第46話 【名探偵?】推理が炸裂! 完膚なきまでに丸裸にされた俺の恋心
「それに」
木場課長は俺の顔を覗き込み、励ますように言葉を繋いだ。
「社長にハッパをかけられたのも、今の八天くんにとってはチャンスかもしれないわよ。印象最悪の相手に、最高の成果を見せる……。0よりも、マイナスのほうがずっとマシかもしれないわよ」
その一言に、胸の奥の詰まりがほどける。
「ありがとうございます。なんか、すっと腑に落ちました」
小さく息を吐いた――のも束の間。
その次の瞬間、俺は文字通り固まった。
木場課長が、見たこともないくらい目を輝かせ、獲物を狙う肉食獣のような鋭さでこちらを覗き込んでいる。
「……で?」
溜め。
「それ、誰の話かなぁ?」
声のトーンが一段上がる。さっきまでの冷静な上司の顔はどこへやら。目の前にいる課長は、完全に“特ダネを嗅ぎつけた敏腕記者”へと変貌を遂げていた。
「え、いや、その……特定の誰かってわけじゃなくて、あくまで一般論というか――」
「さっきの熱量で一般論は無理があるわね」
秒で切り捨てられる。
「気になるなぁ。ジムの人? それとも――意外と社内だったりして?」
名探偵、推理という名の妄想を全力で展開中。
「あは、はは……! まさか、そんな。課長、想像力が豊かすぎますって」
引きつった笑いが、自分でもよくわかる。逃げれば逃げるほど、包囲網はさらに狭まり、緻密になっていく。
「そういえば、さっきから気になってたのよね。八天くんが持ってた妙に具体的なタイトルの本」
ぎくっ!
『アラサーおっさん、異世界でチート筋肉を授かって無双する 〜鬼教官なのに実は甘々な彼女とのトレーニングライフ〜』
だっけ?
課長は人差し指を顎に当てて、正確にそらんじてみせた。
「何で完璧に暗記してるんですかっ……!」
俺の精神がきれいに汚染される。
「……あ。わかった」
天網恢々疎にして漏らさず。
「前に言ってた『トレーニング指導してくれる人』。あれでしょ。最近やけに熱心にジムへ通ってると思ってたけど――」
「……ッ! いや、それは……」
終わった。
ここで“すぐ顔に出るタイプ”という、致命的な弱点が露呈する。
「ふふ。可愛いところあるじゃない、八天くんも」
肩を軽くポンと叩かれる。完全に掌の上で転がされている。
「ま、今日はこのへんにしておいてあげる。今度、ちゃんと飲みに連れて行きなさいよ?」
「……承知しました。コーヒー一杯のつもりが、高くつきそうですね……」
「当然よ。いい情報はタダじゃないの」
くるりと踵を返す、颯爽とした背中。
……が、数歩進んだところで彼女が足を止めた。振り返った課長は、いたずらっぽく笑ったまま、けれど少しだけ真面目な瞳をしていた。
「いい? 八天くん」
一拍。
「男はね、変に格好つけてる時より――何かに向かって必死になってる時の方が、ずっと魅力的に見えるものよ」
彼女は、自身の経験に裏打ちされたような確信を持って断言した。
「困ったら、お姉さんに相談しなさい。……応援してるから」
「……善処します」
苦笑いで深く頭を下げる。
「……ふふ、私ももう少し男を見る目があればねぇ。今頃シングルマザーなんてやってないわよね」
最後に軽くウィンクして。ぽつりと寂しげに、けれど潔く呟きながら、彼女は娘の待つベンチへ颯爽と歩いていった。




