へ詰め寄……れるわけがない。


「大丈夫?」

 佑梨がまた俺の顔を覗き込んだ。

 剛と茜も、心配そうにこちらを見ている。

 ……まあ、いいか。こいつらが無事だったんだから。


 文代さんが電話で警察と話している間、俺たちは寛治を広間の柱へ縛りつけた。

 外では、今も激しい雨が降り続いている。警察が島へ来られるのは、早くても明日の朝になるらしい。長い夜になりそうだ。


   * * *   


「光一」

 佑梨が、俺の浴衣の袖を小さく引いた。

「さっきは、ありがとう」

「え?」

「私を庇ってくれたでしょ」

「あ、ああ。まあ」

 心臓が、さっき包丁を向けられたときより激しく鳴り始める。

 佑梨は、少し困ったように笑った。

「それに、今日の光一、すごかった」

「そう?」

「うん。犯人が何をしようとしてるのか、全部分かってたみたいだった」

 ぎくり。

「包丁を隠そうとしたときも、アリバイのことも、最後に私が狙われたときも」

 あわわ、ちょっと待って。その先は駄目だ。

 しかし止める間もなく、佑梨は俺の目をじっと見つめて言った。


「まるで、心が読めるみたい」


 死んだ。

 俺は死んだ。

 短い人生だった。

 せめて一度くらい、佑梨とちゅーしたかった。


「光一?」

 ……あれ?死なない。


 あ、そうか。

 俺は今日、佑梨の心だけは一度も読んでいない。

 いや、今日だけじゃない。今まで一度だって読んだことがない。好きな女の子の心を勝手に読むのは、男として格好悪いと思うからだ。

 

 嘘です。他に好きな人がいるとわかったら(剛とか)、能力を指摘されなくても死んじゃうと思ったから読めなかっただけです。


 でもまあ、よかった。

 本当によかった。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと寿命が縮んだだけ」

「変なの」

 佑梨が笑った。

 そして、少しだけ恥ずかしそうに視線を落とす。


「私、光一のそういうところ、前から……」

「前から?」

「……やっぱり何でもない」

 そう言って、佑梨は茜のところへ逃げるように歩いていった。


 待って?

 今の何?

 前から何?

 格好いいと思ってた?

 好きだった?


 うわああああああああああ!

 佑梨の心読みてええええええええ!!!!


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