第3話 犯人は、この中にいる!(恥)
「皆さんは、ここにいてください」
そう言って、寛治が広間の出口へ向かおうとした。
「念のため、戸締まりと客室を確認してきます。どこかの窓が開いていたり、何者かが隠れていたりする可能性もありますから」
「あんた、一人で大丈夫かい?」
文代さんが心配そうに声をかける。
「ああ。お前はここに残って、皆さんを見守っていてあげてくれ」
夫婦の絆を感じさせる、実に頼もしいやり取りである。
【よし。今のうちに、あのガキの部屋へ行く。合鍵で入って、鞄に包丁を忍ばせればいい】
いやいやいやいや待て待て待て待て。
絶対行かせちゃ駄目だ。
剛の鞄から血のついた包丁なんて出てきた日には、いくら俺たち三人がアリバイを証言しても、状況は圧倒的に不利になる。何とかして止めなければ!
「待って!」
思わず、大きな声が出た。広間中の視線が、一斉に俺へ集まる。
出口へ向かいかけていた寛治も足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。
「どうしました?」
「あ、いや、その……」
やばい。
何て言う?
あなたがこれから剛の鞄に包丁を入れようとしているから、ここから出ないでください?
アホか。
「は、犯人は……」
口が勝手に動いた。
「犯人は、この中にいる!」
広間が静まり返る。窓を打ちつける雨音だけが、やけに大きく聞こえた。
恥ずかしい。あまりにも恥ずかしい。助けて、じっちゃん。
「この中に?」
佑梨が不安そうに聞き返す。
「どういうことだよ、光一」
剛も怪訝そうに眉を寄せた。
寛治は出口の前に立ったまま、俺を見つめている。
「説明してもらえますか?」
「ええと……」
俺は、必死に頭を働かせた。
犯人が寛治だと知っていることは言えない。だが、犯人がこの広間にいる可能性が高いことなら、普通に説明できる。
「この島には、宿以外の建物がありません。定住している人もいない。島へ来るための船も、磯部さんの船だけです」
「それは、そうですが……」
「この嵐の中、外から誰かが泳いで島へ来たとも考えにくい。だったら、犯人は宿泊客か宿の関係者です。つまり、今ここにいる人間の中にいる可能性が高い」
我ながら、推理らしいことを言っている。っていうか当たり前のことを大きな声で発表しただけだろ。みんなも気付いてくれ、このくらい。ホラーやサスペンスでは急に登場人物のIQが下がるアレか?
「だから、今は誰も一人で動かない方がいいと思います。戸締まりを確認するなら、何人かで一緒に行くべきです」
文代さんが、はっとしたように寛治を見る。
「確かに……光一さんのおっしゃるとおりかもしれないわ」
「俺も賛成」
剛が言った。
「犯人が本当にこの中にいるなら、一人になったところを狙われるかもしれないしな」
佑梨と茜も頷く。
よし。
これで寛治は、剛の部屋へ行けない。ひとまず、包丁を仕込まれるのは防げた。危なかった。
【このチビガキ。いちいち余計なことを】
寛治の心から、露骨な苛立ちが流れ込んでくる。お前、次またチビガキって言ったらぶっ飛ばすからな。言ってはないけど。
【だが、これはこれでいい。もうこの場であのガキへ疑いを向ければいい】
ぐぬぬ。包丁を仕込むのは防げたが、寛治は早くも次の手へ切り替えたらしい。
「あの……」
京香さんが、涙で赤くなった目を剛へ向けた。
「そういえば、あなた……夕食のとき、龍二に言ってたよね」
「何を?」
「『ぶっ殺す』って」
【よし。ナイスだ、地方のキャバ嬢女】
くそ、殺人犯のくせに人の容姿を的確に表現しやがって。確かに京香さん、地方のキャバ嬢っぽいもんな。そうだな、強いて言うなら四国あたりの……これ以上はヘイトを買いそうなのでやめておこう。
しかし、京香さんのその言葉で広間の空気が変わった。
「あっ、言ってた」
しかも実子ちゃんが、余計なことを思い出した。
「確かに、私も聞きました。すっごい怖い顔で」
ホント余計。明日のディズニーの心配でもしててくれ。
文代さんまで、困惑した様子で剛を見つめている。
「剛……」
茜が不安そうに名前を呼んだ。
「違う! 俺じゃねえよ!」
剛が慌てて両手を振る。
「確かに言ったけど、あれは茜に絡むのをやめさせるためで、本当に殺すつもりなんかなかった!」
「皆さん、落ち着いてください」
寛治は両手を広げ、いかにも冷静な大人らしい口調で場をなだめた。
「今の段階で、彼が犯人だと決めつけるべきではありません」
いや誰が言ってんだ。
「ですが、皆さんが不安に感じるのも分かります。そこで、警察が来るまでの間だけ、剛さんには別室で待っていただくというのはどうでしょうか」
「は?」
「もちろん、犯人だと決めつけるわけではありません。お互いの安全のためです。扉の前には、私か妻が残ります」
まずい。包丁がなくても、夕食時の発言だけで剛を隔離するつもりだ。
別室へ入れられたあと、深夜になってみんなが寝静まってしまえば、剛はきっと――。
「ちょっと待ってよ!」
茜が剛を庇うように前へ出た。
「剛は、ずっと私たちと一緒にいたよ! 夕食のあと部屋に戻って、四人でトランプしてたんだから!」
「そうです」
佑梨も続ける。
「京香さんの悲鳴が聞こえるまで、剛が部屋を出たことはありません。龍二さんを殺す時間なんてなかったはずです」
寛治は、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。皆さんがそう証言されるのなら、剛さんにはアリバイがあるということになりますね」
よし。
「ですが、お客様たちは、ご友人同士ですよね?」
ですよね。そうなるよなあ。
「そうよ!」
京香さんが声を荒らげる。
「本当はみんなで龍二を殺して、かばい合ってるんじゃないの!?」
「そんなわけないだろ!」
剛が反論し、京香さんもさらに声を張り上げる。広間が一気に騒がしくなった。
剛には俺たち三人の証言がある。だが、友人同士だから口裏を合わせていると言われれば、その疑いを晴らすことは難しい。
特に京香さんは恋人を殺され、冷静ではない。このままでは、剛が隔離される流れを止められない。
「じゃあ、こうしませんか!」
俺は二人の間へ割って入った。
「犯人がこの中にいる可能性が高いなら、一応、全員が容疑者ってことになりますよね」
「光一、お前まで何言ってんだよ」
「落ち着け。だからこそ、剛だけを疑うのはおかしいって言ってるんだ」
俺は全員を見回した。
「ここにいる全員の、夕食後から遺体が見つかるまでの行動を確認しましょう。誰にアリバイがあって、誰にないのか。それを整理してから考えるべきです」
文代さんは少し迷ったあと、静かに頷いた。
「そうね。それが一番公平かもしれないわ」
「俺は構わない」
剛も不満そうではあるが、同意した。他に反対する者もいない。
よし。何とか寛治から話を引き出して、指摘できる矛盾を見つけるんだ。
【やはり、アリバイの確認になったか】
寛治が、わずかに口元を緩めたように見えた。
【計画どおりだ】
な、なんだってー!?
心の声しか聞こえないけど、今こいつ、絶対に某殺人ノート漫画の犯人みたいな顔で笑ってたよ!
/(^o^)\ナンテコッタイ
ひとまず全員の話を確認した結果は、こうだった。
俺、剛、佑梨、茜の四人は、19時50分頃に広間を出て、自分たちの部屋へ戻った。それから京香さんの悲鳴を聞いた21時頃まで、ずっと四人でトランプをしていた。
ただし、俺たちは友人同士である。四人全員が共犯で、口裏を合わせている可能性もあるのでは、と疑いがかけられている。
一方、龍二は夕食後も酒を飲みたいとごね、そのまま広間に残っていた。
京香さんは、夕食の席で剛と龍二が揉めた際、倒れたグラスのビールを浴衣にかぶっていた。
そこで文代さんから替えの浴衣を借り、20時5分頃、一度自室へ入浴道具を取りに戻ったあと、大浴場へ向かった。風呂を出て、21時頃に広間へ戻るまで、ずっと一人だった。
文代さんは、20時頃から厨房で夕食の片づけと翌朝の仕込みをしていた。
そして、寛治。
寛治は20時15分頃、船の係留ロープを確認するため、宿を出て船着き場へ向かった。
船着き場には、係留した船の様子を確認するためのカメラが設置されており、その映像は受付にあるモニターで見られるようになっている。ただし、録画機能はついていないらしい。
寛治は自室へ戻ろうとしていた実子ちゃんに、この嵐の中、万が一自分に何かあった場合に備えて、しばらくモニターを見ていてほしいと頼んだという。
実子ちゃんは20時22分頃、寛治が船着き場へ到着した姿を確認し、その後もモニターで作業を見守っていた。
20時24分には寛治から実子ちゃんのスマートフォンへ電話があり、「ロープの補強作業に時間がかかりそうだから、もう部屋に戻って休んでいい」と言われている。着信記録で確認できる。
その後、実子ちゃんは自室へ戻り、京香さんの悲鳴を聞くまで、一人でスマートフォンを見ていたらしい。
さらに、20時27分。
京香さんのスマートフォンには、龍二から音声メッセージが届いていた。
『いつまで風呂入ってんだよ。戻るとき、酒持ってこい』
ろれつの回っていない龍二の声が、確かに録音されている。
つまり、少なくとも20時27分の時点で、龍二はまだ生きていた。
その約17分後、寛治は文代さんへ電話をかけ、「船の作業を終えて戻るところだ。ずぶ濡れになったから、玄関にバスタオルを用意しておいてくれ」と伝えている。
そして20時50分頃、雨でずぶ濡れになって宿へ戻った姿を、文代さんが直接確認していた。
以上の話を素直につなげれば、寛治は20時15分頃に宿を出てから、20時50分頃に戻るまで、ずっと船着き場で作業していたように見える。龍二が20時27分まで生きていた以上、一見すると寛治のアリバイだけが完璧だった。
京香さん、文代さん、実子ちゃんには、一人になった時間がある。
俺たち四人には互いの証言があるが、口裏合わせを疑われている。これでは、夕食時に龍二と揉めていた剛が一番怪しく見える。
……いや、待て。
「実子ちゃん」
「なに?」
「寛治さんから電話があったあとは、モニターを一度も見てないんだよね?」
「うん。もう休んでいいって言われたから、すぐ部屋に戻ったけど」
実子ちゃんが最後にモニター越しに寛治を確認したのは20時24分。その直後、電話で「もう休んでいい」と言われ、受付を離れて自室へ戻っている。そして次に寛治の姿が確認されたのは、文代さんが玄関で出迎えた20時50分頃だ。
およそ25分。その間、寛治を直接見た人間は誰もいない。
「じゃあ、その間に一度宿へ戻って、また船着き場へ行くことも……」
可能だったはずだ。
俺は寛治の心へ、再び意識を集中させた。
【実子を部屋へ帰したあと、すぐに宿へ戻った。受付にあいつが残っていないことを確認してから、勝手口を使った】
やっぱりだ。
【龍二を刺したあと、もう一度船着き場へ戻った。最初と最後だけ見せれば、誰も途中で宿へ戻ったとは考えない】
間違いない。
寛治のアリバイは、最初と最後だけを別々の人間に目撃させ、その間もずっと船着き場にいたと思い込ませるものだった。
「やっぱり、磯部さんのアリバイも、完璧というわけでは――」
そこまで言いかけて、俺は気づいた。
待て。それを、どうやって証明する?
確かに、実子ちゃんがモニターを見るのをやめたあと、寛治は宿へ戻ることができた。だが、それは単に「戻ることが可能だった」というだけだ。
「確かに、実子が見ていなかった時間はあります」
寛治が静かに言った。
「ですが、私はその間もずっと船着き場でロープを直していました」
そりゃそう言いますよねえ。
「私が途中で宿へ戻ったという証拠が、何かあるのでしょうか?」
ないです。
いや、俺の中にはあるんですけどね。寛治本人の記憶という、これ以上ないほど確かな証拠が。でも、それを口にすることはできないんだよなあ。
【こいつ、何かおかしいな】
寛治の思考が、じわりと俺へ向き始める。
まずい。これ以上、根拠もなく寛治ばかり追及すれば、能力の存在に勘づかれるかもしれない。
「……いえ」
俺は、どうにか表情を取り繕った。
「念のため、可能性を確認しただけです」
「そうですか」
寛治は穏やかに笑った。その笑顔の奥で、俺への警戒が確実に強まっている。
だめだ。
アリバイが嘘だと証明できれば、寛治を一気に追い詰められる。だが、その肝心の「嘘だった」という部分を、俺には証明する手段がない。
アリバイから攻めるのはナシだ。
もっと決定的なもの。寛治が犯人でなければ、絶対に残せない証拠を見つけなければならない。




