第4話 【始動】「八転び七起き」の人生再起動
公開処刑により心身ともに灰になった俺は、魂が抜け落ちた状態でオフィスの出口を目指していた。
「八天くん、ちょっといい?」
だが、そんな俺を引き止めたのは、営業課の木場燈子課長だった。
「場所を移そうか……」
その一言に俺の背筋はピンと伸びる。
人気のない会議室。
「……本題に入るわね」
淡々とした口調。だが、その声には隠しきれない「苦味」が混じっていた。
「八天くんの勤務態度と成績。改善が見られない場合、“減給措置を検討するように”って」
……やはり、そう来たか。
「……でも、今期の目標は達成ラインに乗ってるはずなんです」
崖っぷちに追い詰められた凡人なりの、か細い抵抗。
こんな俺でも、生き残るための最低限の足場は固めてきたつもりだった。
「それがね……」
燈子課長の声が、さらにトーンダウンする。
「さっき、社長直々に“八天の目標を2倍に引き上げろ”って通達が来たの。ごめん、止められなかった」
……は?
それは努力でどうにかなるレベルじゃない。運営による一方的なナーフであり、死の宣告に等しい。
挽回は、簡単じゃない。
過去、社長のターゲットとなり姿を消した同僚たちの幻影が脳裏をよぎり、思わず身を固くする。
「一つだけ提案があるの」
彼女はふっと表情を緩め、真面目な顔で言った。
「みんながビックリするくらい、痩せてみなさい」
「は?」
「社長の最近の関心は『自己管理』。売上倍増は厳しくても、外見で『変化』を示せば、まだ可能性はあるかもしれない」
突拍子もない提案。
だがその時、俺の脳裏に今朝の救世主の顔が浮かんだ。
『エンチャントジム』
あの場所はもしかしたら、俺の人生というクソゲーを攻略するための「フラグ」だったんじゃないか。
「……わかりました。やってみます」
減給回避、そして人生逆転の望みをかけ、俺は自らの意思で、再びあのジムの扉を叩くことに決めた。
その日の帰り道
「ええい! 頼もう!」
勇ましくジムの呼び鈴を押すと、今度はすぐにあの声が返ってきた。
現れたのは、やはり可憐で、健康的な美女。
――みさきさんだ。
「あっ、朝の……! 今度はどうされました?」
「実は……ダイエットをしようと思いまして! こちらのジムに、入会させてください!」
そう言った瞬間、彼女は胸の前で両手を合わせ、ぱあっと顔を輝かせた。
「えっ……嬉しいっ!」
まるで彼女の周囲にだけ、お花畑のエフェクトが展開されているようだ。
「よかったら……今日、入会の手続きしちゃいますか?」
「もちろん、お願いします!」
俺は背筋を伸ばし、新キャラ作成並みの気合で申込書にペンを走らせる。
『八天 七伎』
書き終えて差し出すと、彼女はフリガナを見て目を細めた。
「……はちてん、なおき、さん。珍しいお名前ですね」
「ああ、それは……『七転び八起き』から取ったはずが、親父が間違って『八転び七起き』になっちゃってて」
自嘲気味に笑う俺に、彼女は社交辞令には聞こえない響きで言った。
「……いいお名前だと思いますよ。私は、好きです」
『好き』その純粋な言葉に心臓が跳ねる。
「あ、あの、このジムって女性向けだったりします?」
慌てて話題を逸らす俺に、彼女は首をふった。
「男性のお客様も大歓迎ですよ。普段は女性が多いので……鍛えがいが、あります」
キラリと光った瞳の奥に、妖しげな光が宿ったのは、気のせい、だと思いたい。
「では、明日の夕方にカウンセリングを行いましょう。こちらの契約書とアンケート、記入をお願いしますね」
手渡されたクリアファイルを受け取り、俺はジムを後にした。
(やってやるぜ……俺のダイエット!)
異世界になんて転生していないはずなのに、俺は今日、確かに「新しい世界」への扉を開けた気がする。




