第37話 【戦慄】カロリーの波状攻撃! 善意の仮面を被った「地雷」が、精神を蹂躙する!?
自席に着き、PCを立ち上げる。
今朝の「社長との遭遇」という強烈なイベントのせいか、脳内にはまだアドレナリンが残っていた。
キーボードを叩く指が、いつもより軽い。
――だが。このオフィスには、もう一人の厄介な存在がいた。
「よぉ、八天。筋トレの調子はどうだ?」
背後から絡みつくような、粘り気のある声。振り向かなくてもわかる。
現状維持を愛してやまない男――京右介。
「……まあ、ぼちぼちかな」
俺はあえて温度感のない返答を返す。
ベルトの穴が一つ縮まったことや、今朝の社長とのやり取りをこいつに教える必要はない。
どんな情報も、こいつにかかれば闇のコックよろしく、スペシャルディナーに仕上がる事請け合いだ。
だが、警戒する俺をよそに、京右介は意外な行動に出た。
「まあ、あんまり根を詰めるなよ。これ、お前にやるよ」
ドサリ、とデスクの上に置かれたのは、パンパンに膨らんだコンビニの袋。中を覗き込んだ俺は、思わず息を呑んだ。
ホイップたっぷりのメロンパン
とろけるカラメルプリン
濃厚なミルクチョコレート
袋から溢れ出すのは、香ばしいバターの匂いと、脳を麻痺させる甘い誘惑。
それはまさに、ダイエッターの精神を根底から破壊するために用意された「糖質と脂質の複合地雷」だった。
「搦め手かよ……」
俺は思わず呟いた。
直接的な嘲笑なら耐えられる。だがこれは“善意”の仮面を被った、最も厄介な攻撃だ。
京右介は何も言わない。コスト度外視の嫌がらせに「もしかして俺のこと好きなのか?」という邪推が一瞬よぎるが、ヤツの口角は俺の反応を品定めするように歪んでいる。
(……一つくらいなら、いいんじゃないか?)
脳内の「悪魔」が、甘ったるい声で囁き始める。
『おい八天、今朝は社長に会って神経をすり減らしただろ? 今は栄養が必要だ。バナナがセーフなら、このメロンパンだって誤差の範囲内。回復も立派な戦略なんだよ……』
恐ろしいほどの説得力。
だが、その声を遮るように別の声が響いた。
『八天さん! カロリーを取るのは簡単です、でもそれを運動で消費するのはとっても大変なんですよ!』
それは、彼方から聞こえるみさきさんの警告だった。
「……。」
デスクの上のメロンパンが、まるで俺を誘う踊り子のように、妙に艶めいて見える。
気づけば、俺の指は磁石に引かれるように袋へと伸びていた。
その瞬間、京右介の口元がニヤリと、確信に満ちて歪む。
俺は今、人生で最も激しい誘惑と対峙していた。




