表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/14

第6話 【浄化】残った“熱”を携えて、俺はジムへと歩き出す

なんてことが、起こるはずもなく──。


バチィーン!


俺はやり場のない怒りを、エンターキーへと叩きつけた。


キーボードが砕け散らんばかりの打鍵音に、オフィスの空気がザワつく。


「すいません……トイレ」


逃げるように席を立つ俺を、京右介がニヤニヤと眺めている。


遠巻きに見ていた木場課長が、心配そうに声をかけてくれた。


「八天くん……大丈夫?」

「……大丈夫っす」


聞こえるか聞こえないかのか細い声を絞り出し、誰とも目が合わせぬよう、俺はトイレへ直行した。


個室に滑り込んでガチャリと鍵をかけ、便器に座り、膝を抱えてうずくまる。


──俺は、知っていた。


異世界転生なんてのは、ただの現実逃避。

何も変えられなくて、変われない。


そんな自分を甘やかしてきたツケが、今まさに「因果応報」となって返ってきているだけだ。


無力感。閉塞感。怒り。諦め。

負の感情が渦巻き、俺の中をぐるぐると廻る。


落ち着くまで深呼吸を繰り返すが、熱いものが、じんわりと目の奥に滲んだ。


──もういっそ、ログアウトしてしまおうか。


震える手でスマホを取り出し、検索バーにこう打ち込む。


【退職代行 モーキツイ】


その時だった。


キュルルルル……ドグゥン!


突如として腹部に走る、凄まじい衝撃。

まるで内臓の中に魔法陣が展開され、禁忌の儀式準備が完了したかのような感覚。


……まさか。


思い当たる節は、ある。

昨夜、こっそりと執り行ったダイエット前の「食べ納めの儀」。


あの祭りの残滓ざんしが呪詛と化し、俺を冥土へ引きずり込もうとしていた。


「……来る……来るぞ……!!」


腹の奥で渦巻く“闇の力”が、俺の理性を破壊し始める。

消化器がギュルギュルと悲鳴を上げ、全身が硬直。

制御不能となった力のうねりが、今にも地獄の門をこじ開けようとしていた。


もう……抑えきれないッ……!


古より封印されし禁忌が、今、顕現する──。


冥府開門ヘルズ・ゲート


この世のものとは思えぬ轟音とともに、闇の奔流を便器へと解き放つ。

その絶大な余波は、術者である俺の肉体をも蝕んだ。


発射口には灼熱の痛みが走り、赤(血)とおつりが交錯する。


だが、肉体のダメージとは裏腹に、心はなぜかほんの少しだけ軽くなっていた。


──魔術の開放。


それによってこれはサボりではなく、結果的には心の浄化になったのかもしれない。


トイレットペーパーを手に取り、大魔術の事後処理をしながら、ふと思う。


(ああ、クソの垂れが……)

(くそったれ……)

(クソッタレ!!)


その言葉は、情けない自分への、傲慢な京右介への、そしてこの理不尽な会社へ向けたものでもあった。


ふと、脳裏をよぎるのは《エンチャントジム》のみさきさんの笑顔。


そういえば、今日はカウンセリングだった。


──見返してやる。


未だ心とケツに残る“熱”を感じながら。

俺はヒップをグッと引き締め、モデルのように可憐な足取りでオフィスへと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ