第39話 【不穏】聖剣を引き抜け! 最恐種目『デッドリフト』の洗礼
翌日。
筋肉痛という名の「勲章」を全身に纏いつつ、俺はエンチャント・ジムの門をくぐった。
動きやすい装備に着替え、軽くストレッチをしながら身体の軋みを解きほぐす。
――戦闘準備、完了だ。
ほどなくしてみさきさんが現れ、いつもの明るい声で告げた。
「八天さん、お疲れ様です! 今日は“背中”を重点的に鍛えていきましょう」
昨日のプリンの、あの甘くもホロ苦い「罪の味」を思い出し、俺はいつもより深く、真剣に頷いた。
「今日は――『デッドリフト』に挑戦しましょう」
「……デッド、リフト?」
聞き慣れない、そしてあまりに不穏すぎる単語に、思わず声が裏返る。
「死を持ち上げる……? つまり、死ぬほどキツいってことですか?」
「ふふ、よくそう言われます。でも意味はもっとシンプルですよ。床に置いてある“動かない重り(デッド・ウェイト)”を持ち上げる。それがデッドリフトです」
脳裏に浮かぶのは、地面に深く突き刺さった伝説の聖剣。それを己の力だけで引き抜く、選ばれし者の試練。
「デッドリフトは背中を中心に、全身の筋肉を総動員する種目です。背中は脚に次いで大きい部位なので、効率よく代謝を上げられますよ」
「なるほど……効率的……」
理屈はわかる。
だが同時に、前回のスクワットで味わった“効率の代償”――あの地獄の筋肉痛が、記憶の扉を叩いた。
「八天さん、念のためこれを」
差し出されたのは、分厚い革のベルト。
「腰を保護するための『パワーベルト』です。デッドリフトは高重量を扱うので、腰を痛めやすいんです」
パワーベルト……。どことなく無骨な響き。
俺はそれを腰に回し、ぎりりとベルトを締め上げた。
お腹に圧力がかかり、呼吸がわずかに浅くなる。まるで装甲を纏ったかのような感覚。戦闘前の静かな緊張が、全身を包み込んだ。
「では、お手本を見せますね」
みさきさんがバーベルの前に立つ。
彼女が腰を落とし、バーを握った瞬間――纏う空気が一変した。
柔らかな雰囲気は消え、そこに立っていたのは、一人の騎士。
「顔は前に向けたまま、腕を伸ばしてバーを握ったら……足で床を強く踏み抜くイメージで――引き上げます!」
ゆっくりと、けれど力強く、鉄の塊が引き上げられていく。
バーは彼女の身体のラインに沿うように上昇し、腰の高さで静止。そして再び床へ。
――ドスン。
重低音がジム内に響く。それはまるで、戦いを終えた後の「残心」のようだった。
無駄のない軌道。全身の連動が生み出す、息を呑むほど力強いシルエット。
「……すごい」
思わず、声が漏れた。
「さあ、次は八天さんの番です」
俺はごくりと唾を飲み込み、鉄の香りが漂うバーベルの前へと歩み出した。




