第22話 【告白】 啖呵を切った俺に、みさきさんが授ける勝利の極意
スマホが震えた。
社内チャットの通知。その通知を開いた瞬間、俺は固まった。
全社員が閲覧できる「チャット」に、京右介がこんな投稿をしていた。
【速報】八天さん、次の健診までに-10kgを宣言! 応援してあげましょう
すでにリアクションが十件以上ついている。
「頑張れ」「見てるぞ」「有言実行期待」……好意的なコメントに紛れて、京右介のリプライだけが一つ、明らかに温度が違った。
三日で心折れそうな気がするのは俺だけ?w
笑いの絵文字が、やけに白々しい。
悪意はない、という顔をしながら、逃げ場だけは確実に塞いでくる。こういうやり方が、コイツの一番タチが悪いところだ。
オフィス全体が、微かににざわついている。
俺の無謀な宣言が、社内で格好のネタになっているのは――もう間違いなく、コイツのせいだ。
京右介への怒りの炎は胸の奥で燻り続けていたが、俺はあえて視線を逸らした。
――それより、今は。
この燻る感情を、冷たい鉄の塊へとぶつけたかった。
仕事を終え、エンチャントジムへ。
ロッカーでウェアに着替える一連の動作が、今日はまるで決戦へと赴く前の神聖な儀式のように感じられた。
さっきまでのオフィスの喧騒が、遠い異国の出来事のように霞んでいく。
ベンチで目を瞑り、精神を集中させていると。
「こんにちは! 今日も頑張りましょう」
弾けるような声とともに、みさきさんが現れた。
変わらない笑顔。変わらない安心感。
「は、はは……」
不意打ちは、ずるい。
陰キャ特有の歯切れの悪い苦笑いが漏れる。
「どうしたんですか? 元気ないですよ?」
そう言って、みさきさんは少し身を乗り出し、俺の顔を覗き込んできた。
――ち、近い。
視線が合った瞬間、トレーニングへの熱が、一気に緊張へと姿を変える。
トレーニング前に筋肉じゃなくて心臓を追い込んでどうするんだ、俺は。
一度深く息を吸い、暴れる鼓動を無理やり鎮めてから、俺は正直に白状した。
「実は……職場の嫌な奴に、ジムに通ってることをバカにされまして。」
みさきさんは口を挟まず、ただまっすぐこちらを見ている。
「それで、ついカッとなって……次の健康診断までに、十キロ痩せるって啖呵を切っちゃったんです。言ったはいいけど、正直、どうしたものかと……」
言い終えた瞬間。
「えっ」
みさきさんが、ぱっと目を見開いた。
「それって……八天さんの話、ですよね?」
その瞳の奥に、鋭い光が宿る。
「え、あ、はい……俺の話ですけど……?」
戸惑う俺をよそに、みさきさんは一歩前に踏み出し、小さく拳を握った。
「やってやりましょう、ダイエット!」
彼女の言葉は、芯まで赤く焼けた刀身のような熱を帯びていた。
「最後は、キモチです」
「き、気持ち……?」
「はい」
にっこりと、でもその目は真剣そのものだった。
「それに、目標を周りに公言するのって、すごく良いことなんですよ。逃げ場がなくなる分、自分に責任が生まれますから」
逃げ場がない。
その言葉が、さっきの宣言と重なる。
「八天さんはもう“始めた人”じゃなくて、“やると決めた人”です」
その一言が、胸の奥深くに突き刺さる。
これまで何度も、同じ場所で足踏みを繰り返してきた。
変わりたいと願っては三日で挫折する、そんなループを繰り返してきた自分。
けれど今は、
最強の『加護』を付与してくれる天使がいる。そんな確信が、折れそうな心を支えてくれる。
(ああ……勇気を出して、ジムに来てよかった)
そんなことをしみじみと感じていると、みさきさんのトーンがふっと戻る。
「……とはいえ、ですよ」
彼女の瞳から慈愛が消え、冷徹な分析官の光が混じる。
「体重を落とすには、消費カロリーよりも摂取カロリーを少なくしなければなりません。」
逃げ場を塞ぐような完璧な笑顔。
「スマホ、ちょっといいですか? 最近食べたもの、写真で見せてもらえます?」
――この人は、ただ夢を見せるだけの人じゃない。
現実を確実に前へ進める力を持った、凄腕のトレーナーなのでは…。
そんな予感とともに、俺は観念してスマホを彼女へと差し出した。




