第26話 【期待】 まさかの恋愛ルート突入?追加されたアイコン
その後、俺は死ぬ思いでスクワットを計三セットこなした。
二セット目は文字通りの地獄。
三セット目は地獄を通り越し、あと一歩で天国の扉を開くところだった。
何度か人生のハイライトが脳裏をよぎった気もするが、脂肪細胞は断末魔の叫びを上げて消滅していったに違いない。
続いて、前回も指導を受けたベンチプレス。
最後に「レッグエクステンション」という名のマシンによって、俺の脚はズタズタに破壊された。
マットの上でスライムと化していた俺の呼吸が落ち着くのを待って、みさきさんがすっと口を開いた。
「八天さん、LINE教えていただけますか?」
「……LINE、ですか?」
唐突に発生したイベント。
(これは……ついに俺の人生という名のクソゲーが、恋愛シミュレーションへと昇華する時が来たのか?)
不意の幸運に、酸欠気味の脳が都合のいい未来をハイスピードでレンダリングし始める。
だが、現実は残酷だった。
「実は、食事管理もよりしっかりとやっていきたいので」
「食事……」
「食べた物を写真に撮って、リアルタイムで送っていただけると助かります。事後報告だと、どうしても精度が落ちてしまうので」
「……そういうことか」
膨らんだ邪な期待が、あっさりと霧散する。
冷静になればプロのトレーナーが24時間体制でバックアップしてくれるなんて、これ以上ない神環境だ。
だが……なんだろう、この胸の奥に残った「敗北感」は。
目の前では、みさきさんが聖女の微笑みをたたえて、スマホを構えている。
「ありがとうございます♪」
追加されたアイコンには『エンチャントジム公式』の文字。
そりゃそうだ。俺が交換したのは「みさきさん」の連絡先ではなく、運営への不具合ならぬ「腹具合の報告フォーム」だった。
「それから、ここ数日の食事を見たんですが……タンパク質が圧倒的に足りていません。おにぎりで糖質を摂るのはいい事ですが、それだけだと栄養が偏ってしまいます。そこで、ひとつ提案があるのですが」
そう言って彼女がスマホの画面に表示したのは、何の変哲もない「卵」だった。
「卵……ですか?」
「そうです。完全栄養食とも呼ばれ、タンパク質が豊富で良質な脂質も摂れます。おにぎりと組み合わせれば、理想に近い栄養バランスになりますし、何より安価で美味しいです」
みさきさんは、資料を説明するエージェントのように指を立てた。
「朝とお昼におにぎりと、ゆで卵を2つ。これを食事のベースにしましょう。お腹が空いたらプロテイン。夜は羽目を外さない程度に好きなものを楽しむ。……というのはどうですか?」
「……わかりました。やってみます」
俺はその新たなる作戦を、酸欠気味の脳に刻み込んだ。
幸いにも卵は大好きだ。それに、おにぎりとプロテインだけでは、正直この先戦い抜くのが難しいと感じていたのも事実。
むしろこれは、沈みかけていた俺の泥舟に出された、輝くばかりの「助け舟」だった。




