第32話 【倍増】鉄の棒から鉄塊へ! 倍の40kgに挑んだ俺と、初心者ボーナスという名の魔法
一日の休息を挟み、俺の脚の筋肉痛は、日常生活に支障が出ない程度には和らいでいた。
迎えた三回目のトレーニング。
わずかな違和感を引きずりながら、俺はジムへと足を踏み入れる。
「八天さん、お疲れ様です。……脚、大丈夫でした?」
みさきさんが、いたずらっぽい笑みで迎えてくれる。
「ははは……正直、あんまり大丈夫じゃなかったっす。危うく仕事に遅刻するところでした」
「ふふ、筋肉痛は成長の証、いわば『ギフト』です! 今日は上半身の日ですから、安心してくださいね」
その一言に胸をなでおろす――間もなく。
「今日はベンチプレスをやりましょう。前回はバーのみの20kgでしたが……今回は40kgでやってみましょうか」
「……はい?」
耳を疑う。
前回、あの銀色の棒一本(20kg)だけで、俺の体は悲鳴を上げていた。
「いきなり倍ですか!? 」
「大丈夫ですよ、今の八天さんなら挙がります。私を信じて!」
そう断言されては、もう後戻りはできない。
俺はまな板の上の鯉ならぬ、ベンチの上のサラリーマンとして覚悟を決めた。
まずはウォーミングアップ。バーのみで数回。
――あれ、軽い。
前回の「鉄の棒に押し潰される」ような感覚がない。身体が動きを覚えているのか、驚くほどスムーズに軌道をなぞることができる。
「いいですね。少し胸を張って、バーを迎えにいくイメージで」
その言葉に従い、フォームを整える。
そして――本番の40kg。
ぐっと力を込め、ラックからバーを持ち上げる。前回とは明らかに違う“重さ”が、手のひらから全身へと流れ込んできた。
ベンチプレスの世界には、200kgを挙げる猛者もいるらしい。
そう考えれば40kgという重さは、最初の村の周辺に出没するスライム程度かもしれない。
だが、初心者の俺にとってはドラゴンに等しい存在だ。
1、2、3……最初の数回は、意外なほど順調だった。
(いける……いけるぞ!)
そんな希望が芽生える。
だが、5回を過ぎたあたりで。
筋肉が焼けるような感覚が広がり、急激にバーの速度が鈍っていく。
腕が震える。
9回目。
ここまでは来たが……限界。
重力に押し負け、意識が途切れかけた、その瞬間。
「いける! あと一回、押し切って!」
みさきさんの声が、鼓膜を震わせ、意識を強制的に引き戻す。
――まだ、俺のターンは終わっちゃいない。
残った全神経を上半身へと集中させる。バーをわずかに胸で弾ませ、その反動ごと、魂で押し切った。
カチャン――。
乾いた音を立てて、バーベルがフックに収まる。
荒い呼吸のまま、俺は自分の手のひらを見つめた。
信じられない。
つい数日前まで、棒一本に苦戦していた俺が。
倍の重さを、持ち上げた。
「……上がった。本当になんとかなるもんなんですね」
「やりましたね! 確実なレベルアップです!」
みさきさんは嬉しそうに頷き、少しだけ声のトーンを落として俺に顔を近づけた。
「実は八天さん、この時期のトレーニーには、神様からの“魔法”がかかっているんですよ」
「魔法……ですか?」
「はい。いわゆる『初心者ボーナス』です」
ボーナス! その言葉に、俺の食指がピクリと反応する。
「普通、ダイエットをしながら筋力を伸ばすのって、ゲームで言えば『縛りプレイでラスボスに挑む』位に難しいことなんです。でも――」
彼女は、少しだけ得意げに笑う。
「でもトレーニングを始めたばかりの時期だけは例外。体重を落としながらでも、筋力はしっかり伸びるんです。」
初心者ボーナスという名の魔法。
それは、現実世界での成長をどこかで諦めかけていた俺の心に――
忘れかけていた「ワクワク」を再点火させるには、十分すぎる響きだった。




