第45話 【悲報】完全鎮火した俺の心を救う、木場課長の『伝説の理論』
『そうだったんですね。実は本当に浮世の人なのかって疑ってました(笑)
エルフの里あたりから、何かの手違いで現実世界に召喚されたんじゃないかって……』
送信。
今まで別次元の存在だと思っていたみさきさん。
だが、彼女も俺と同じように過酷なトレーニングや、筋肉痛を乗り越えてきたんだと思うと……勝手ながら、同じ道を歩む「同志」のような親近感が湧いていた。
だが、数分後に返ってきたメッセージに、俺は思わず椅子からずり落ちてしまった。
『エルフって(笑) でも私も八天さんと最初に会った時、見たことの無い顔色で。もしかして宇宙人かもって内心疑ってました』
……へこむ。
「同志」として縮まったはずの二人の距離。
その間に架かったはずの虹の橋が、今、無慈悲な絨毯爆撃によって粉々に粉砕された。
(……そんなに、ヤバい顔してたのか。俺)
俺の心の灯火に、消火剤がブチ込まれ、ジュワーという虚しい音とともに完全に鎮火した。
部屋にいても落ち込むだけだ。
今の俺には傷ついた心を癒すメンタルケアが切実に必要だ。
たまには出掛けるか。
俺は着替えて家を出た。向かったのは、本を中心に扱う郊外の大型リサイクルショップ。
(……今日は転生モノでも漁るか。夢の続き、見に行く感じで)
硝煙、土埃、そして白銀の背中。
今の自分に刺さりそうなやつを探していると、一冊の本が目に留まった。
『アラサーおっさん、異世界でチート筋肉を授かって無双する
〜鬼教官なのに実は甘々な彼女とのトレーニングライフ〜』
「……これだ。俺を救ってくれるのは、この妄想の煮凝りみたいなラノベしかないっ」
ピンポイントで俺にブッ刺さるタイトルに引き寄せられ、あらすじを確認しようと裏表紙をひっくり返した、その時だった。
「……随分と、情熱的なタイトルね。八天くん」
背後から、落ち着いていて、それでいて少しだけ華やいだ声。
しかも、絶妙に引き気味のニュアンス。
振り返ると、そこにはカジュアルなジャケットに細身のパンツを合わせた、柔らかな空気を纏った女性の姿。
仕事中の隙のないスーツ姿とは違う、オフの木場課長だ。
……終わった。
「か、課長……! お疲れ様です、こんなところで……」
「ちょっとね。子どもの本とか、服とかを見に――」
「ママ、これ読んで待ってていい?」
言葉を遮るようにして、ひょこっと彼女の背後から小さな女の子が顔を出した。手には絵本が握られている。
「……うん、いいわよ。そこのベンチで座って読んでなさい」
「はーい!」
我が子の背中を慈愛に満ちた目で見送っている。
「ごめんね、騒がしくて」
木場課長は、俺の背中に隠された本にはあえて触れずに、大人の気遣いを見せてくれた。
軽く会釈して逃げ出したい気持ちもあったが、悩みを相談するのに彼女ほど頼れる人はいない気がして、口を開く。
「……課長。少しだけいいですか?」
「珍しいわね。仕事の話なら、月曜にコーヒー一杯で受けるけど?」
「いえ、そうじゃなくて……」
一拍、呼吸を整える。
「ある人に、自分の“一番必死で、一番カッコ悪い瞬間”を脳内に刻まれていたとして……そこから挽回する方法って、ありますかね?」
木場課長は一瞬きょとんとしたが、ふっと目を細めて笑った。答えを知っている大人の余裕。
「八天くん。それ、意外と簡単よ。……印象っていうのは、あくまで相対評価。最初がどん底なら、そこからの振れ幅が大きいほど、相手には“劇的な変化”として強く残るわ」
……そうか!
これは巷で言われる「不良が猫に餌をあげるただけで聖人化する」という、あの『ヤンキー更生理論』……!
個人的には、「最初から真面目な奴が一番だろ」と納得しきれない部分もあるが、今の俺にとっては、暗雲を切り裂く一条の光に思えた。




