第38話 【パズル】 たどり着いた『奇跡の149kcal』
「カロリー・ボム」を前に、俺の指先がわずかに震える。
京右介の口元が勝利を確信するように歪んだ
――が、その瞬間、俺は袋の口を持ち、静かに立ち上がった。
向かった先は、オフィスの一角にある「共有お菓子コーナー」。
俺は袋の中身を次々とトレイへ並べていく。
「皆さん、京右介からの差し入れです。お好きな時にどうぞ」
京右介への配慮という名の体裁を整えつつ、メロンパン、チョコレート――俺の理性を粉砕せんと甘い誘惑を放っていたの数々お菓子を、オフィスという名の荒野に解き放つ。
俺の周りにバラ撒かれた「地雷」は、こうして“職場の円滑なコミュニケーションツール”へと変換された。
「……チッ」
背後から、明確な舌打ち。
振り返ると、露骨に不機嫌な顔で背を向ける京右介の姿があった。
“親切というの名の仮面を被った罠”を、公共の利益へと転換させた俺の完勝だ。
そして、昼。
デスクに並ぶのは、いつもの精鋭部隊。
ゆで卵2つ、おにぎり、バナナ、そしてインスタントスープ。
安定の布陣をスマホに収め、みさきさんへと送信する。
数分後、画面が優しく光る。
『いい感じです。ただ、八天さんの今の運動量なら、もう少しだけ摂取カロリーを増やしても大丈夫ですよ。目安として、あと150kcal程度ならデザートやおやつで補給してもOKです♪』
「……っ!」
150kcal。その数字を見た瞬間、脳裏に閃光が走った。
実は京右介の袋の中に、一つだけ「菓子受け」から除外したものがあったのだ。
カラメルプリン、あれだけは冷蔵品のため、冷蔵庫へと避難させておいた。
……まさか。
俺は震える手で冷蔵庫を開け、プリンを救出する。裏面の表示に目を凝らした。
【熱量:149kcal】
「……ジャストかよ」
思わず乾いた笑いが漏れる。
神が俺のために用意した、あまりにも完璧なパズル。
俺は逸る気持ちを抑えきれず、プリンの写真と共に即座にメッセージを送った。
『これ、食べても大丈夫ですか!』
自分でもわかるほどの前のめりな問いかけ。だが返ってきたのは、運命の出会いを否定する「現実」だった。
『あ、プリンですね……。できれば、同じ150kcalでもゼリーや和菓子みたいな、脂質が少なくて炭水化物メインのものが望ましいんですけど……』
「……あちゃー」
分かりやすく肩が落ちる。
適正なカロリーでも、“属性”が違うということなのか。
スマホを見つめて立ち尽くす俺。だがその数秒後、救いのようなメッセージが届いた。
『……でも、そのプリン、とっても美味しいですよね! 実は私も大好きなんです(笑)。今回は大丈夫ですよ。ゆっくり味わってくださいね!』
「……ありがとうございますッ!」
小さく呟き、俺はプリンのフィルムを剥がした。
スプーンを差し入れ、黄金色の塊をすくい上げる。
口へ運ぶと、とろけるような甘さと優しさが全身の細胞に染み渡っていく。
まさに、至福。
だが、底に沈んでいたカラメルを飲み込んだ時。
その味は、俺の浅慮を戒めるかのように、いつもよりほんの少しだけ、ホロ苦く感じられた。




