第34話【裏ボス】最悪のステータスを持った『奴』が現れる。
そしてその夜。
シェイカーを片手にプロテインを飲みながら、俺は静かに余韻に浸っていた。
数日前、銀色の棒一本に震えていた俺が。
今日はその倍の重量を、この腕で押し上げた。
たったそれだけの事実が、やけに誇らしい。
ふと、京右介の嫌味な顔が脳裏をよぎる。
だがその残像は長くは持たなかった。
レベルアップの確かな手応えが、あいつの嘲笑をあっさりと塗り潰していく。
(……違うな)
今の俺が競うべき相手は、あいつじゃない。
そんな確信めいたものが、胸の奥で静かに形を成していた。
そのまま俺は、深い眠りへと沈んでいく。
そして意識は、いつのまにか“戦場”へと転移していた。
紫の雷鳴が轟き、重苦しい空気が支配する異形の玉座。
そこに座していたのは、京右介に酷似した傲慢な魔術師だ。
「愚かな。その程度の筋肉で、この私に挑むつもりか?」
嘲笑とともに、災厄の魔法が放たれる。
『虚無の輪』
『否定の凍気』
精神を削り、意志を蝕み、現状維持へと引き戻す絶望の術式。
だが――。
「……悪いが」
俺は一歩、力強く踏み出す。
「今の俺は、昨日までの俺じゃない」
みさきさんから授かった初心者ボーナスの聖盾が、青白い光となって俺を包み、魔法を弾き飛ばす。
俺はバーベルを模した鋼鉄の剣を構え、一気に振り下ろした。
一閃。
魔術師は断末魔すら上げず、霧のように崩れ去った。
勝利。
――の、はずだった。
だが、霧が晴れたその奥。
玉座のさらに深淵に、“それ”はいた。
鏡のように、俺と瓜二つの容貌。
だが、その肉体は醜く弛み、目は淀んだ泥のように濁りきっている。
手にはジャンクフード。
そして、その身には重く黒く絡みつく、「言い訳」という名の鎖。
『……どこへ行く、八天』
粘りつくような、聞き覚えのある声。
『お前は俺だ。早く、楽な場所へ戻れ』
一歩、近づいてくる。
『努力など、無駄に終わる。』
その言葉が放つ圧力は、先ほどの魔術師など比較にならないほど重く、鋭い。
逃げたくなる。目を逸らして「楽な日常」へと引き返したくなる。
――だが、確信した。
この存在こそが。
俺がこれまで何度も敗北を積み重ね、逃げ続けてきた“真のラスボス”。
俺は震える手で、剣を構え直す。
京右介は、ただのきっかけに過ぎない。
俺が本当に超えるべきものはーー
この目の前にいる、「諦めることに慣れきった俺」だ。
闇の中で、俺の意志が青白く発光する。
逃げ場はない。
だからこそ、進むしかない。
本当の戦いは――ここからだ。




