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2分でわかる!殺人犯  作者: 幸円一


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3/5

第3話 犯人は、この中にいる!(恥)

「皆さんは、ここにいてください」

 そう言って、寛治が広間の出口へ向かおうとした。

「念のため、戸締まりと客室を確認してきます。どこかの窓が開いていたり、何者かが隠れていたりする可能性もありますから」

「あんた、一人で大丈夫かい?」

 文代さんが心配そうに声をかける。

「ああ。お前はここに残って、皆さんを見守っていてあげてくれ」

 夫婦の絆を感じさせる、実に頼もしいやり取りである。


【よし。今のうちに、あのガキの部屋へ行く。合鍵で入って、鞄に包丁を忍ばせればいい】


 いやいやいやいや待て待て待て待て。

 絶対行かせちゃ駄目だ。

 剛の鞄から血のついた包丁なんて出てきた日には、いくら俺たち三人がアリバイを証言しても、状況は圧倒的に不利になる。何とかして止めなければ!


「待って!」

 思わず、大きな声が出た。広間中の視線が、一斉に俺へ集まる。

 出口へ向かいかけていた寛治も足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。


「どうしました?」

「あ、いや、その……」

 やばい。

 何て言う?

 あなたがこれから剛の鞄に包丁を入れようとしているから、ここから出ないでください?

 アホか。


「は、犯人は……」


 口が勝手に動いた。


「犯人は、この中にいる!」


 広間が静まり返る。窓を打ちつける雨音だけが、やけに大きく聞こえた。

 恥ずかしい。あまりにも恥ずかしい。助けて、じっちゃん。


「この中に?」

 佑梨が不安そうに聞き返す。

「どういうことだよ、光一」

 剛も怪訝そうに眉を寄せた。

 寛治は出口の前に立ったまま、俺を見つめている。

「説明してもらえますか?」

「ええと……」

 俺は、必死に頭を働かせた。

 犯人が寛治だと知っていることは言えない。だが、犯人がこの広間にいる可能性が高いことなら、普通に説明できる。


「この島には、宿以外の建物がありません。定住している人もいない。島へ来るための船も、磯部さんの船だけです」

「それは、そうですが……」

「この嵐の中、外から誰かが泳いで島へ来たとも考えにくい。だったら、犯人は宿泊客か宿の関係者です。つまり、今ここにいる人間の中にいる可能性が高い」

 我ながら、推理らしいことを言っている。っていうか当たり前のことを大きな声で発表しただけだろ。みんなも気付いてくれ、このくらい。ホラーやサスペンスでは急に登場人物のIQが下がるアレか?


「だから、今は誰も一人で動かない方がいいと思います。戸締まりを確認するなら、何人かで一緒に行くべきです」

 文代さんが、はっとしたように寛治を見る。

「確かに……光一さんのおっしゃるとおりかもしれないわ」

「俺も賛成」

 剛が言った。

「犯人が本当にこの中にいるなら、一人になったところを狙われるかもしれないしな」

 佑梨と茜も頷く。


 よし。

 これで寛治は、剛の部屋へ行けない。ひとまず、包丁を仕込まれるのは防げた。危なかった。


【このチビガキ。いちいち余計なことを】


 寛治の心から、露骨な苛立ちが流れ込んでくる。お前、次またチビガキって言ったらぶっ飛ばすからな。言ってはないけど。


【だが、これはこれでいい。もうこの場であのガキへ疑いを向ければいい】


 ぐぬぬ。包丁を仕込むのは防げたが、寛治は早くも次の手へ切り替えたらしい。


「あの……」

 京香さんが、涙で赤くなった目を剛へ向けた。

「そういえば、あなた……夕食のとき、龍二に言ってたよね」

「何を?」

「『ぶっ殺す』って」


【よし。ナイスだ、地方のキャバ嬢女】


 くそ、殺人犯のくせに人の容姿を的確に表現しやがって。確かに京香さん、地方のキャバ嬢っぽいもんな。そうだな、強いて言うなら四国あたりの……これ以上はヘイトを買いそうなのでやめておこう。

 しかし、京香さんのその言葉で広間の空気が変わった。


「あっ、言ってた」

 しかも実子ちゃんが、余計なことを思い出した。

「確かに、私も聞きました。すっごい怖い顔で」

 ホント余計。明日のディズニーの心配でもしててくれ。

 文代さんまで、困惑した様子で剛を見つめている。


「剛……」

 茜が不安そうに名前を呼んだ。

「違う! 俺じゃねえよ!」

 剛が慌てて両手を振る。

「確かに言ったけど、あれは茜に絡むのをやめさせるためで、本当に殺すつもりなんかなかった!」


「皆さん、落ち着いてください」

 寛治は両手を広げ、いかにも冷静な大人らしい口調で場をなだめた。

「今の段階で、彼が犯人だと決めつけるべきではありません」

 いや誰が言ってんだ。

「ですが、皆さんが不安に感じるのも分かります。そこで、警察が来るまでの間だけ、剛さんには別室で待っていただくというのはどうでしょうか」

「は?」

「もちろん、犯人だと決めつけるわけではありません。お互いの安全のためです。扉の前には、私か妻が残ります」


 まずい。包丁がなくても、夕食時の発言だけで剛を隔離するつもりだ。

 別室へ入れられたあと、深夜になってみんなが寝静まってしまえば、剛はきっと――。


「ちょっと待ってよ!」

 茜が剛を庇うように前へ出た。

「剛は、ずっと私たちと一緒にいたよ! 夕食のあと部屋に戻って、四人でトランプしてたんだから!」

「そうです」

 佑梨も続ける。

「京香さんの悲鳴が聞こえるまで、剛が部屋を出たことはありません。龍二さんを殺す時間なんてなかったはずです」

 寛治は、ゆっくりと頷いた。


「なるほど。皆さんがそう証言されるのなら、剛さんにはアリバイがあるということになりますね」


 よし。


「ですが、お客様たちは、ご友人同士ですよね?」

 ですよね。そうなるよなあ。

「そうよ!」

 京香さんが声を荒らげる。

「本当はみんなで龍二を殺して、かばい合ってるんじゃないの!?」

「そんなわけないだろ!」

 剛が反論し、京香さんもさらに声を張り上げる。広間が一気に騒がしくなった。


 剛には俺たち三人の証言がある。だが、友人同士だから口裏を合わせていると言われれば、その疑いを晴らすことは難しい。

 特に京香さんは恋人を殺され、冷静ではない。このままでは、剛が隔離される流れを止められない。


「じゃあ、こうしませんか!」


 俺は二人の間へ割って入った。

「犯人がこの中にいる可能性が高いなら、一応、全員が容疑者ってことになりますよね」

「光一、お前まで何言ってんだよ」

「落ち着け。だからこそ、剛だけを疑うのはおかしいって言ってるんだ」

 俺は全員を見回した。

「ここにいる全員の、夕食後から遺体が見つかるまでの行動を確認しましょう。誰にアリバイがあって、誰にないのか。それを整理してから考えるべきです」

 文代さんは少し迷ったあと、静かに頷いた。

「そうね。それが一番公平かもしれないわ」

「俺は構わない」

 剛も不満そうではあるが、同意した。他に反対する者もいない。


 よし。何とか寛治から話を引き出して、指摘できる矛盾を見つけるんだ。


【やはり、アリバイの確認になったか】


 寛治が、わずかに口元を緩めたように見えた。


【計画どおりだ】


 な、なんだってー!?

 心の声しか聞こえないけど、今こいつ、絶対に某殺人ノート漫画の犯人みたいな顔で笑ってたよ!

 /(^o^)\ナンテコッタイ


 ひとまず全員の話を確認した結果は、こうだった。


 俺、剛、佑梨、茜の四人は、19時50分頃に広間を出て、自分たちの部屋へ戻った。それから京香さんの悲鳴を聞いた21時頃まで、ずっと四人でトランプをしていた。

 ただし、俺たちは友人同士である。四人全員が共犯で、口裏を合わせている可能性もあるのでは、と疑いがかけられている。


 一方、龍二は夕食後も酒を飲みたいとごね、そのまま広間に残っていた。


 京香さんは、夕食の席で剛と龍二が揉めた際、倒れたグラスのビールを浴衣にかぶっていた。

 そこで文代さんから替えの浴衣を借り、20時5分頃、一度自室へ入浴道具を取りに戻ったあと、大浴場へ向かった。風呂を出て、21時頃に広間へ戻るまで、ずっと一人だった。


 文代さんは、20時頃から厨房で夕食の片づけと翌朝の仕込みをしていた。


 そして、寛治。

 寛治は20時15分頃、船の係留ロープを確認するため、宿を出て船着き場へ向かった。

 船着き場には、係留した船の様子を確認するためのカメラが設置されており、その映像は受付にあるモニターで見られるようになっている。ただし、録画機能はついていないらしい。

 寛治は自室へ戻ろうとしていた実子ちゃんに、この嵐の中、万が一自分に何かあった場合に備えて、しばらくモニターを見ていてほしいと頼んだという。


 実子ちゃんは20時22分頃、寛治が船着き場へ到着した姿を確認し、その後もモニターで作業を見守っていた。

 20時24分には寛治から実子ちゃんのスマートフォンへ電話があり、「ロープの補強作業に時間がかかりそうだから、もう部屋に戻って休んでいい」と言われている。着信記録で確認できる。

 その後、実子ちゃんは自室へ戻り、京香さんの悲鳴を聞くまで、一人でスマートフォンを見ていたらしい。


 さらに、20時27分。

 京香さんのスマートフォンには、龍二から音声メッセージが届いていた。

『いつまで風呂入ってんだよ。戻るとき、酒持ってこい』

 ろれつの回っていない龍二の声が、確かに録音されている。

 つまり、少なくとも20時27分の時点で、龍二はまだ生きていた。


 その約17分後、寛治は文代さんへ電話をかけ、「船の作業を終えて戻るところだ。ずぶ濡れになったから、玄関にバスタオルを用意しておいてくれ」と伝えている。

 そして20時50分頃、雨でずぶ濡れになって宿へ戻った姿を、文代さんが直接確認していた。


 以上の話を素直につなげれば、寛治は20時15分頃に宿を出てから、20時50分頃に戻るまで、ずっと船着き場で作業していたように見える。龍二が20時27分まで生きていた以上、一見すると寛治のアリバイだけが完璧だった。


 京香さん、文代さん、実子ちゃんには、一人になった時間がある。

 俺たち四人には互いの証言があるが、口裏合わせを疑われている。これでは、夕食時に龍二と揉めていた剛が一番怪しく見える。


 ……いや、待て。


「実子ちゃん」

「なに?」

「寛治さんから電話があったあとは、モニターを一度も見てないんだよね?」

「うん。もう休んでいいって言われたから、すぐ部屋に戻ったけど」

 実子ちゃんが最後にモニター越しに寛治を確認したのは20時24分。その直後、電話で「もう休んでいい」と言われ、受付を離れて自室へ戻っている。そして次に寛治の姿が確認されたのは、文代さんが玄関で出迎えた20時50分頃だ。


 およそ25分。その間、寛治を直接見た人間は誰もいない。


「じゃあ、その間に一度宿へ戻って、また船着き場へ行くことも……」

 可能だったはずだ。

 俺は寛治の心へ、再び意識を集中させた。


【実子を部屋へ帰したあと、すぐに宿へ戻った。受付にあいつが残っていないことを確認してから、勝手口を使った】


 やっぱりだ。


【龍二を刺したあと、もう一度船着き場へ戻った。最初と最後だけ見せれば、誰も途中で宿へ戻ったとは考えない】


 間違いない。


 寛治のアリバイは、最初と最後だけを別々の人間に目撃させ、その間もずっと船着き場にいたと思い込ませるものだった。

「やっぱり、磯部さんのアリバイも、完璧というわけでは――」


 そこまで言いかけて、俺は気づいた。

 待て。それを、どうやって証明する?


 確かに、実子ちゃんがモニターを見るのをやめたあと、寛治は宿へ戻ることができた。だが、それは単に「戻ることが可能だった」というだけだ。


「確かに、実子が見ていなかった時間はあります」

 寛治が静かに言った。

「ですが、私はその間もずっと船着き場でロープを直していました」

 そりゃそう言いますよねえ。

「私が途中で宿へ戻ったという証拠が、何かあるのでしょうか?」

 ないです。

 いや、俺の中にはあるんですけどね。寛治本人の記憶という、これ以上ないほど確かな証拠が。でも、それを口にすることはできないんだよなあ。


【こいつ、何かおかしいな】


 寛治の思考が、じわりと俺へ向き始める。

 まずい。これ以上、根拠もなく寛治ばかり追及すれば、能力の存在に勘づかれるかもしれない。


「……いえ」

 俺は、どうにか表情を取り繕った。

「念のため、可能性を確認しただけです」

「そうですか」

 寛治は穏やかに笑った。その笑顔の奥で、俺への警戒が確実に強まっている。


 だめだ。

 アリバイが嘘だと証明できれば、寛治を一気に追い詰められる。だが、その肝心の「嘘だった」という部分を、俺には証明する手段がない。


 アリバイから攻めるのはナシだ。

 もっと決定的なもの。寛治が犯人でなければ、絶対に残せない証拠を見つけなければならない。

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