第54話 【絶望】俺の足を引っ張る、 クローゼットの「いつメン装備」
舞い上がるほど嬉しかったはずの誘いも、一度決まってしまえば、「現実的なタスク」へと変わる。
LINEでの日程調整。
『来週の日曜、13時に駅前集合でどうですか?』
『いいですよ!駅前のあの映画館ですね。楽しみにしてます♪』
やり取りは驚くほどあっさり終わった。
公式の連絡手段を使っていることに、ほんの少しだけ後ろめたさはあったが――淡々と、けれど確実に、「運命の日」は刻まれた。
そしてその瞬間、俺は一つの重大な事実に気づく。
(……待て。俺、当日は何を着ていくんだ?)
恐る恐る、クローゼットの扉を開ける。
そこにあったのは――絶望。
まるでそこだけ色を失ったかのような、黒とグレーの「いつメン装備」。
冴えない配色のチェックシャツ
くたびれ始めたグレーのパーカー
古着でもないのにシルエットが死んでるデニム
2ヶ月のトレーニングと減量を経た今の俺には、それらはあまりにもミスマッチだった。
全体的に、締まらない。
かつては“体型を隠すための最適解”だったはずのオーバーサイズな服たちが、今ではただの「だらしない布」へと成り下がっていた。
「……今の世の中の人たちは、一体どこで何を買ってるんだ?」
最近まともに買った服といえば、ジム用のトレーニングウェアくらいだ。
だが、さすがにみさきさんの前に吸汗速乾のジャージを着て現れるわけにはいかない。
俺は頭を抱えた。
(……服を買いに行くための、服がない……)
完全に「詰み」である。
卵が先か、鶏が先か。
いや、俺の場合は“服が先か、服が先か”という不毛な哲学の迷宮に足を踏み込んでいた。
だが、このダボダボの初期装備でラスボスに挑むような真似はできない。
しかも今回は俺一人の問題じゃない。
隣を歩くみさきさんに、恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。
(……それだけは、絶対にダメだ)
俺は静かに息を吐き、意を決した。
時間外なのは百も承知。
それでも――今の俺には、この難題を一人でなんとかする余裕も自信もない。
恥を飲み込み、俺はスマホを手に取った。
開いたのは、あの「シゴデキ」にして、一番頼れる上司、木場課長の連絡先だ。




