第36話 【回避不能】密室の強制エンカウント! 神の眼光が見透かしたモノ
いつものようにエレベーターに乗り込む。
扉を閉めようとした、その瞬間――こちらへ向かってくる人影が見えた。
「おおっと」
反射的に「開」ボタンを押す。
滑り込むように乗り込んできたその人物の顔を見た瞬間、固まった。
――社長。
俺を絶望の奈落へ叩き落とした張本人であり、この会社における「破壊と創造の神」。
逃げ場なし。裏ボスとの強制エンカウント。
心臓の鼓動を必死に押し殺しながら、俺は深く頭を下げた。
「お、おはようございます……!」
空気と化し、背景テクスチャとの同化を試みる。
だが、俺の稚拙な工作は、この男の前では無力だった。
社長の鋭い眼光が、ゆっくりと顔を上げた俺を正面から射抜く。
「……君は、確か。営業二課の八天くんだったかな」
「っ……! はい、八天です」
覚えられている。
あの“大失態”は、しっかりと神の黙示録に刻まれているようだ。
蛇に睨まれた蛙のように、俺の身体は強張る。だが社長の視線は、俺の顔を離れ……。
首元。
腹周り。
そして――ベルトのライン。
今朝、ひとつ奥に締めたばかりのそこ。
射抜くような眼光が、無言で“査定”を進めていく。
数秒。やけに長く感じる沈黙のあと、低い声が落ちた。
「少し……痩せたかね?」
「……え」
予想外の角度からの問いに、思考が完全停止した。
さらに、間を置かず言葉が続く。
「以前は、もう少し……弛んでいた印象だったが」
恐ろしいまでの観察眼。そしてその指摘には、ぐうの音も出ない。
俺はごくりと唾を飲み込み、震える声を整えた。
「……はい。実は先日いただいたお言葉をきっかけに、自分を見つめ直しました。今は、生活習慣から徹底して……ダイエットに取り組んでいます」
取り繕わない。
あの叱責がなければ、今の俺はいない。それだけは、揺るぎない事実だ。
社長は無表情のまま、わずかに眉を動かした。
ほんの一瞬、“何か”を測ったような間。
だが――次の言葉は、どこまでも冷徹だった。
「……そうか。だが、結果が伴わなければ何の意味もない」
一切の無駄を削ぎ落とした一言。
それだけを残して、社長は俺の横を通り過ぎる。
扉が開き、重厚な背中が遠ざかっていく。
完全にその姿が見えなくなったあと、俺はようやく肺の空気をすべて吐き出した。
「……ふぅ……」
肩の力が抜け、膝がわずかに笑う。
圧倒的な威圧感。
だが、恐怖の後に残ったのは、不思議な昂ぶりだった。
「気づいて……くれたのか。あの一瞬で」
ベルトの穴ひとつ分の、ほんの小さな変化。
だが、このささやかな変化が、いつか俺の日常を大きく変えることになるのではないか。
確か……バタフライ・エフェクトとか言ったっけ。
蝶の羽ばたきが、遠くで竜巻を引き起こすっていう。
そんな確かな予感に、俺の胸は少しだけ高鳴っていた。




