第43話 【選択肢】夢の『死に戻り』を経て。俺が選んだ新たなるダイアログ
視界が、急速に細く――暗く閉じていく。
俺を抱える彼女の体温までもが遠のき、戦場の喧騒が、まるでスイッチを切ったように途切れた。
音が、消える。光が、消える。意識が完全な暗転に飲み込まれる、その刹那――。
【条件達成:固有スキル『七転び八起き』の条件クリア。――世界線を巻き戻します】
感情のない機械音声が、脳裏に響いた。
「……っ!!」
止まったはずの肺に、強引に空気が叩き込まれる。
俺は跳ね起きた。
視界にあるのは、血に濡れた戦場ではない。見慣れた天井と、床に転がるペットボトル、開きっぱなしのラノベ。
現実だ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!」
全身が汗でじっとりと濡れている。だが――さっきまでの“痛み”は、どこにもない。
「……死に戻り、か」
乾いた声が、静かな部屋に落ちた。
夢。そう片付けるには、あまりにも生々しすぎた。
胸を貫いたあの衝撃も、末端から体温を奪っていった死の冷気も、まだ身体の奥底にこびりついている気がした。
脳裏に浮かぶのは、あの背中。白銀の甲冑を纏い、迷いなく前へ進む姿。
そして――その前で、無力に倒れた自分。
「……違うだろ」
思わず、独り言が漏れる。
もう少し強ければ。
あと一歩速く踏み込めていたなら。
彼女を守り、共に戦えたはずだ。
「……次は」
あの背中に追いつく。
守られるだけで終わらせない。
並んで戦うための力が、今の俺には必要だ。
まだ夢の熱が胸を叩いている。心臓の鼓動がやけに速い。
俺は朝のルーティンに従い、半ば機械的に体重計へ乗った。
「77.5kg」
表示されたデジタル数字を、数秒見つめる。
……落ちている。
昨日のデッドリフトと、積み上げてきた食事管理。その蓄積が、確実に俺の“肉体のステータス”を書き換えていた。
小さく息を吐く。
現実もちゃんと変わっている。
キッチンで朝食を整え、スマホを手に取る。いつもの報告写真。いつもの構図。
だが――。
(……これを、彼女が見るんだな)
シャッターを押す指が、ほんのわずかに止まる。
昨日のトレーニング。そして、あの夢。みさきさんの笑顔が脳裏に浮かぶたび、胸の奥にわずかな熱が灯る。
俺はその感情に名前をつけないまま、「送信」をタップした。
ほどなくして、画面が優しく通知を告げる。
『八天さん、おはようございます! 朝からバッチリですね♪ 昨日のトレーニングの疲れ、残っていませんか?』
いつも通りの、柔らかく的確な言葉。それだけで、ざわついていた心が少しだけ静まる。
俺は、スマホの入力欄を見つめていた。
いつもなら「大丈夫です」の一言で終わらせる。それで、やり取りとしては十分なはずだった。
だが――。
『おかげさまで、少し筋肉痛はありますけど、体も心も軽いです』
そこで一旦、指が止まる。
そして
『……もしよければ一つ聞いてもいいですか?』
送信。
ほんの少しだけ、踏み込む。
これまでの俺なら、決して選ばなかった選択肢。
「みさきさんは――」
その続きを打ち込もうとして、わずかに息を呑む。
画面に映るカーソルが、俺の迷いを映すかのように、静かに、規則正しく点滅していた。




